フィクションの世界では男性から女性へ、女性から男性へと性別が変わることが出来るというのが売りの漫画だったり映画があるが、まさか現実にそんなことが起こりうるなんて、誰も……誰一人とさえ思ってもいないことだろう。
現実では起こりえないから、楽しめる。現実ではないから、色々妄想する。そんな娯楽程度の"性転換"は暇つぶしにはもってこいの代物だ。
しかし、それが現実に有り得るとしたら?自分の身体が変わってしまったら?
人間は不思議なもので、自分の思ってもいない予想外のことが起きると固まってしまう。まさしく、彫刻のように。
「……?、?」
ざんばらな黒髪は長く伸び、ぴったりと合っていたタンクトップの生地は豊満な胸に押し上げられ、腹が出ていた。今にもずるりと下がりそうなボクサーパンツはそのままぽとりと間抜けな音を立てて足元に落ちた。
華奢な手、すらりとした手足、そして股間にあるはずの物がない。ぶらぶらとしていない。そうしてようやく、男は――いや、今は女か――息を吐き出した。
「な?ど……え、なに……」
元々、男にしては高めだった声は女になれば艶やかなソプラノに。辛うじてボクサーパンツを引き上げ、その場にへたり込む。
――なんてこった、女になってる。
両手を目の前にぐっと伸ばせば、ほっそりとした腕が見える。これでも一応は筋肉がついているのだろうが、それでも、見慣れた腕よりかは細く頼りなく見える。
「女の子、だなぁ」
自分の声なのに、どこか他人のように思えてしまう。さて、どうしたものか。
「みるくちゃんにでも、連絡してみようかな……」
女性の体で困った時には、女性に聞くのが1番良いだろう。実際、その判断は正しかったようだ。
自分が"品田辰雄"だという証拠を、自分自身で見つけ差し出すというのは案外難しいものだということを感じる。どうにかこうにかみるくに連絡をし、信じてもらって、ふと桃clubへと赴いた。店の外で立っているみるくへと声をかければ、その美しい瞳をめいいっぱい見開いて「あら」と言ったまま数秒間固まっていた。
「あのぉ……みるくちゃん?」
ひらひらとみるくの目の前で手を振って意識を戻してから、事の経緯を問いただされたが、品田とて起きたら女の体になっていたのだ。分かるはずもないし、知りようもない。
「とりあえず、辰っちゃんの服を買いに行かなあかんね」
「俺そんなお金もってないよ」
「ん……ちょうど新しい服が欲しかったし、お下がりでええなら私の服をあげるがね」
「ほんと!?みるくちゃんはやっぱり天使だなぁ」
「そんな褒めてもなにもでにゃーわ」
頬を薄紅色に染めて、みるくは品田の腕を取る。なんにせよ、今は女同士。気兼ねなく腕に当たる豊満な弾力を噛み締めるだけに留めた。