甘美な菓子と炬燵の誘惑「週末の天気は晴れ、一二月下旬頃のような気温になり、最低気温は……」
テレビで流れる天気予報は、今週末が一段と冷えることを示していた。それを見ていた暁人が「早めに冬支度をしておいて、正解だったね」と夕飯の準備をしながらKKに語りかける。
「今年は随分と過ごしにくいな、日中は春みたいな気温だってのに」
「本当にね、体調崩さないようにしないと」
今日の夕飯は生姜をたっぷり使ったスープと、スタミナがつくようにと豚キムチにした。キッチンから香る美味しそうな匂いにKKの腹の虫が鳴く。
「お待たせKK、ご飯にしよっか」
ぱたん、と読んでいた本を閉じてKKが食事の準備を始める。ダイニングテーブルの上に色違いで購入したランチョンマットを敷いて、箸を置く。今日は酒を飲んでもいい日だと、グラスにビールを注いでいく。
「あまり飲みすぎないでよ? 明日は出かけるんだから」
「へぇへぇ、嗜む程度にしておくよ」
互いに手を合わせ「いただきます」と食べ始めた。
天気予報の通り、週末は酷く冷えた。二人揃って炬燵に入ったまま、出ることが出来ない。一日のほとんどを炬燵で過ごし、既に夕刻になろうとしていた。
「KK……今日のご飯は手抜きにしていい…?」
「おうおう、たまには出前でも取ろうぜ……」
家にまで届けてもらう人には申し訳ないが、寒くて外出する気は起きず、出来ることなら炬燵から出たくなかった。暫くして突然、暁人が何かを思い出したように起き上がる。
「……あ、やっぱりいいや。僕ちょっと出かけてくる! ついでに夕飯も買ってくるよ、牛丼でいい?」
「良いけどよ…一緒に行くか?」
「大丈夫! KKはゆっくりしてて! いってきます!」
バタバタと準備をして暁人が出かける。玄関から入ってきた冷気に思わずぶるりと体が震えた。
「うわ、さっみぃ……!」
KKは再び妖怪コタツカラデラレナイになり、丸くなりながら暁人の帰りを待った。
「ただいま!」
両手に袋を下げて暁人が帰宅した。KKが出迎えて袋を受け取る。触れた手が氷のように冷たかった。
「おう、おかえり……って、オマエ耳真っ赤じゃねぇか、痒くなるぞ」
「急いで出ちゃったから、耳あてとか手袋忘れちゃった」
「ったく、手もこんなに冷やしやがって……風邪ひくぞ」
冷たい手を温めるように軽く握る、指先は赤くなっていた。手洗ってこい、と暁人を洗面所に向かわせ、買ってきたものをテーブルに広げる。まだ温かい牛丼ともうひとつの袋を開けると、中には白い箱が入っていた。
「あ、それね、ケーキ」
「ケーキ?」
箱を開けると、二種類のチョコレートケーキが入っていた。
「牛丼食べたら一緒に食べようよ、冷蔵庫に入れておいてくれる?」
どうしてケーキなんか、と聞く前に早く早くと暁人に急かされて、KKはケーキの箱を冷蔵庫に入れた。
「KK、今日は炬燵のほうで食べない?」
「そうだな、たまにはいいか」
暁人が帰る前に電気ケトルで沸かしておいたお湯でほうじ茶を用意し、これまた色違いの湯呑みにいれる。
「……いい歳してお揃いなんて、最初は小っ恥ずかしかったが……まぁ、悪くないな」
「対になって、いい感じだろ?」
冷めないうちにと、二人は牛丼を食べ始めた。
「で? なんでケーキなんて買ってきたんだよ」
「ふふ、なんとなく。KKと一緒に食べたくて」
てっきりなにかの記念日かと思えば、寒い日なのに暁人が食べたくなってわざわざ買いに行ったそうだ。二種類のケーキを皿に並べる。
「ビター系ならKKも食べると思って、半分ずつにしようよ」
「半分と言わず好きなだけ食えよ、オレは一口ぐらいで十分だ」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えて」
暁人がぱくりと、ケーキを口に運ぶ。
「……うん、美味しい! ほらほら、KKも食べてよ」
よっぽど美味しかったのか、暁人が目をキラキラさせて嬉しそうな表情を見せる。可愛いやつだな、と内心思いながらもKKは口を少し開けた。
「あ、食べさせてあげよっか?」
暁人が満面の笑顔でKKの口にケーキを運ぶ。
「……悪くねぇな」
「でしょ?」
その流れで、最初の宣言通り半分ほどKKに食べさせて暁人は満足した。
「美味しいものは、大切な人と食べたらもっと美味しいからさ……家族とか、そうでしょ」
「……あぁ、そうだな」
これ美味しいね、と暁人が残りのケーキを食べ進めていく。最後の一口を食べ終わると、暁人が呟いた。
「……こうしてゆっくりできる日も中々ないし、それなら今日しかないかなぁって思ってさ」
ハロウィンが終わり、年の瀬まではマレビトたちもそこまで活発になることはなく、怪異も少し落ち着くためちょうど今の時期はそこまで忙しくはない。だが、こうしてゆっくりと過ごせる夜は珍しいくらいで、とくに年末年始は人の煩悩も増えて正月休み返上になることも有り得ない話では無い。それを踏まえて、暁人はどうしても今日決行したかったのだ。
「……ついてんぞ」
KKが暁人の口の端についているケーキの欠片を指で取り、それをぺろりと口に含む。
「……どうせならキスしてよ」
暁人が笑いながらKKの唇にキスを落とす。ほんのり、チョコレートの味がした。顔を見合わせて、少しの沈黙。
「あー……炬燵から出られないね、ずっとここにいたい」
「……なら、ここでするか?」
「風邪ひくからダメ」
温かな炬燵に包まれて交わすキスは、甘美なチョコレートの味だった。