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    天野叢雲

    @onitakemusya
    だいたい出来心

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    天野叢雲

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    そういえば小説も上げられるんだなぁと思ったので、お試し的に創作BL載せてみる。続きは気が向いたら上げます。

    #創作BL
    creationOfBl
    #魔獣の花嫁
    brideOfTheHexenbiest

    魔獣の花嫁 #1「ウソだと言ってくれ」 なんでそいつだったのだろうと思う。せめて可愛いとまでも行かなくても、女性でも良かっただろうに。何故同性の男で、よりにもよってこんな面倒臭そうなのが俺が探し求めていた相手だったのか。もし神様がいるなら胸ぐらを掴みたい。

     本当にあんまりだと思う。俺がここに辿り着くまでどんな目に遭ったか。少し語らせて欲しい。










     事の始まりはあの日、散々勤務が続いてからの帰り道だ。あの時俺は確か……六、いや。違うな。佐藤が熱で出られないってんで肩代わりしたから、計九連勤してたんだ。九連勤を終えての帰り道。
     あ。因みに警備員なんてものをやってたんで、俺の言う連勤は連続数=日数には当てはまらない。警備の仕事には日勤と夜勤と、それから二十四時間勤務の当務なんてものもある訳なので、日勤→夜勤→当務なんて続いたりしたら、二日間で三連勤する事が可能だからだ。完全に労基違反も良い所なのだが、業法上制服着たら即勤務という訳にはいかず、そして残念な事にうちの会社は人手不足だったのだ。

     故に、その帰り道の俺は当然のようにへろへろだった訳だ。注意力なんてものは仕事ですっかり品切れ。丸一日休んだらまた仕事が始まってしまうのだが、それでも漸く帰れるのは正直嬉しかった。勿論仕事内でもちゃんと休憩や仮眠を取る時間はきちんとあるにはあるが……職場にいる以上、火災や大地震なんてあった日にゃ避難より先に制服着込んで通報やら誘導やら仕事を優先しないといけないのが警備員さんのお仕事だ。例え体が休まっても気持ちが休まるはずもない。やはり自宅が一番いい。
     買い物を含めたメシの準備も風呂の準備も後回しにして、帰ってゆっくり寝たい。その時の切なる願いだった。

     人間、疲れていると取り止めもない事がくるくると頭の中で踊るもので、「こういう時に俺に嫁さんでもいたら、メシ作っててくれるとか寝てる間に洗濯をしてくれるんだろうか?」とか「結婚したら職場のロッカーの中に急な連勤用の変えのシャツや靴下、下着類を常備しなくても良くなるのだろうか?いやいや、下着とかは嫁さんがいても同僚が増えなきゃ変わらないか」なんて結婚願望なんて無いくせに考えたりする。
     そもそもこう仕事が忙しくては嫁さんどころか彼女すらも出来るきっかけが無い。社内結婚している連中を見ながら、結局そうなっちまうよなぁと他人事のように頷くばかりだ。

     考えてみればいい加減四十目前ながら現在付き合っている相手もいない。悲しいかな、侘しいかな。それでも毎日懸命に擦り減りながらも慎ましーく生きてた訳ですよ。

     …うん。ちょっと脱線したな……。前振りはこの辺にしといて、問題はここからだ。

     俺は帰りの駅で、ホーム上を歩いていた。多少ギリギリではあったかもしれないが、それでも真っ直ぐに黄色い線の内側を、だ。すると通過電車を知らせるアナウンスの合間に前方から何やら騒がしげな声が聞こえた。声の主は俺より二〜三十歳上のおっさん。どうやら怒鳴り散らしているらしい。相手は駅員だ。大方宥めようとして失敗したのだろう。おっさんは酔っ払っているように見えた。

    (うわ〜、駅員さんかわいそ)

     他人事ながらそんな事を思いつつも、俺の疲れ切った頭は、足を止めるとか迂回しようといった指示を体に送る事はなかった。つまりは、迂闊にもそのままそこを突っ切って行こうとしてしまっていたのだ。
     そしておっさんは駅員を殴り飛ばすに至る訳だが、その時俺は殴られた駅員の真横にいた。

     ふらふらの俺と殴られてたじろいだ駅員とが衝突すれば、こちら側が体勢を崩すに決まってる。そう、俺は最も容易く弾き飛ばされたのだ。それも運悪く線路上に。

     もしこの駅のホームドア設置が完了していたなら、ドアにぶち当たって痛い程度ですんだろう。もし、電車の来ないタイミングで線路に落ちたならば骨折くらいで留まっただろう。

     完全に宙に放り出された俺の耳を通過電車の警笛がつんざいた。

    (あ、これ死んだな)


     そう確信した俺の視界は暗転する。





     そして目を覚ますと、俺は一人。見知らぬ山奥にいた。
     所謂『異世界転移』とかいうやつなんだろうと理解したのは、木になる果実や草花。虫までもが図鑑ですら見た事がないものばかりなのを目の当たりにしてからだ。極め付けは朽ちて草の中に倒れたままになっている木製の標識が何語ともつかない形の文字をしていた事だ。
     これは日本どころか、地球かさえ怪しい。ならば知らない世界なのだろう、と。

     小説や漫画ならここで神様が出てきて、何かと便利な力だったりアイテムだったりをくれるんだろうがどうやら俺はただの漂流者らしく、そんな奇跡は起こらなかった。標識のお陰で獣道が見つかり、どうにか川に辿り着けたが橋なんてものはとっくの昔に壊れたらしい。致し方なく持てる限りのサバイバル知識フル動員で川に沿って移動する事になった。正直、あのまま電車に轢かれてくれた方が楽で良かったなぁなんて考えながら下流を目指したものだ。

     本来ならば山で遭難したら川辺を探してそこから動かない方が良いらしい。日本なら捜索願いが出されて、山狩りで探してもらえるからだ。川沿いは必ず探しにくるポイントになる。そして食料が乏しいなら動かないでなるべく腹を空かせないようにした方が、救助に時間がかかった時に耐えていられる。
     しかしここが日本で無い以上、助けが来る訳がない。自分で人里に出ねば死ぬしかないのだ。俺には山中で何年も自給自足出来るような道具もこの世界の知識も無いのだから。

     アウトドア趣味があるわけでは無かったが、東北の山育ちだった事と気候が安定していてくれたおかげで、たまたま食べずにバッグに入れていた食料が尽きてもどうにか出来た。食料は専ら釣った魚だ。果実や野草はどれに毒があるのか分からない。例え動物が食べていたとしても人が食べれるとは限らないし、毒草ほど食用草に似ている。ちゃんと見分けがつくまで手出ししない方がいい。
     それに下痢なんてしたらそれこそ大変だ。体の水分を失った挙げ句体力を消費してしまう。更には用を足してる間は無防備だ。遭難中にこれがどれ程危険な事かはなんとなく想像できるだろう。だから魚は確り火を通したし、水も一度沸騰させてから口にした。ライターオイルが切れる前に人里に出られればいいが、新たな火種の確保は最重要課題だった。

     しかし、転移の際の気絶がどれ程長かったのか分からないが、それでもどことなく仕事の疲れを引き摺っての遭難生活に体が長く保つ訳も無い。流石に二週間で熱が出る。自分ではよく持った方だと思うが、それでも寝ている訳にもいかず、薪を探しに森の中を彷徨いた。

     熱で意識が朦朧としていたせいだろう。来た道がすっかり分からなくなってしまった。これはいよいよもって不味い事態になったな等と口走った矢先、足を滑らせて急な坂を滑り落ちてしまった。崖というには小さいものの、そのキツい斜面を登る手立てが無い。擦り傷切り傷だらけで休める場所を探さなくてはならなくなった。

     結局、野生動物たちの息遣いや臭いに怯えながら薄気味悪い洞窟に身を寄せる事にした。正確には、歩くのがやっとで近くにあったそこに這いずりながら逃げ込むしか出来なかった。

     相手がゲームで見るような魔物じゃなくても、野生の動物はみんな危険だ。
     ただの動物だって、熊だからとか肉食だから怖いなんてのは通用しない。例えば雑食の猪は犬並みに鼻が効くし車並みの速さで走れる。足なんて噛まれようものなら簡単に肉を喰い千切られる。なら草食の鹿はというと、そもそも山にいる鹿は結構デカい。体重100キロくらいの奴だっている。そんなのが夜行性でしかもビビったら全速力で走り回るのだ。真っ暗な中で角の生えた体重100キロにタックルされて無事な人間なんてそうそういないだろう。俺なら無理だ。異世界でもなんでもない日本ですら、生身の人間はとても弱い。

     だから今まで夜は可能な限り火を焚き続けていたのだ。コンビニの灯りに寄ってくるヤンキーみたいなモンスターでもなけりゃ危険を避けられる。しかし、今日はもうそんな余裕は無い。道具もなければ動ける体力もない。動けないならこのまま衰弱死か、若しくは先に動物に見つかるかもしれない。

    「……ついて、ねぇな…ぁ……」

     掠れた弱々しい声。情けなくて自分でも笑ってしまうなと思った。

     途端、身直に獣の気配を感じる。
     背筋がゾワリと冷えてただ息を顰めた。元からたいして動けもしないが、それでも岩のようにピクリともしないようにしなくてはいけない。何しろその気配は俺の真横からするのだから。

     大型の獣の息遣いが聞こえる。恐ろしくて視線さえ向けられない。いつの間にここまで近づいて来たのか分からないが間違いなくそこにいる。もう見つかってない訳がない。いつ噛み付かれてもおかしくない状況にビビりながらも、どっちにしろ死ぬんじゃないかと内心文句を垂れた。

    “******”

     獣が何か喋ったように感じた。その不思議な音と何処か寂しそうな雰囲気に惹かれて、つい獣の方を見てしまった。

    「なんか、言ったか……?」

     すると眼前に広がったのは闇のように黒い犬のような、大きな大きなその口。その口内。

    「え?」

     ──バクン──

     喰われると理解した時には、もう視界が黒で塗り潰されていた。





     流石にこれは死んだだろうと思った。思ったが、またもやそうはならなかった。いや、本当の俺はここで死んでしまったのかもしれない。


     その時出会ってしまったのは、魔獣の中でも『獣穢』と呼ばれる特殊な呪いを使える魔獣で、黒い姿のそれが呪いそのものだった。獣穢とは、本来その魔獣を殺した者に取り憑いて乗っ取り、体までもその魔獣に変えてしまうという呪いだ。この世界の古い呪術師は使い魔獣に獣穢を使わせ、年老いた体を取り替えていたのだという。しかし呪術師たちは迫害され、今やその末裔が少数生き残っているだけとなった。その為、呪いの力を持った古い魔獣は自由となり野に放たれてしまったのだ。

     俺はつくづく運に見放されているのだろう。どれだけ運が悪けりゃそんな凶悪なレアモンスターを引き当てれるのかさっぱり分からない。しかも俺自身は魔獣に触ってすらいないのだ。後日その時の洞窟を調べたらミイラ化した魔獣の遺体を発見した。つまり魔獣は老衰したのに、とばっちりで呪われた。そういう事だ。酷過ぎるだろう。

     おかげで俺は右も左も分からないまま呪われた獣憑きになってしまった。しかも酷い時は体を乗っ取られてバーサク状態になる。そこらの魔物よりよっぽど自分の方が危険なのだ。いつ俺の討伐依頼が冒険者の掲示板に出されるのかと、我に返った後は毎度怖くてたまらなかった。呪いの事を知らなくたって、自分の体の変化くらい分かる。俺の体は、見た目に比べてやけに丈夫で、力も強く、そして素早く動けるようになった。音や匂いに対しても敏感に感じ取れる。そして何よりあの時の黒い獣の気配がずっとするのだ。俺の中から。だから取り憑かれたんだと直ぐに理解できた。

     危険がいっぱいのまさにファンタジーなこの異世界で、剣を握った事もなければ魔法なんて使える訳もない単なる一般人の俺だ。確かに体力などのステータスアップは有難い所ではあるが同時にそれは俺の体が魔獣に近づいて来ている証拠なのだ。
     仕事だらけでしんどい時も死にたいなんて思った事はなかったし、人間辞めたいとも望んではいなかった。そういう役所は、出来れば心が擦り減って日本じゃ修復の効かないどっかの誰かにお願いしたかった。運が悪いどころか、きっと俺は神様とやらに嫌われているんだろうな。そう思える。

     呪われてからは、この手に入れた丈夫さで冒険者や傭兵業をやって金を稼いだ。いや、そうせざるを得なかったと言った方が正しいか。俺には元の身分もこの世界における学も無い。だというのに、バーサクすると何かしら壊すので弁償代金が発生してしまうのだ。日々食うだけの金ではとても足りない。結果的に割の良い荒っぽい仕事で稼ぐしかなかった。俺は日本でもこの異世界でも、結局は仕事に追われる毎日になってしまった。

     気が付けば “壊し屋クロノ” なんて有難くもない通り名まで付いた。クロノとは、俺の髪と目が黒い事と名前のもじりだ。えっと、俺。野寺九郎って名前なんだが、この世界だと名前の後に苗字がくるのでクロウ・ノジと名乗っている。名前と苗字を短くくっつけてクロノ。誰が呼び出したのか知らないが、今じゃクロウよりクロノの方が名が通ってしまうのだ。まぁ、こんだけすったもんだしてて名前の音まで“苦労”じゃやってられないので、その点は良かったのかもしれない。

     そしてもう一つ良かったのはその通り名を聞いて、かの呪術師の末裔だと名乗る少女が俺を訪ねて来た事だ。正直、仕事に追われ過ぎてて呪いの事を調べる余裕なんてなかったので本当に助かった。
     彼女、リージャは呪術の復興を目指しているそうで、その為に俺の中にいる魔獣を自分の使い魔にしようとしていたらしい。ところが封印されてるという洞窟に行ったら魔獣の骸しかなく、封印も風化して壊れてる。魔獣が取り憑いた動物を探していた所で俺の噂を耳にしたという。

    「…リージャ。君のおかげで呪いについては大体わかったよ。俺が呪われたのが事故だったって事も。色々とこの魔獣には言いたい事はあるけど、何よりさっさとこの状態から解放されたい。早いとこ呪いを解いてもらえないかな? 君に魔獣を引き渡したい」
    「……………知らない」
    「え⁉︎」
    「知らないのよ。獣穢の解き方。文献には載ってなかったんだもん」
    「じゃあ、君はここに何しに…」
    「私だって困ってるの! 本当なら獣穢にかかった動物を私の術でペットにする予定だったんだもん。本当に人間にかかってるなんて聞いてないわ!」

     リージャはおさげに束ねた長い髪を揺らしながら、年相応に頬を膨らませて憤慨した。いや、冗談じゃないと怒りたいのはこっちなのだが、怒鳴った所でいい歳したおっさんが中学生を虐めている図にしかならないので止めた。この魔獣の封印だって風化で壊れたというし、そもそも呪術が廃れたのが古すぎるのだ。この子に罪は無い。結果的には何も解決していなかったとしても、状況だけは把握出来た。それは紛れもなく彼女が俺を探してくれたおかげなのだから、感謝するべきだ。…と、そう自分を言い聞かせた。思えば警備もサービス業。下手に出てなんぼというシーンは山ほどあった。

    「じゃ、じゃあリージャ。一緒に呪いを解く方法を探してくれないか? 俺は呪術の事はさっぱりだし、君がいてくれると心強いよ。俺は使い魔にはなれないけど荒仕事なら出来るからさ。協力しないか? お互いの目的のために」
    「…いいわ。その魔獣を使い魔にするまで、アンタに逃げられたら困るもの」

     そう言ってリージャはツンデレを出しつつ頷いてくれた。

     普通ならこの子が俺の探し求めていた人物で、共に苦難を乗り越えて行く内に信頼関係が深まり、年齢的にはちょっと犯罪臭がするもののやがてそれを時が解決してくれて……という流れになるのが、物語的にもいい感じにまとまるはずだ。いや、寧ろここまでの話のボリューム的にもヒロインはもう出てきておかしくないはずなのだ。少なくとも俺が読んだ漫画や小説は早々にヒロインが出て来たもんだ。正直、他に年頃の素敵な女性が現れてくれるのが一番嬉しいのだが、そこまで贅沢は言わない。リージャだって今は子生意気な少女でも、数年経てばなかなかの美人になるだろう。

     だが、悲しいかな。俺の物語でこの子はヒロインにはなってくれなかった。

     俺は日々の仕事をこなしつつ、リージャの協力の元呪いを解く方法を探した。しかし失われて久しい技術の探索が簡単に行くわけもなく、時間だけが無作為に流れた。そうこうしている内に、俺の記憶に異常が見らるようになった。

     知らないはずのものを知っていたり、懐かしいと感じる。俺はこの世界で生まれた訳ではないのに。なのに、何故か知っているのだ。そして夜、夢の中で魘される。真っ黒な時間という闇に潰されそうになる不安と途方もない孤独。知らないはずの懐かしい懐かしいあの暖かな感情。その夢を見ると、必ず泣きながら目を覚ます。そんな事が何度もあった。

     魔獣の記憶が混じって来ているのだと、リージャに指摘されるまで自分では気付く事も出来なかった。それ程までに俺の認識は魔獣と混ざっているのだと知って、どうしようもなく怖くなった。このまま俺は自分でも気付けないまま魔獣になってしまうのか。それでも止める方法がわからない。何日か一人で悩んだ後、ならば逆に魔獣の記憶に糸口を見付けられないかと思い至った。

     呪術も獣穢も昔の技だ。ならばこの魔獣自身が何か知っているかもしれない。探そう。この魔獣が無関係の俺を呪ってまで逢いたいと願った人物を。その手がかりを。










     というのが今までの流れだ。勿論、それからだって色々あった。何しろ封印で力が弱った挙句老衰した魔獣の記憶だ。肝心な所がフワッとボケまくっている。コイツ、自分の名前すら覚えていないのだ。それでも僅かでも、まるで雲を掴むような探索より随分マシだった。感覚を頼りに彼方此方の依頼を受けて回り、呪術に繋がりそうなものを漁った。

     そしてとある商人の傭兵任務に就いて、とうとうアタリを引いた。いや、結果を見てしまえば俺にとってそれはハズレだったわけだが。

     寄せ集めの冒険者崩れの傭兵連中の中にそいつはいた。一人だけ少し身なりの良い防具に身を包み、泥臭さとは縁遠い華やかな美しさを纏った男。そう、いくら美形といえどそいつは男だったのだ。名前は確かシェゾ・クォンティー。蒼の剣士と呼ばれる近頃名うての剣士だ。二十代そこそこの若さで急に名前が売れ出した俺の同業者。素性不明の美剣士、おまけに本人は他を寄せ付けず無口とくりゃあ噂にはいくらでも尾鰭が付く。どこぞの貴族の隠し子ってのが今一番有力だったっけな。名前と噂はいくらでも知ってたが、実際に会うのはこれが初だった。そう、俺は初対面でやらかしたのだ。

     満月の映える夜空。月明かりの差し込む廊下の窓辺。最初の顔合わせの時には姿を見せなかったそいつをその廊下で見つけた。光に透けるアッシュブロンドのサラサラの髪。そいつの醸す雰囲気を見た途端、俺は自分を止められなくなった。

     徐に彼に近付くと、そのまま壁に追いやってシェゾの唇を奪った。奪ってしまった。

     キスした瞬間、体の中の獣が反応して、満たされる。

    『やっと逢えた』

     まるで離れ離れになった恋人と再会でもしたかのような幸福感がそこにあった。

    「会いたかっ………ぅっ」

     ──ドンッ──

     急に鳩尾に拳が減り込み、膝からその場に崩れ落ちる。上手く息が出来ず、足に力が入らない。シェゾに殴られたのだと理解した頃には眉間に剣の切っ先が突きつけられていた。

    「どういうつもりだ? 貴様、殺されたいのか」

     静かに発せられた音には明確な怒気が孕んでいた。それもそうだ。俺だって見ず知らずの野郎にいきなりキスされたらぶん殴る。普通に考えれば分かるし、分かってた。弁解させてもらえるなら声を大にして言いたい。俺だって男に興味なんてない、と。そして本来の俺は、こんな事をいきなりするような変態でもないのだ。至って健全で紳士的な男なのだと言わせて欲しい。

     だが、言いたいのに声が出ない。
     鳩尾に食らった一撃のせいじゃない。匂いだ。こいつの匂いが酷く懐かしくて胸が詰まる。暖かな感覚が溢れて言葉にならない。その雰囲気が俺を…いや、俺の中の魔獣をおかしくさせる。側から見れば剣を突き付けられてる危険な状況のはずなのに、この男に逢えた事が嬉しくてたまらない。苦しいほどに。

     この蒼の剣士が呪いを解く鍵であるという強い確信と共に、頭ではどうしても理解したくない感情が入り混じってクラクラする。
     止めてくれ。体は俺なんだ。誰か嘘だと言ってくれ。俺の中の魔獣が、こいつに惚れたなんて。

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     本当にあんまりだと思う。俺がここに辿り着くまでどんな目に遭ったか。少し語らせて欲しい。










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    天野叢雲

    TRAINING興が乗ったので2話目。状況はちっとも好転しないね。今の所カプ要素ほぼ無いですが、一応は花嫁×獣憑きです。美形×平凡で年下攻めのおっさん受け。まぁ、このおっさんまだ40手前の見た目ですがね。
    魔獣の花嫁 #2「壊し屋と剣士」 魔獣が人間に恋をする。おとぎ話ならありそうな話ではある。しかしそういう話ってのは、大体が悲恋で終わるものだ。

     昔、一目惚れとは遺伝子が適正の相手を見付けたシグナルだとかそういった説を耳にした事があるが、この場合はそれの真逆に当たる。そもそも異種間では寿命が違うのだから添い遂げることが出来ない。必ずどちらかが先に死ぬし、生物として子孫を残せない。いや、ファンタジーならハーフ種として確立する場合もあるが、この異世界ではどれほどが可能なのだろうか。少なくとも男同士では無理だろう。でなければ性別が男女に分かれている意味がない。

     おそらくだがこの老衰した魔獣は、大昔に人間に恋をした。そこまでは良い。長い長い年月を経て、今生きているのはその魔獣に好かれた人間の末裔だろう。若しくは、偶然にも物凄〜く似ているだけ。当人はきっと骨すら残って無いだろう。で、問題はここからだ。魔獣の性別が雌雄どちらだったか俺は知らん。俺の男としての機能が今までなんの問題も無かったからてっきりオスだと思っていたが、まぁそれは置いておこう。兎に角コイツは男であり人間である俺に取り憑いた。そして、この魔獣が今この世界で再会を果たした想い人のそっくりさんだか末裔だかも男だった。
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