あの時の言葉 放課後、創と鈴鹿は教室に残っていた。先生に呼ばれた琥珀を待っていたからだ。教室の窓からはグラウンドが見え、サッカー部や野球部、グラウンドの向こうではテニス部が練習をしていた。暇つぶしにそれらを眺めつつ、創は横目で鈴鹿を見る。
御手洗鈴鹿、あの水彩画で有名な御手洗家の一人息子───なのだが、創は絵には詳しくないため、そこまでしか知らない。そもそも、興味が無いと言ったら言葉が悪いかもしれないが、その色眼鏡で鈴鹿に話しかけたつもりもない。
それは琥珀も同じらしく、お互いに鈴鹿は鈴鹿という気持ちで話しかけていた。だからかは分からないが、よく他の同級生から自分達と創達との態度が違うとよく聞く。創も琥珀もその言葉に首を傾げる、自分たちと話す鈴鹿は、クールだがよく笑っているからだ。
話が逸れてしまったが、創は鈴鹿の横顔を見る。たまに鈴鹿は何か悩んでいるような、そんな一面を見るのだ。鈴鹿からはそれとなくだが、どうやら水彩画の才がないらしく、そのせいで家とも上手くいっていないらしい。放課後一緒に遊ぶ時、家に帰るのをどこが渋ってるようにも見えたことがあったからだ。
鈴鹿に才能がない、創にはそうは見えなかった。そもそも、そういうのは勝手に周りが決めることではないだろう。
「鈴鹿、溜め込んでるなら吐き出したら?」
勝手に言葉が出ていた、突然そんなことを言われた鈴鹿は驚いた顔で創を見る。創は鈴鹿の顔を見たまま黙る。鈴鹿の事だ、そんな事ないとか言うのだろう。
「……何言ってんだよ、そんな事……。……」
「……。ここには俺しかいないけど?」
「…………」
少しの沈黙、鈴鹿はポツポツと少しずつ話始めた。話の内容をまとめると、やはり創の予測していた通りだった。自分の両親は、鈴鹿の家みたいになにか有名で、というわけではないが、両親が創に対して創務省に入るのを望んでいるからか、毎回その話題をしてくる。ここの高校を選んだのも、琥珀が心配だったのもあるが、寮があったため、少しでも親元から離れられると思ったからだ。自分でも、それだけでも辟易するというのに、鈴鹿はそれ以上に心苦しくなるだろう。それをずっと、耐えてきたのだろう。
「……俺はねぇ、水彩画のことは何も分からないけど……。鈴鹿に才能がないとか、俺は思わないよ」
「……」
「……小説も一緒、ジャンル沢山あるわけじゃん? 俺と琥珀はファンタジー系書くけど……。……色んな絵を試してみたら?」
「……色んな絵」
「そうそう!」
そう言って創は席を立つと、窓を前にして鈴鹿を見る。夕焼けの光が、創の金髪を赤く染めた。鈴海は思わず目を細める、創が前に立っているのなら、眩しくないはずなのに、とても眩しく見えたのだ。
「お前さ、描くのは嫌いじゃないんだろ? 水彩画描く時の鈴鹿は苦しそうに見えるけど……水彩画だって事を除けば、描く自体は嫌いになってないように見える」
「……それは分からん」
「あはは、そっか。だからさ、俺から言わせると、諦めるな。これからも、お前に色んな事を言うやつがいるだろうな。けど、だからって諦めるな。俺と今ここにはいないけど、琥珀がいる。俺らは絶対、鈴鹿にそんな事言わない」
「……創……」
諦めないで欲しい、これは本心からの言葉だった。創はにかっ、と笑って鈴海を見る。よくよく見ると、鈴鹿の目にうっすらと涙が見えたような気がして、制服のポケットからハンカチを取り出すと、さりげなく渡した。そろそろ琥珀が戻ってくる、琥珀が見たら心配してしまうだろう。
「……泣いてもいいと思うよ」
「……いや、泣かない」
「……鈴鹿らしい」
鈴鹿の頭を優しく撫でる創、その時教室の扉が開いた。顔を向けると先生に呼ばれていた琥珀が戻ってきた。
「ごめん遅くなった」
「別に〜」
「帰るか」
「あ! ファミレス行こうぜファミレス!」
「俺は別にいいけど……」
そう会話をした時、鈴鹿が恐る恐る、と言ったように口を開いた。
「……ファミレスってなに」
「……え?」
この後、ファミレスを知らない鈴鹿に二人がスマートフォンで近くのファミレスを検索し、鈴鹿にとって初めてのファミレスに行くことなった。早く行こう、と創は鈴鹿の腕をとって教室を後にした。