品田には、15年来の話し相手がいた。プライバシーが辛うじて守られている"家"に住んでからというもの、話し相手とは長い付き合いになったと思う。

彼の名前は知らない。まぁ、言うなれば『吾輩は猫である、名前はまだ無い』といったところだろう。ちなみに猫ではなくカラスだが。
カラスは、初めて名古屋に来てホームレスとして公園で過ごしていた時に会った。バチッと目が合い、品田は咄嗟に｢はじめまして｣と言った。カラスはしばらくその黒い瞳をじっと逸らさずに品田を見つめ、そうして羽ばたいて行った。
何回か繰り返しているうちに、カラスは品田を"無害"と認識するようになる。品田が慣れたように｢おはよう｣と言えばカラスは返事をするかのようにカァと鳴くし、時たま小銭をくれる時もある。肩に乗ってきた時はビックリしたが、顎を擽ってやれば気持ちよさそうに目を細めるから愛着は湧いてしまうものだ。
紆余曲折あって、公園から屋上に設置された"家"への移転が決まれば、カラスに報告した。品田は近づいてきたカラスに｢引っ越すんだよ、ここからそう遠くないビルの屋上に家を建ててくれるんだ｣と呟いた。所詮それはプレハブではあったが、ニコニコと嬉しそうに話すホームレスとただじっと聞いているかのように見つめるカラスという組み合わせは人の視線を集めるのに十分すぎる要素を兼ね備えていたが、生憎、その光景を見るほど肝が据わってる通行人はいなかった。

品田にとっての久しぶりの家は、まぁそれなりに立派だった。電気は通ってるしガスもある。ビルの屋上とだけあって、夏は厳しそうだが、それでも心優しい大家には感謝しかない。

カァ、と聞きなれた声がする。品田が見遣れば、カラスがそこにいた。

｢きみ、ここが分かったの？凄いね｣

｢カァ｣

｢俺よりも長く住んでるから？それとも流石に屋上にプレハブは見つかりやすかったかな｣

カラスはただそうだと言わんばかりに鳴く。面白そうに笑った品田が、カラスの頭を撫でた。

｢そうだ、ここに水遊び場とか作ったら、きみとか友達来るかな？｣

その提案にカラスは羽根を羽ばたかせる。嬉しい――のだろうか？品田にはいまいちカラスの表現を理解できなかったが、そう思うことにした。

知らぬところで錦栄町のカラス達に顔を覚えられ懐かれた品田は、神室町でもカラスに懐かれることになる。心配そうにずっと着いてきた一羽のカラス――15年来の付き合いがあるカラスだ――が神室町のカラスに品田のことを広めたらしい。カラスとて、"仲間"の人間が自分の知らぬ場所に赴くとなれば一人(いや、この場合は一羽だろうか？)ぐらい味方を作った方がいいと思ったのだろう。
品田を見れば、神室町のカラスはカァと鳴くし、品田も品田で｢こんにちは｣と返事をする。互いに律儀だ。種族を越えた友情は美しいものがある。果たしてこれが友情なのか分からないが。

｢ディズニープリンセスも言い得て妙じゃない｣

そう言うのは秋山だった。品田の肩に留まったカラスを慣れたように撫でる品田を見た秋山は面白そうに笑った。

｢さすがに話せないけど。でも、神室町のカラスたちも良い奴ばっかです｣

｢ということは、向こうでもカラスと仲良かったんだ？｣

｢ええ、うん…はい｣

朗らかな笑みを浮かべる品田と肩に乗っているカラス。組み合わせはちぐはぐで、そこが面白いんだけどさ、と秋山は誰に言うまでもなく呟いた。

｢じゃあ、近々挨拶に行かないとねぇ｣

｢挨拶？｣

｢錦栄町のカラスにだよ。"ぼくたち付き合ってます〜"ってね｣

｢へぇ……律儀ですね｣

数日後、錦栄町に赴いた秋山を待っていたのはカラスたちの洗礼だったが……それはまた日を改めて話すことにしよう。なぜって？長年見守ってきた人間が男を連れきたんだ、しばらく一羽にしてほしいからに決まっているだろう。