「ねぇ、待ってよ!秋山さん!」
こちらを一切見ず歩く秋山の腕を掴む。掴むけれど、腕を払われてしまえば離さざるをえない。振り払われた手を握る。
――いやだよ、秋山さん。どうして?置いていかないで、ひとりにしないでよ!
そう心の中で叫ぶ。遠くなりつつある赤ジャケットが雑踏に飲み込まれ消えた。
品田はそれを呆然と見ていたが、俯いて秋山とは別の道へと歩き出した。路地裏に入って、ふらついたように背をビルの壁にぶつけた。室外機の稼働音が響く路地裏で、品田はひとり泣いていた。すぅ、と流れる涙を拭うこともせず地面を見つめただ泣いた。
嫌われた――だなんて考えたくもない。秋山に対し何かした訳でもないし、考えたところで品田が思いつくことなんてないだろう。
「…おれ、なんかしちゃったかな……」
しゃがみこんで、足を抱えた。考えども考えども、品田にはピンとこない。そもそも、よく考えたら秋山からすれば都合の良いセフレ程度にしか思っていなかったのかもしれない。恋人だと思っていたのは自分だけ?そんなの、そんなの――恥ずかしいじゃないか!
女と違っていくら中に出したとて妊娠しないこの身体、取材とはいえ風俗に入り浸っているようなこの身体。綺麗とは言えない。
捨てるなら一言あってもいいじゃないか!そう思えど、セフレ程度の男にわざわざ言うのだろうか。わからない。わからなかったが、それでもこの身を切り刻まれるような痛みを誤魔化すにはあまりにも自虐的すぎた。
「もうおわりなのかな」
「終わりだよ、品田」
近くで聞こえた声に思わず顔をあげる。そこに立っていたのは先程別れた秋山だった。なんで、と呟くこちらを一瞥して笑う秋山の顔は見たこともないぐらい怖くて、恐くて、なんで?なんでそんな目で見るの?やめてよ、どうして?
「もう終わりだ、品田。俺はお前のことなんかなんとも思ってないし……あぁ、それにセフレだっけ?はっ!セフレ以下だよ、お前なんか」
ぐにゃりと歪んだ気がした。秋山の顔が分からない。地面がぼろぼろと崩れていく。全てが、消えて――――……。
「……ッ!?」
跳ね起きた。柔らかな朝日が部屋へと射し込む。チチチ、と雀がここが現実だと知らせてくれる。煩わしいこの音はなんだ、と思っていればそれは自分の息で。震える両手でゆっくりと顔を覆った。
――ゆめ、夢。あれは夢だったのか。
嫌な夢だ。それでも、どこか自分が秋山に捨てられるのではないかと思っていることを改めてつき付けられたように感じる。のろのろと立ち上がって、シャワーを浴びようと歩き出す。
今日は秋山と会う日だ。
その前にこの鬱々とした気持ちが汗と共に排水口へと流れればいいのに、と叶わぬ願いを思いながら水っぽいため息を吐いた。