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    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

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    たぶん長編になる曦澄その4
    兄上、川に浸けられる

    #曦澄

     蓮花塢の夏は暑い。
     じりじりと照りつける日の下を馬で行きながら、藍曦臣は額に浮かんだ汗を拭った。抹額がしっとりと湿っている。
     前を行く江澄はしっかりと背筋を伸ばし、こちらを振り返る顔に暑さの影はない。
    「大丈夫か、藍曦臣」
    「ええ、大丈夫です」
    「こまめに水を飲めよ」
    「はい」
     一行は太陽がまだ西の空にあるうちに件の町に到着した。まずは江家の宿へと入る。
     江澄が師弟たちを労っている間、藍曦臣は冷茶で涼んだ。
     さすが江家の師弟は暑さに慣れており、誰一人として藍曦臣のようにぐったりとしている者はいない。
     その後、師弟を五人供にして、徒歩で川へと向かう。
     藍曦臣は古琴を背負って歩く。
     また、暑い。
     町を外れて西に少し行ったあたりで一行は足を止めた。
    「この辺りだ」
     藍曦臣は川を見た。たしかに川面を覆うように邪祟の気配が残る。しかし、流れは穏やかで異変は見られない。
    「藍宗主、頼みます」
    「分かりました」
     藍曦臣は川縁に座り、古琴を膝の上に置く。
     川に沿って、風が吹き抜けていく。
     一艘目の船頭は陳雨滴と言った。これは呼びかけても反応がなかった。二艘目の船頭も返答はなかったが、急に川面が波立った。
    「なんだこれは」
     藍曦臣を庇うように江澄が隣に立つ。その手には三毒がある。
     藍曦臣は琴線から手を離した。
    「これ以上はなりません。阻まれています」
    「無理はするな」
    「最後の方のお名前を」
    「于操速だ」
     江晩吟は鋭く答えた。川面の波立ちはおさまらない。
     藍曦臣は尋ねた。
     ビィン、と音が返る。
     どうして死んだ、水に飲まれた、何か見たか、何も見ない、何か聞いたか、歌を聞いた。
     シャン、と鈴の音がした。
     町の方から、続けて太鼓の音も届く。
    「妓楼だ」
     誰かがつぶやいた。
     振り返れば楼閣に明かりがともっていた。次第に楽の音も大きくなる。
     藍曦臣は遠ざかる気配に急いで弦を弾いた。
     ——妓楼の楽か?
     ——違う。
    「藍曦臣!」
     我に返った途端、水しぶきを顔に浴びた。
     江澄が頭から水濡れで仁王立ちになっている。どうやら突如起こった大波から藍曦臣をかばったようだった。
    「はっ、どうやら我らの邪魔をしたいらしい」
     江澄は笑って川面をにらみつけた。しかし、それからは波立つこともなく、川は西陽に赤く染まる。
    「江宗主、戻りましょう。整理したいことがあります」
    「わかった」
     藍曦臣は古琴を丁寧に布で包み、再び背に負う。ふら、と足元がもたつく。
     夕刻になってもまだ暑い。
     水を浴びたというのにまだ暑い。
    「藍宗主、琴を預かろう」
    「いえ、これは私が」
     息苦しさが胸を押す。藍曦臣は胸元を握りしめた。
    「は、晩吟」
    「藍曦臣? どうした!」
     差し出された腕にすがるようにして、藍曦臣はひざをついた。
     暑い。
    「おい! 琴をおろせ!」
    「暑くて」
    「わかっている! 誰か! 荷物を持て!」
     藍曦臣はすでに腕さえ持ち上げることができなくなっていた。江家の師弟が古琴を取り上げてくれて、背が軽くなる。
     意識を保っていられたのは、そこまでだった。
     
     
     
     藍曦臣が目を覚ましたのは、宿の牀榻の中だった。額に濡れた手巾が置かれている。抹額はきちんと絞められたままだ。
     藍曦臣はすぐに牀榻の傍に江澄がいることに気がついた。彼は椅子に腰掛け、片手に団扇を持ったまま、うつらうつらしているようだ。
     室内の明かりはつけられたままだが、周囲から物音はしない。町の音も聞こえない。
     亥の刻どころか、もしかすると子の刻も過ぎているのかもしれない。
    「晩吟」
     藍曦臣はごくごく小さな声で呼んだ。掛布の下から手を伸ばして、彼のひざをちょんとつつく。
    「ん……」
     江澄は眉間にしわを寄せて、手を払った。その拍子に団扇が床に落ちる。
    「起きたのか」
     低い、とてつもなく機嫌の悪そうな声だった。
    「ええ、すみません。今、目覚めたところです」
    「暑くないか」
     江澄が身を乗り出して、手巾を取り上げ、額に手のひらを乗せる。
     藍曦臣は目を細めた。
     異様に鼓動が速くなる。
    「熱はもうなさそうだが」
    「はい、暑くはありません。その、私はどうしたのでしょう」
    「熱病だ。雲夢の暑さに慣れない者がかかることがある」
     江澄はすぐ横の小机に手を伸ばし、水差しから茶碗に水を注いだ。
    「飲んだほうがいい」
    「ありがとうございます」
     藍曦臣は体を起こし、ふと自分の有様に気がついた。下衣だけになっている。
    「すまん、あなたを川に浸けたから、着替えさせた」
    「川に浸けた……?」
    「熱病はとにかく体を冷やさないと手遅れになる。手っ取り早く冷やすのに少々手荒な真似をした。着替えは朝には用意できるはずだ」
     藍曦臣は礼を言って茶碗を受け取った。だが、妙に顔が熱い。どうやら己は恥ずかしいらしいと思い至って驚いた。
     江澄に下衣姿を見られたからといって、三十歳を超えた身で恥ずかしがることはないだろう。頭の中で打ち消すが、増して頬が熱くなる。
    「ご迷惑をおかけしました」
    「ああ、まったくな。あなたは技量に衰えはないようだが、体力は確実に落ちているだろう」
    「そうですね」
    「まずは寝ろ。それから食え。でないと、水妖狩りには連れていかん」
     水差しを向けられて、茶碗に追加を注がれた。藍曦臣が水を飲み干すと、さらにもう一杯と注がれる。
    「熱病で水が不足しているからな」
     江澄は藍曦臣が三杯飲み干したところで、やっと水差しを小机に戻した。
     藍曦臣はその横顔を見つめた。
     口調は厳しいが優しい。元々、情に熱い、まっすぐな人だ。少年のときから変わっていない。
    「どうかしたか?」
     藍曦臣の視線に気づき、江澄がのぞきこんでくる。
     思わず手が浮いた。慌てて茶碗を差し出して誤魔化したはいいが、鼓動が高鳴っておさまらない。
    「私は続きの間で休む。なにかあったら呼んでくれ」
    「ありがとうございます」
     横になっても、明かりが落とされても、心臓はせわしなく動き続け、落ち着きを取り戻す気配がない。
     おまけに目を閉じると、江澄の顔ばかり思い出されて、顔が熱くなる。
     藍曦臣はため息をついた。
     いったいなんだというのだろうか。
     暗闇の中、続きの間とを隔てる衝立を見る。
    (あの向こうで)
     江澄が眠っている。
     藍曦臣は己の手を伸ばし、手の甲をながめた。
     触れたいと思った。こちらの様子を気遣う人の、その頬に。
     離れ難いと思う。彼のそばから。そのためには言いつけ通りによく寝て、よく食べようと決意するほどに。
     考えれば考えるほど、混乱を深めた。
     藍曦臣は諦めて、もう一度まぶたを落とす。
     やはり見えたのは江澄の、横顔だった。
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    月はまだ出ない夜
     一度、二度、三度と、触れ合うたびに口付けは深くなった。
     江澄は藍曦臣の衣の背を握りしめた。
     差し込まれた舌に、自分の舌をからませる。
     いつも翻弄されてばかりだが、今日はそれでは足りない。自然に体が動いていた。
     藍曦臣の腕に力がこもる。
     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
     全身で壁に押し付けられて動けない。
    「ら、藍渙」
    「江澄、あなたに触れたい」
     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
     江澄が身をすくませても、衣を引っ張っても、彼はやめようとはしない。
     そのうちに舌は首筋を下りて、鎖骨に至る。
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    1437

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     今も、江澄がただ水を取りに行っただけで、早く戻れと追い立てられた。
    「とりあえず、水を」
     藍曦臣の手が江澄の腕をつかんだ。なにごとかと振り返ると、藍曦臣は涙を浮かべていた。
    「ど、どうした」
    「怪我はありませんでしたか」
    「見ての通りだ。もう左腕も痛みはない」
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     いつかの夜も、藍曦臣が隣にいてくれればいいのに、と思った。せっかく同じ部屋に泊まっているのに、今晩も同じことを思う。
     けれど彼を拒否した身で、一緒に寝てくれと願うことはできなかった。
     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
     行儀は悪いが誰かが見ているわけではない。
     牀榻の支柱に頭を預けて耳をすませば、藍曦臣の気配を感じ取れた。
     明日別れれば、清談会が終わるまで会うことは叶わないだろう。藍宗主は多忙を極めるだろうし、そこまでとはいかずとも江宗主としての自分も、常よりは忙しくなる。
     江澄は己の肩を両手で抱きしめた。
     夏の夜だ。寒いわけではない。
     藍渙、と声を出さずに呼ぶ。抱きしめられた感触を思い出す。 3050

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