秋山さんって難儀な人だなぁ、と思ったのはなんでもないありふれた日だった。
決められた速度、決められたコース、決められた間隔――緑の網で囲われたバッターボックスに立って、バットを振るう。キン、と気持ちの良い音と振動が全身に伝わるのを甘受しながらもう一度同じ姿勢をとった。あと一球でこのコースも終わり。
――キィン!
すくい上げるように打ったボールは決められたホームランゾーンには入らなかったが、久しぶりに気が済むまで球を打ち続けた気がする。額の汗を拭って、バッターボックスから逃げるようにドアを開けて出れば、ベンチに座った秋山がはぁとため息ともとれぬ音で紫煙を吐き出していた。
「秋山さん」
「ん……もういいの?」
「えぇ。なんか、すみませんね。暇だったでしょ」
「いや、別に?プロ野球選手が打つのを間近で見るなんて機会そうそうないからね」
「"元"ですよ。"元プロ野球選手"――ま、それもたった一晩だけでしたけど」
その言葉に秋山はムッとしたように眉をひそめ、やはりため息ともとれぬ音で息を吐いた。野球に関して自分の中では昇華し既に割り切っているのに、秋山は何故か自分以上に気にしてくれているようだ。
当事者ではないのに。
仕方がないことだ。秋山は優しいから、たかが恋仲であるというだけで品田の過去を憂いてくれる。品田はうーんと頭を捻った。根本的に何かが違うのだろうか、品田は秋山と恋仲だろうと秋山が経験してきたことを混ぜっ返すようなとこはしないし触れもしない。冷たい?ただ、品田は過去よりも今の秋山しか知らないし知りたくもないだけだ。
過去はどうやっても埋まらないし埋められない――そう、決まっている。
「ねぇ、秋山さん」
「なに?」
「俺、秋山さんのそういうところ好きですよ」
「……品田、お前」
「ほ〜んと、俺に関してはすっごい甘いんだから」
好きなだけ打たせてくれたから今日はサービスしますよ、と言えば秋山は俯いて頭をかいた。数秒間、秋山はただじっと地面を見つめていたがゆっくりと品田を見上げて笑い、立ち上がった。歩き出す秋山の後を追いかける。半歩後ろを歩く品田はまるで従順な犬のようだ。
「宝の持ち腐れってやつ?」
「そもそもその宝自体を否定されたんですけどね」
「世知辛い世の中になったもんだ」
「あは!そんなの今さらでしょ」
生温い風が秋山のジャケットを揺らした。