アキラ誕!!/ブラアキ「高っっかいプレゼントとか、別にいらねぇからな」
ミーティング後、全員帰ったとばかり思っていた室内にそんな声が響いた。
声の方へ振り向けば、入口にはムスッとした顔で目を据わらせているアキラがいる。打ちかけていた急ぎの返信を終わらせ、タブレットを手にそちらへ向かう。
「何の話だ」
「オレの誕生日の話だよ。オスカーを使って欲しいもんリサーチすんな。バレバレだっつーの」
不機嫌そうな顔でも照れくささを隠しきれていないところに、口許が緩む。その僅かな変化にも気付かれてしまったようで、翡翠色の瞳がさらに瞼で半分隠れる。
「誤解だな。オスカーはおそらく、ウィルとの共犯だろう」
「え、そうなのか!?」
「俺は俺で用意しているから安心しろ」
すぐにそんな顔をするのが可愛くないと、緩む口許をさらに歪めて教えてやれば、途端にジト目から真ん丸な目に変わった。
喜怒哀楽がここまで顔に出るのは本当に分かりやすい。ある意味感心したように眺めている間にも、徐々に頬がピンク色に染まってきた。
「あ……いや……。そうかよ……」
あちこちに泳ぎ始める視線に、小さく吹き出す。
オスカーが何を言ったかは不明だが、今何か欲しいものはないかと探りを入れてきていると気付いたのだろう。誕生日が近いこともあって、自分へのプレゼントであろうことも勘づいたらしい。
しかしそれがウィルとオスカー二人からのプレゼントなのだということと。さらにそれとは別にブラッドからのプレゼントもあるらしいと、しれっと今ここでバラされたのだ。挙動不審になるのも頷ける。
そして何より。耳まで赤くしている本当の理由は、オスカーを使ってまでブラッドがアキラの欲しいものを探ろうとしていると、そう勘違いしたことなのだろう。自意識過剰と思われるかもしれない。アキラにすればおそらくそこが一番恥ずかしいのだ。本当に、どこまでも分かりやすい。
笑うのを隠そうともしないブラッドから、アキラが顔を背ける。
頬の赤みはピアスが並ぶ耳まで広がっており、突き出した唇は拗ねた子どもそのものだった。
可愛くない態度や顔をするところが、可愛い。そんなことを本人に言ってもおよそ理解されないであろうことは明白なのだが、あまり拗ねられても困る。おもわず下がる眦を隠すように目を閉じ、それで? と、呟く。
「高いプレゼントは要らないとのことだが、ならばアキラ。今欲しいものは何だ?」
「へっ……!? き、聞くのかよ!? 本人にっっ!?」
「貴様が言ったのだろう、人を使ってリサーチするなと。確かに本人に聞くのは一番効率が良い」
「この効率厨男め……」
決してスマートなやり方ではないがという言葉は飲み込み、腕を組んで尋ねれば、答えよりも先に苦虫を噛み潰したような顔が返ってきた。
しばらくそのまま唸っていたものの、効率を重視する男は明確な答えが得られるまでそのままの態勢を崩さないと見てとったようで、やがてふいと視線だけ逸らされた。
言おうか言わまいか悩んでいるのだろう。時折横目でこちらの様子を窺い、目が合うと慌ててまた目を逸らす。外見は立派に青年といった姿形に成長しているのに、言動はまるで小動物か幼い子どもかのような印象のこの男は、何故こんなにも見ていて飽きないのだろうか。
手を伸ばしたら逃げてしまうかもしれないと思いながらも、ついなだらかな頬を撫でたくなり目を細めた瞬間、じかん、と。小さく呟く声がした。
「……じゃあ、オレの誕生日に。お前の時間を、ちょっとくれよ」
拗ねた顔のままに見えるが、先程よりも耳が赤い。
──時間。物ではなく、時間。想定外の返答に目を瞠るブラッドを前髪の隙間から数秒見つめ、余裕のない表情にさせたことでようやく機嫌を直してくれたのか翡翠色の瞳が真っ直ぐにこちらを向いた。
「市中ヒキマワシの上、ゴクモン〜……じゃなくて、オレの行きたい店行った後に公園の芝生に寝っ転がって一緒にホットドッグを食べる刑な」
ニヤリと笑うアキラは、先日サウスのメンバー全員で見ていた日本の時代劇風に宣言し、さらに目を丸くしたブラッドを見て満足そうに笑顔になる。
澄んだ翡翠色が見えなくなるくらいに白い歯を見せて笑うので、心の中で白旗を上げてブラッドも微笑んだ。
「……そんなもので良いのか?」
「はぁ〜っ!? そんなもの〜!? てめぇ、どんだけ自分がいつも時間がないか一度胸に手を当てて考えてみやがれっ!」
おもわず漏れた言葉は本心からだというのに、目の前のお子さまには伝わらないらしい。
それで果たしてプレゼントになるのか。誕生日の主役の時間を独占できるなど、むしろこちらの方がご褒美を貰うようではないか。
「分かった。お前のために時間を空けよう」
「えっ!? い、いいのかよ……っ!?」
素直に了承しながら、頭の中でこの先のスケジュールを組み立て始める。
元々その日はアキラのバースデーパーティーのために休日の申請を出していたのだ。あとは前後の細かな調整と、オスカーとウィルとの打ち合わせで何とかなるだろう。なのに言い出した張本人はぎょっとしてひたすら驚いているのが可笑しい。
「構わん。二人きりの方が俺としても都合が良い」
「……? そうなのか?」
プレゼントを渡すにしても誰もいない方が有り難いと思っているのもこちらだけのようで、てっきりデートに誘ってくれたとばかり思っていたがアキラは不思議そうに小首を傾げている。
皆の前で渡せるものと、二人きりの時に渡そうとしているもの。プレゼントが二種類あると知ったら、この男はどんな顔をするのだろう。
それよりアキラの方が大丈夫なのだろうか。せっかくの誕生日に、他の仲間たちと時間を過ごさなくても良いのだろうか。
そう危惧していれば、「あ、でも……っ」と、袖を指先で掴まれた。
「べ……、別に……っ、忙しかったら、後日でも! ……いいけどな……っ。月末とか月の初めって……忙しいかも、しんねーし……」
眉を下げ、裏返った声がだんだんと小さくなっていく。
あまりのいじらしさに、おもわず口許を隠して俯いた。どうしても緩んでしまう口角を止めることができない。
何故この男は、妙に聞き分けが良い時があるのだろうか。それも、いつでもではない。普段の強引さが嘘のように、時折自信をなくすかのように急に無理強いをしてこなくなるのだった。
まるで親にわがままを言った後で気を遣う子どものようだ。怒られないように、というよりも、嫌われないように。しかし完全に良い子のふりはできないのか、素直ではない言い方しかできないところが本当に愛しい。
……自分の誕生日の時くらい、もっと欲張っても良い。
微笑みながら小指を差し出せば、ぱちくりと翡翠色が一つ瞬いた。
ニ秒後には、下がっていた眉毛も上がり大輪のヒマワリのような笑顔が現れる。
「おしっ! 約束だからな!! ぜってー忘れんなよ!!」
自らの小指をブラッドの指に絡め、そう笑うアキラを見つめ、ああ。と返す。
まさかブラッドからこのように約束をしてくれると思わなかったのだろう。小指を絡めたままのアキラは、ブンブンと手を上下に振りながら子どものように笑っている。その笑顔に、ひどく安心している自分がいた。
どうやら以前同期に言われた、アキラに対して過保護すぎるという言葉は否定しようもない事実らしい。
何故ならば、これは親心ではなく。恋心なのだから。
そう諦めも覚悟もあるので、こちらもその眩しい笑顔に負けじと微笑んだ。
……今でなくとも、いつかは。
少なくとも、ブラッドに対しては気を遣わず、そういったわがままを言ってくれる日が来て欲しい。
指に伝わる温度に、そう願わずにはいられない、初夏の日だった。