真相・心裏 なんてことない日常のふざけあいだった。
バラエティ番組で芸能人が催眠術をかけられるコーナーが映し出されていて、最近よく見かけるタレントがうつろな瞳で催眠術師の言うことに従っている。
「やらせだって。実際こんなことできたら催眠術師最強じゃない? 世界征服できちゃうでしょ」
一松がヘッと笑ってテレビを消した。
「でも触れなきゃだめとか、効果が長く続かないとか、何かしらの条件があるんじゃないか?」
実際に催眠術師によってオレたちは支配されていないし、考えられうる予想を口にする。
「なに、おまえは催眠術信じる派なの?」
「特に信じてるとか信じてないとかはないけどなぁ。やってみないことにはなんとも」
「ふうん。じゃあおれたちでやってみる?」
こんなに乗り気な一松は珍しくて、よっぽど退屈しているんだろう。キャットたちも今日は訪ねてこないようなので暇潰しに付き合ってやるのもいいな。なにより一松と遊べることが純粋にうれしい。
「いいぞ。じゃあ一松がオレに催眠術をかけるのか?」
「いや、逆のほうがいいでしょ。なんかおまえ普通に暗示かかりやすそうだし。催眠術とかされるまでもなく」
「ンンー? まぁいいだろう。オレの華麗な術をとくと見るがいい!」
まずはマミーが豚肉を縛るのに使っているタコ糸を適当に切って、五円玉を吊るす。
「うわっ古典的なやつだ」
「催眠術といえばこれだろう?」
五円玉をゆらゆら左右に動かしながらゆっくり語りかけた。
「あなたはだんだん眠くな~る」
動きを追っていた一松の目が眠そうに落ちていったので、慌てて次の言葉を繰り出す。
「眠気がだんだん覚めてきて、目をぱっちり開きたくな~る」
いつもとろんとしたまぶたが完全に見開かれる。一松がこんなに目を大きく開けるのは珍しい。なんてことだ。オレに催眠術師の才能が……!?
とはいえ、家族間ではノリの良さも見せる一松のことだから、わざとかかったふりをしているのかもしれない。
ここはちょっと、試してみるとしよう。
「あなたは好きな人の名前を言いたくてたまらなくな~る」
「……松野、カラ松」
あれっ。これ本当にかかってないか?
あのシャイで天の邪鬼なハニーが、照れずにオレを好きと告げてくれるなんて!
「じゃ、じゃあその大好きなカラ松にされてうれしいことはなんだ?」
だんだん催眠術っぽいしゃべり方も忘れてきているが、五円玉だけは休みなく弧を描いている。
「……酔ったときおぶって家まで連れていってくれるとこ……やさしく頭なでてくれたり、布団に入ったあとこっそりしてくれるキス、とか」
「……!!」
これかかってる! 催眠術かかってるな!?
それ、そんなに嬉しかったのか。なんだか感動で胸が熱くなる。オレの恋人、可愛すぎないか。
もっと聞きたいという欲が頭をもたげてきて、さらに質問をする。
「愛の営みのとき、されて気持ちいいこととやめてほしいことを教えてくれ……!」
これは聞きたくても怖くて聞けないことだった。前者は性格的に口に出さないだろうし、後者はショックを受けそうで勇気が出なかったのだ。
「ん……えっちの時きもちいのは、いろんなところにキスしてくれること。慣れるまでゆっくり突いてくれること。やめてほしいのは、おれに遠慮してやってほしいことがまんすること……」
「一松ぅ!!」
目の前の恋人を強く抱き締める。
無理をさせないようにと思ったことが、逆に不安にさせていたとはオレも不甲斐ない。
でもいつも恥ずかしくてたまらないという風に身を捩っていたことがちゃんと気持ちよかったと知ってじわじわ幸せが込み上げてきた。
普段直接言ってくれないことを卑怯な方法で言わせた自覚はある。後ろめたい気持ちや申し訳なく思うのは嘘じゃないけど、どうしたってうれしいものはうれしい。
「なにか、オレにしてほしいことあるか?」
せめてもの罪ほろぼしに問いかける。しばし考えるような間のあと、ぽつりとつぶやいた。
「ずっといっしょにいて」
◇
あの後どうやって催眠術を解いたのかはっきりと覚えていない。
切ないきもちといとおしいきもちでいっぱいになって、つよくつよく抱きしめたことは覚えている。
晩ご飯を食べているときの一松は普段より口数が少なかったけど、どこか調子が悪そうというわけではなかったので少しホッとしながら眺める。催眠術がちゃんと解けていなくて、何か不調があってはいけない。
歯を磨き終えた一松と洗面所でばったり会ったので、大丈夫か? その、後遺症とか……なんて聞くと、またあのときみたいにハッと目を見開いてからみるみる顔を真っ赤にする。
「言っとくけど、おまえに催眠術の才能なんて全然ないから」
「えっ、それって……」
一生懸命不器用すぎる愛を伝えてくれたハニーに、今夜は布団のなかでとびっきりのキスを贈ろう!