ダンッ!
品田がカウンターを叩いた音がニューセレナに響いた。
突然すぎて、その場にいた誰もが吃驚したように品田を振り返って見ている。
片手にグラスを持ち一点を見つめ、カウンターを叩いた姿のまま数秒動かない品田に言いようのない恐怖を感じていたが、手のひらを見た品田がおっかなびっくりしているママにへらりといつもの笑顔で「ティッシュってあります?」と言うものだから、魔法が解けたように一気にニューセレナは暖かさを取り戻していった。
「品田」
「うん?なに、秋山さん」
こういう時に第一声を放つ秋山は、肝が据わっている証拠だろう。ティッシュで手を拭く品田に秋山が声をかければ、こてんと首を傾げ、無垢な目で秋山の次の言葉を待っていた。
「急に机叩いて、どうしたの?」
「虫殺したんですよ。丁度殺せそうだったんで、殺しました」
なんとなく品田の口から「殺した」だなんて言葉は聞きたくなかったな、とその場にいた桐生は思ったのだが、それは秋山も同じだったようで眉をひそめながら「なるほどねぇ」と呟いた。
「品田って、虫とか殺さないと思ってた」
「さすがに殺しますよぉ…目障りなんで」
目障りだと言った品田の目が一瞬鋭く見えたのは気のせいだろうか。そも、異常に目が良い品田のことだから虫が飛んでいたらそれすらも視えてしまうということか。それなら、品田が見ている景色はそれはそれは情報量が多いに違いない。本来なら視えぬものまで視えているのなら、相当な負担だろう。だが、それはそれだ。秋山としては品田に対して一種の偏見(彼をどこか幼い無垢な子どもだと信じてやまない)を持っていたが故に、品田の口から放たれる残酷な言葉が受け入れがたかった。品田だって、秋山と同じく人の思惑に翻弄されたというのに。
「品田からそういう言葉を聞きたくなかったな……」
「秋山さん、俺のことディズニープリンセスだと思ってる節ありますよね」
「知りたくなかった〜」
実際、桐生も品田のことをディズニープリンセス(とはいえ、桐生はそこまでディズニーを知っているわけではなかったが)だと思っていたひとりだったので、ぬぅ、とひとつ唸り声をあげてウイスキーを胃に流し込んだ。