Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    天野叢雲

    @onitakemusya
    だいたい出来心

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 29

    天野叢雲

    ☆quiet follow

    調子に乗って第二弾。創作BLの続き。連載はまだまだ続くのだよ…。この辺から年下攻め成分が入ります。

    #魔獣の花嫁
    brideOfTheHexenbiest
    #創作BL
    creationOfBl

    魔獣の花嫁 #4「内緒話」 シェゾと握手を交わすと、彼はさっさと詳細を聞かせるとばかりに狭いテント内にドカリと腰を下ろした。若さ故なのか、俺の寝首を掻こうとしていたのに切り替えは早いようだ。まぁ、確かに印書も四つ端が崩れて無くなっている。手を組むと約束は取り付けたは良いが、まだ肝心の中身を話していないのだからここからはサクサク進めたい。その方が助かるというものだ。

     しかしずっと待て状態だったからか、結局シェゾが先に口を開いた。本題の魔獣について。

    「四年前、東のリムブルムで魔獣が目撃された」
    「それなら知ってるよ。噂では騎士団が壊滅させられたそうだな」
    「魔獣と戦ったのは第五騎士団。俺はかつてそこに所属していた」
    「…生き残りがいたのか⁉︎ じゃあ噂は本当だったんだな」

     その噂を聞いた当時、俺はどこまで本当の事なのだろうと疑問を抱いた。日本ではゲームや漫画等で聞くので『魔獣』という言葉は特に珍しいものではない。魔力を宿した獣というカテゴリー名なので、剣と魔法のファンタジーならそういう動物もいるだろうくらいの認識だ。しかしこっちの世界では獣穢を使える呪い持ちのモンスターだけが『魔獣』と呼ばれるのだ。幻の生物、レアモンスター。いや、どちらかというと架空上の生き物って認識が一番近いだろうな。いてもおかしくないけど、まぁ会う訳がないって距離感は宇宙人に匹敵する。そんな宇宙人がやって来て騎士団が潰されたと聞いた所で、何かの勘違い話に尾鰭はひれが付いたと思うのが普通だ。

     リージャの持っている古い書物の山から見付けた情報だが、魔獣はかつて呪術が危険視された時代に悪魔の獣と呼ばれて討伐対象となったらい。そのせいで今一体どれだけの魔獣が生き延びているのかわからないのだ。絶滅している可能性だってある。だからこそリージャはわざわざ封印された魔獣を復活させようと俺に会いに来たのだ。そして俺が呪われなければこの魔獣はひっそりと死んでいたのだから、どの道彼女が魔獣を従える事は難しかっただろう。

     そんな魔獣の目撃情報。間違いでないならばそれこそ生きた情報源だ。この獣穢の解き方だって知っている可能性が高い。今の俺なら飛び出して行ったんだろうが、あの時は魔獣の暴走が頻発していてそれどころでは無かったし、当のリムブルムはリムブルムでクーデターやら政権交代とお祭り騒ぎでじっくり調べ物を出来る状態に無かった。だから、まさかこんな所でそんな話が出てくるとは思いも寄らなかった。騎士団って事はシェゾは本当にお貴族様だったのかよ。

    「魔獣を討つのは皆の弔いだ」

     シェゾがそう言って俺を見る。成程それなら架空生物と思われている魔獣を探す理由も理解出来る。だが、シェゾのその瞳にはどこか翳りがあった。何かが腑に落ちない。何かが足りないように感じられてならないのだ。俺はポツリと質問を返す。

    「よく、魔獣を目の前にして生きて帰れたな」
    「!」
    「参考に、その魔獣の姿を聞きたい。どんな奴だった?」
    「………………」

     すると彼は俺から視線を外し、押し黙って眉間に皺を寄せた。暫く何か考え込むようにしたと思ったら今度は一つ大きく溜息を吐き出したのだ。何かを決意した、そんな風に見て取れる。再度此方に向けられた眼差しは力強いものだった。

    「俺は直接魔獣には会っていない。討伐任務の直前に除隊させたれたからだ」
    「騎士から外されたって事か」
    「騎士とは純粋な貴族がなるもの。出自の分からない孤児が名乗って良いものではないと言われた」
    「ん⁉︎」

     待て。今、シェゾは何つった? え? 孤児って言ったのか。じゃあ何か。シェゾの本当の親は分からないって事かよ。

    「団長のレナルドルフが、病死した姉の子を引き取った体で身寄りのない俺を育ててくれたんだ。俺にとって彼は父親以上に父親で、たった一人の家族だった。だが上層部はそれを許さなかった。そして俺は追放。父は神聖な騎士団に下賎な血を持ち込んだとして責任を問われ、第五騎士団に魔獣の討伐任務が言い渡された。…皆が死んだのは俺のせいだ。
     皆を…俺から大切な父を奪った魔獣が憎い…。そして息子の俺が魔獣を討てば、もう父の名は笑わせずに済む。貴族の面汚しと言わせずに済む。だから俺は、どうしても魔獣を倒さねばならない。
     クロノ。ここまで明かした以上、お前には何が何でもこの討伐に協力してもらう。だから先ずは情報をよこせ。お前と魔獣の関係も洗いざらい吐いてもらう」

     シェゾの眼差しが酷く真剣で、そこには嘘も偽りも存在しない様子だった。

     正直、いきなり自分の身の上を明かしてくれるとは思ってなかった。貴族の隠し子ではなく、貴族に育てられた子供だったってわけだ。一応弔いの為に倒すというのも間違いでは無かったのだろうが、俺が足りないと感じたのは憎悪だ。射抜くような憎しみは弔いには必要ない。敵討ちであり、父親を蔑む者への怒り。それが蒼の剣士シェゾ・クォンティーの動力源だった。

     本当はシェゾ自身、ここまで話すつもりは無かったんだろう。俺が仇である魔獣と関係があるなら利用して殺そうと考えていたんだろうな。だから自分の目的に俺の殺害が含まれるかもしれないと言ったんだ。なのに全部奴返しで腹の中を明かしてきた。相変わらず態度はデカいくせに、どうしてそう素直なのだろう。いや、きっとこいつは自分に足りないものをきちんと理解してるんだろうな。二十歳そこそこのガキが親の名誉を本気で考えてるんだから。
     参ったね。そんな風に打ち明けられたら俺も話さないといけないじゃないか。お互いの協力者なら対等な立場じゃないといけないってのに。これだから若いのは困る。まだ俺が裏切らないって確証もないはずだろうに、どうしてこんな怪しい所だらけの俺を信じる気になったんだろうな。それだけ必死って事なんだろうが、案外そういうのは嫌いじゃないから余計に困る。

    「協力関係を持ち出したのは俺の方だ。貴族の云々は無理だが、敵討ちに関しては出来る限り協力させて貰う。シェゾ、お前の選択は正しいよ。おそらく俺以上に魔獣に詳しい奴は世界に数えるほどしかいないだろう。俺は役に立つぞ」
    「随分な自信だな」
    「当然だ。俺が何年呪術と魔獣について調べてると思ってるんだ。こっちはエキスパートだぞ」
    「だから、魔獣の力も使える。そういう訳か」
    「……………」

     そういう順番で手に入れた力だったら良かったんだろうが、事実はもっと残念だ。さぁ、次は俺が話す番だな。

    「最初に明確にしておくが、俺は魔獣と関係があってもお前の仇との関わりは無い。特にリムブルムの件に関しちゃ完全な外野だ。その点を踏まえた上で俺が魔獣について知っている事とこっちの事情を明かす。その後にお前への要求だ。それで良いな?
    「………良いだろう」

     やや不服といった様子ながら腕組みして了承するシェゾ。確かにこいつからすれば俺から仇の情報が得られるのが一番だっただろう。残念ながら他の魔獣の事なら俺だって知りたいくらいだ。それにシェゾが孤児だって事実もなかなかに痛い真実だったな。世の中そう上手くはいかないものだ。

    「シェゾ。呪術というものについては騎士団で何か習ったか?」
    「いや、魔法以外の力があるらしいとしか聞かされていない。今お前が使っているのが、その呪術とやらなんだろう?」

     シェゾは俺の目の前に置いてある呪術の印書を顎で指す。その様子からどうやら呪いに対して危険視はしていないようだ。リムブルムではこれに関わる記録は消失しているのだろうか? いや、呪術を全く知らないのであれば魔獣を見分けるのは難しいはずだ。リムブルムの上層部はおそらく知っていたからこそ騎士団を派遣したんだろう。

    「呪術というのは昔あった魔術とは異なる術の事だ。この二つは発動原理からして違うので相容れない存在でな。魔法効果を呪術では消し去れないし、その逆で解除魔法では呪術を無効化出来ない。だから呪術師は危険な存在とされ迫害、今や廃れた技術となってしまった訳だ」
    「それが魔獣と何の関わりがある?」
    「大有りだよ。魔獣が使うのは魔法じゃない。呪術、呪いの力だ」
    「!」
    「今でこそ魔獣と呼ばれているが、正しくはディヴァという。呪術師の使い魔だ」
    「ま、待て。では、何も知らされず挑めば…」
    「純粋な戦闘力で圧倒出来なきゃ、例え勝てても無事とは行かないだろうな」

     シェゾは怒りのままに地面を殴り付けた。怒りで肩を振わせるとはまさにこの事だろう。そりゃ腹ただしいだろうさ。こいつの親父は魔獣を追っ払う為だけの捨て駒にされたんだから。無くなっても構わないから“第五”騎士団を選んだんだろう。その上倒せなきゃ無能と叩ける。討伐命令が下った段階で逃げ道なんてなかったんだ。

    「…教えろ…クロノ。魔獣はどうやったら殺せる」
    「……………」

     絞り出すようにそれを言葉にするシェゾ。そしてこいつが出来る事も、もう魔獣を倒す他無いんだろう。国に見捨てられた貴族を持ち上げる方法なんて名声くらいだ。

    「魔獣は普通に倒しても殺せたとは言わない。『獣穢』という呪術を使うからだ。この呪いは魔獣を殺した奴に取り憑いて乗っ取り、体までも魔獣に変えてしまう。そうやって体をすげ替えて永遠に生き続ける。それが魔獣だ。
     ただし、この呪いも万能では無い。そもそも別の生物の体を作り替える術なんて簡単に使える訳がない。呪いの力を纏った完全体の魔獣だけがやっと使える高等技術なんだ。そしてもう一つ。獣穢は誰にでも取り憑ける訳じゃ無い。自分にトドメを刺した相手。それがいない場合のみ、死に立ち合ったものに限定される」
    「つまり、それを逆手に取るって事か」
    「ああ。魔獣を弱らせてから簡単に殺せそうな小動物なんかにトドメを刺させる。若しくは今にも死ぬって状態の魔獣と小動物を一緒にして放置しても良い。魔獣がそいつに取り憑いたら体が変わり切る前に小動物を始末するんだ。この方法なら二度目の獣穢は発動せず魔獣は死ぬ。この手法で魔獣は絶滅危惧種になったんだ」
    「必要なのは魔獣を弱らせる手立てと居場所の情報か…。過去ハンターたちはどうやって魔獣と戦ったんだ?」
    「そこまではまだ俺にも分からない。聖騎士が討伐したっていう文献もあったから正教会には何か手がかりがあるかもしれないが、今や呪術は禁断の術だからな。文献があっても禁書か何かになってる可能性があるし、下手に立ち入ったら俺が討伐されかねない」
    「魔獣の力が使えるからか」
    「正確には、俺が魔獣に取り憑かれてるからだ」
    「…………」

     自傷ぎみな笑みを向けたら、シェゾに睨まれた。だってこれが真実なのだから仕方がない。俺の話を聞きながら頭の良い彼はその可能性に気が付いていたらしい。驚きより苛立ちを露わにされた。そして長い髪を掻き上げながら溜息を吐く。

    「やけに詳しすぎると思ったが…。何がエキスパートだ。ただの被害者だろう。で? お前は後どれくらい人間でいられるんだ?」
    「わからん」
    「わからんってお前な」
    「半年後かもしれんし三年後かもしれん。もしかしたら明日かもしれない。
     本来なら呪われて一年もすれば立派な魔獣になってるらしいが、俺はもうかれこれ十五年近く経ってる」

     予想以上の長い年月にシェゾも一度何かを言いかけて止めた。そして少しばかり思案する様に目線を下げた。

    「……呪いの進行が止まってる、って事か」
    「状況的に見ればそうだろうな。だが何故こんな中途半端な状態のままなのか理由が分からない。分からない以上、いつ魔獣になってもおかしくないって事だ」
    「…本当に面倒な男だ。俺にいつ爆発するか分からない爆弾を抱えろと言うのか。それでも、お前以上の適任などそういない。その知識と力は有用だ。頼むから目的を果たすまでは魔獣になってくれるなよ」
    「はは。まぁ、俺もそうしたいね」
    「!」

     昨日の夜にキスした後に言ったのと同じ了承の言葉を返したら、シェゾは何か言いたげな顔をする。そんな所は本当に年相応の青年だ。そして、こんないつ化物になるか分からないような俺でも良いと言ってくれる柔軟さに少なからず有難さを感じる。例えそれしか方法が無いとしても。

    「そんな訳で、こっちの事情はさっき言った通りだ。獣穢の進行が止まっていようとも、魔獣について知ってる奴にバレたら命を狙われる身の上でね。長年解呪の方法を探している」
    「それで? 俺に何をして欲しい」
    「要望は三つだ。一つはお前自身のルーツを探るのに協力して欲しい」
    「…………前段話したが俺は孤児だぞ」
    「魔獣の古い記憶の中にお前と瓜二つの人物がいたんだ。その人は俺に取り憑いている魔獣と繋がりがある。俺の見立てじゃこの魔獣の飼い主だろう。そんな呪術師なら呪いの解き方だってどこかに残しているかもしれない」
    「その呪術師が俺の先祖だという確証は?」
    「この魔獣はその人物を探す為に俺に取り憑いて命を長らえたんだ。そんな奴が、お前だと言ってる。容姿も匂いも血の味も一緒で、全くの赤の他人なんてそれこそ無いだろ」
    「…………」

     シェゾがまた眉間に皺を寄せて難しい顔をする。自分じゃ切り捨てたであろう実の親、若しくは家族を調べなくてはならないのだから心中複雑かもしれない。しかし彼自身呪術の事も魔獣の事も何も詳しい事は知らなかったのだから調べるしかないのだ。確かに俺もキスした段階では他人の空似の線も考えていた。仏教には輪廻転生なんて考えがあるし、生まれ変わりは漫画のネタにしちゃあ割とポピュラーだ。だが舐めた血の味も含めて、魔獣はシェゾが会いたかった人物であると勘違いしている。ここまで来たら血族以外の選択肢がない。

    「まぁ良い。他二つはなんだ?」
    「もう一つは暴走した俺を止めて欲しい」
    「‼︎ 俺に毎度あんなのの相手をしろと言うのか⁉︎」
    「見たと思うが黒い呪いが体中に巻き付いてる時は俺にも自分を制御出来ない。ああなると人の形をしてるだけの魔獣になっちまうんだ」
    「だから…」
    「だから頼むんだ。コイツはお前の事を昔の飼い主だと勘違いしている。またお前に何かあれば暴れ出すぞ。冒険者に討伐依頼を出されて困るのは、今は俺だけじゃないはずだ」
    「っ………卑怯だぞ」

     忌々しげに吐き出すシェゾ。卑怯でもなんでも良いさ。こっちはお前頼りなんだからどう言われても構わない。恋愛感情だかなんだか知らんが、それでも魔獣を手懐けられるなら利用しない手は無い。でも俺だって鬼じゃないさ。

    「別に力比べでのして欲しい訳じゃない」

     言って荷物の中から一つ袋を取り出す。そして袋の口を緩ませるとひっくり返して彼の前に中身を出した。すると両手がベルトで止めてある革製リストバンドがボトリが転がったのだ。

    「これは?」
    「対俺専用の拘束具」
    「こんな物がか?」
    「普通の奴にはただのベルト付きリストバンドだがな。中にはきっちり呪法を仕込んでもらってる。通常時の俺ならまともに力なんて入れられなくなるくらい強力なんだ。俺が暴走しそうになったらこれで足止めして、後はどこでも良い。俺に触っててくれ」
    「……冗談だろ」
    「魔獣はお前の事を昔の奴と勘違いしてるって言ったろ? 触れてるだけで嘘みたいに大人しなるんだ。昨日だって抱きついてからは何もしなかっただろ?」
    「つまりお前は、このバンドを首輪替わりに魔獣の手綱を取れと言うのか」
    「そういう事だ。もし上手く行かなくても、それがあればお前の身の安全は確保出来る」
    「…………」
    「こっちだって妄りに協力者を怪我させたくないんだ」

     重々しく溜息を吐くと、シェゾはバンドを拾い上げた。

    「取り敢えずこれは貰っておく。ただし、暴走の件に関しては無理だと感じたら引かせてもらうからな」
    「それで良いよ」

     にっこり答えるとシェゾはまた睨んでくる。

    「とんでもない駄犬を引き当てたな…。この調子では最後の要望も思いやられる」
    「まぁ、こっちはお前にしか頼めない事しか言ってないからなぁ」
    「俺が手を組むと言わなかったらどうするつもりだったんだ。…いや、言っても仕方ない。さっさと次を言え」

     相変わらずシェゾの頭の良さと切り替えの早さは感心する。彼が仕方ないと言った通り、ここでの交渉が上手くいかなくても魔獣を倒そうとしている以上、必ずどこかで俺のアドバイスを聞く必要が出て来るのだ。従ってこの三つの要望は遅かれ早かれ彼に飲んで貰うつもりだったのだから。

    「じゃあこれが最後だ。見た目に限らず、お前から見て俺がもう人間じゃないと判断したら俺を殺してくれ」
    「………それは俺が判断して良いんだな?」
    「ああ、お前基準で判断してくれ。獣穢の進行が止まっているってのはあくまでも現状の俺が人間だからってだけの話だ。少しずつ、ゆっくり魔獣に変化して行っているのだとしたら、それはもう俺には気が付けない」
    「…自覚症状がないのか」
    「というより、この十五年近くでかなり魔獣と混じっちまってるんだ。普段の身体能力や呪術の発動能力。呪われてから老けない体。お前を見付ける為に利用した魔獣の記憶だって状況判断で魔獣のものだと理解してるだけで、俺には人の記憶との区別が出来なくなって来てる。なんでこんなになってんのにまだ自分を野寺九郎だと、人間だと自覚できているのか不思議でならない。ならいっそ体のどっかが分かりやすく変わってくれたら諦めもつくのに、それさえ出来ないでいる」
    「意識が魔獣と混じれば、変化する事が逆に当たり前になる、か」
    「ああ。だから俺を客観的に判断して殺してくれる奴が必要なんだ。獣穢が使えるようになったら手遅れだ」

     シェゾは考え込むように一度押し黙る。そして手に握ったバンドを指先でトントンと叩くと質問を投げかけてきた。

    「お前を殺す役に俺を選んだ理由はなんだ? 他にもお前の秘密を知る者はいるんだろう」
    「いるにはいるが、あいつはきっと俺がどんな姿になっても殺してはくれないだろう。口じゃなんだかんだ言っても優しい子だ。それにそのバンドを作ってもらって以降、俺からこういう話を聞きたくないようで避けれれてる。
     その点お前なら大丈夫そうだ。初めから俺を殺すつもりだったしな。それからもう一つの理由は、お前なら最悪仇を倒せなくても俺の死体を国に持ち帰る事だって出来る。どの魔獣がどいつかなんて一般の奴には分からない。俺を件の魔獣って事にすりゃ丸く収まるだろう。どうせ死ぬなら役に立ってやるのも悪くない。そう思った」
    「………成程」

     俺の中の魔獣を使い魔にすると言ったリージャだったが、結果を言ってしまえば無理なのだ。半端に呪われた獣憑きの俺では使い魔にする主従契約が結べないし、彼女には悪いが俺自身魔獣になるつもりはない。そしてリージャも俺の望みを知っている。例え解呪の方法が見付かったとしても魔獣は体を失う事になるので、解呪=魔獣の死を意味する。だからどうなったとしてもこの魔獣を使い魔には出来ない。

     俺が死ぬのは嫌だ。でも閉じ込めて飼い殺しにするのも違う。きっとそう考えているから彼女は俺と会おうとはしないのだろう。確かに彼女と出会ってから親密度は上がった。しかし、俺もあの子もお互い『可愛い姪っ子とお気に入りのおじさん』という距離に至ってしまったのだ。それが分かるからリージャには俺を殺してくれとは頼めないんだ。

     だから俺は自分を殺してくれる奴を探していた。まさか見付けた相手が魔獣の探し人と同じだったのは正直予想外だったが、そこは逆に説明する手間が省けたと考えておこうと思う。

    「クロノ。お前は本当に面倒事の権化のような男だ。ここまで俺に押し付けておいて肝心な時に役に立たないなど許さんからな。俺に声をかけた事を後悔するほど使い潰してやる」
    「ははは。そりゃ怖いな。でも俺もこき使われるのは慣れてるんでね。根を上げさせるのは難しいと思うぞ」

     シェゾから見れば俺はああ言えばこう言うみたいな男だと思われているんだろうな。俺だって好き好んでこの剣士を口説いたんじゃない。魔獣の事さえ無ければきっと関わる事も無かっただろう。貴族の教えだかなんだか分からんが、どうでも良いと思えば口も効かない上、喋れば尊大な態度。それでも、悪い奴じゃないのは分かった。魔獣から来るいらん感覚さえ無かったらもっと別の関係になれたかもしれない。そう思えた。

    「ではクロノ。腕を出せ」
    「? なんかあったか?」
    「バンドの威力を確かめる」
    「⁉︎」

     素直に腕を出したものの、彼の言葉と共に目に入った拘束具に慌てて腕を引っ込める。

    「何故逃げる?」
    「いや普通逃げるだろ。拘束具だぞ⁉︎」
    「こっちは“魔獣もどき”の相手をさせられるんだ。いざ使えないじゃ済まされないからな」

     シェゾは言いながら尚も俺の腕を取ろうと手を伸ばす。俺は俺でその手を振り払いつつ静止する。突如始まったこの謎の攻防。案外素早いシェゾは半ばムキになってきていたし、よって俺もやや焦って動く。何度か防いだ後、彼の手首を捕まえた事でやっと動きが止まった。しかしシェゾは諦めない。彼の手には力が入ったままだ。

    「放せ。クロノ」
    「効果は確かだから安心しろ! こっちは過去試してんだよ。片手でも嵌められようものなら自力で外せない。俺はソレに触ってんのも嫌なんだ。勘弁してくれ」
    「納得出来ん。試させろ。その馬鹿力では『飼い犬に手を噛まれる』が洒落にならんからな」
    「お前なら大丈夫だから安心しろ」
    「安心出来んから言っているんだっ」
    「だから大丈夫なんだって」
    「何が大丈夫かちっとも分からん!」
    「つまりだな!」

     いい加減鬱陶しくなってその手首をグイッと押して地面に押し付ける。するとシェゾは引っ張られた腕に釣られて横に倒れた。

    「この魔獣はお前に惚れてる。大切にしたくて仕方ねーんだよ」
    「は?」

     シェゾの顔が予想もしていない解答に素っ頓狂に歪む。

     そしてこの時、俺は気が付いて無かった。最後に残った音喰いの呪術印書の切れ端までもが、とうとう崩れて細かく霧散した事に。

    「頭でも沸いたか?」
    「こんなしょうもない冗談言わねーし、そうじゃな無かったら出会い頭のお前にキスなんてしなかった。割りと本気でお前が好きなんだよ。冗談であって欲しいのは俺の方だ。だから、そんなに心配するなよ」
    「………それで、キスの次は俺を押し倒してどうする気なんだ?」

     言われて気が付いた。シェゾの乱れた長い髪は地にバラけ、綺麗な冷えた青色の瞳が俺を見上げている。テント内の薄暗い明かりの中では彼のなだらかな肌の陰影だけが浮かび上がり、息をする度に胸が上下しているのが分かる。確かに今の俺は、シェゾを無理やり押し倒した図になっていた。

     慌てて手を放して彼の上から退ける。

    「な…何もする訳ないだろっ。流れでこうなっただけだ」

     体を起こしたシェゾは、気不味そうにする俺を見て楽しげに唇を歪めた。綺麗な唇が弧を描く。そして近付いて来たと思ったら耳打ち側でこう言ってきたのだ。

    「さっきの告白は、テントの外に聞こえてしまったな」

     ここで漸く呪術が切れている事を理解した俺は内心チクショウと悪態をついた。シェゾは気が付いていて俺にそのまま喋らせていやがったんだ。これじゃあ外の奴には俺がシェゾに告白したように聞こえるじゃないか。そしてその本人はクスクスと笑ってやがる。

    「いい顔だ、クロノ。少々気が晴れたので今日はこれで終わりにしてやる。これの実験は次の楽しみに取っておく」

     リストバンドを見せつけながらそう言うと、シェゾはテントから出て行ってしまった。

     何が悪い奴じゃないだ。前言撤回。あいつは人を揶揄って楽しむ嫌な奴だぞ。さっきのシェゾ、まるで鬼の首を取ったとでも言わんばかりに嬉しそうにしてやがった。本当にとんでもない。

     そして、魔獣に触れられるなら殴ってやりたい気持ちでいっぱいだ。左手で口を覆う。

     さっきあいつを押し倒した時、横たわるシェゾを見て俺は…。あいつの唇の感触を思い出してしまっていた。不覚にも…俺は男のシェゾを色っぽいと、そういう目で見ている自分に気が付いてしまったのだ。

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💕
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works