先に好きになった方が負けじゃなかったか?3情事の名残が落ち着いて、ようやく四季と目を合わせられるようになって初めて、今夜の事を三宙は実感として受け止められた。実感すると、今度はどんどん目が離せなくなっていく。
「……どうした?」
「腕貸して」
突飛に聞こえる三宙の提案の意図を察して、四季は眉を潜めた。
「は? ダルくなりそうだから嫌だ」
「まあまあ。いーからいーから、そー・い・わ・ず・に」
やや乱れた白を纏ったままの腕に勢い任せにくっつく。四季も断る割には、なんだかんだでまんざらでもないらしく、くしゃりと頭を撫でられた。
今なら大丈夫かもしれない。三宙はずっと以前から温めていた言葉を告げる練習をするように頭の中で一度唱えてみた。
「あのさ、四季。オレいっこ言いたいことがあって……」
「何だよ。次回の要望か?」
「え、いや。そういう話でも、なくて」
言いたいことはとっくに決まっているのに口に出せない自分へのじれったさが口調にこもると、からかうつもり満々だった四季の顔も神妙な表情になっていた。
本当に今のうちに言っておかなければ。自分たちのことだ、話すチャンスはそうそう訪れなくて雰囲気で流してしまうだろう。
三宙は決心をつけると、明るい翠を至近距離から見据えた。そして、しっかりと告げる。
「オレと付き合ってください」
文字通り真正面からの言葉は想定外だったようで、向き合う瞳が見開いていた。
「本気の事だから、ちゃんと言っておきたくて。きっと、なあなあじゃあオレが上手くいかないと思うから……」
自分本位を言い切ってしまってから、ほんの僅かな沈黙にさえも押し潰されそうになる。でもそれはすぐさま杞憂だったと知らされる。
「……本当に僕でいいのか? いきなりこんなことしちまうような奴なんだぞ」
言い回しこそ無愛想だけど同じく想定外。いつものように煙に巻かれて終わるのが関の山だと、三宙は勝手に思っていたのに。
「まあ、オレも襲われないといつまでもコレ言い出せなかったと思うし」
「襲……悪かったな我慢がきいてなくて」
「えー。そこ謝んのは違うっしょ。だって合意なんだもん」
「はいはい」
謎に勝ち誇っている自分への面倒くさそうな相づちが心地良い。そんなことでも緩んで仕方がない口元を穏やかに響く心四季の音に近づけている内に三宙は眠りに落ちていた。
☆
翌朝。というよりは、もう昼に軽く差し掛かっている。いつもよりずいぶんと遅く起きた三宙の横には、見覚えのある服が畳んで置かれていた。
それに袖を通しながら、この服を買った時の事を思い出す。あの日、四季に見立てた色違いのパーカーをこんな風に自分が着ることになるとは思わなかった。何があるのか分からないのが人生だとはよく言ったものだと痛感する。
軽くシャワーを浴びてから、作業スペースの奥にあるリビングに顔を出す。
「おはよ」
「おはようさん」
なんとなくソワソワしてしまう三宙だが、ゆったりと振り返る四季はやっぱり至って普段通りだ。
「にしても、こんなに寝たのいつぶりって時間なんだけど。普通にビビるわ」
「じゃあ、ビビりついでに伝言な。さっきお前に客が来てたぜ?」
「あ、やば! 昨日話してた人じゃん。アポ、9時半だった」
当然その時間は余裕でまだ寝ていた。起こしてくれても人前に出られる姿じゃなかったしと思いながら三宙が慌てる。
それを横目に、四季はローテーブルに置かれた皿の上からドーナッツを手に取って一口つまんだ。昨日の手土産の箱の中身はどうにか無事だったようだ。
「まあ、うちのデザイナーは今日は体調不良ですよって伝えといたから。どうにかなるんじゃねえの?」
「あー、でも。だったら次のアポ取り考えとかないと」
「三宙、たまには休んどけって。僕も休みたいし」
ここまで聞いて、三宙にはなんだか四季が珍しく妬いているようにも思える気がした。二人が“付き合っている”ことになったからか。そういうことなら三宙も今日は大人しく折れてみることにする。
仕事用のデスクには向かわずに、四季が座っているソファの隣に並んで腰を降ろす。
「じゃあさ、せっかくだし劇場にデートしに行っちゃう?」
「別にいいけど。お前は目立つし、体調不良って口実はバレるかもな」
「一応、誰かさんのせいで本当に仕事にならないぐらい体が痛いんですけどー」
抗議をしつつ、四季がドーナッツを口に運ぶのと同じタイミングで、そのドーナッツを一口横取りする。
「ん。コレ美味いじゃん」
もう一口いただこうかとモーションをかけた。けれどもドーナッツには届かず、四季の唇に阻止されていた。
「残念。ガラ空きなんだよ」
……何が残念なものか。とことんズルいこの恋人にはつくづく参ってしまう。
涼しい横顔をあんまり見詰めていると今度は再起不能にされそうで、三宙はそそくさと皿の上のドーナッツに手を伸ばした。