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    巨大な石の顔

    2022.6.1 Pixivから移転しました。魔道祖師の同人作品をあげていきます。

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    巨大な石の顔

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    サンサーラシリーズ第一章。毒に倒れた江澄の看病をする兄上のお話。

    #魔道祖師
    GrandmasterOfDemonicCultivation
    #藍曦臣
    lanXichen
    #江澄
    lakeshore
    #曦澄

    天人五衰(五) 魏無羨たちが嵐のように来て帰った翌朝。ようやく江宗主の意識は戻ったが、四肢のしびれがとれず体を自由に動かせないのでしばらく金麟台へ滞在することになった。
     当分は主管が雲夢江氏の執務を遂行するが、やはり宗主の判断や決定が必要なことなどはここまで来て江宗主と相談することになった。
    江宗主が毒霧に倒れた事件により、その正体が金家の子弟にも知れ渡りつつある絵師はどうしたかというと、彼もやはり金麟台へ残った。
    彼の身を案じるとともにそばから離れたくないという気持ちがあったからだ。
    表向きは、『子弟の夜狩りを遠くから見守っていた藍宗主が、怪我をした姑蘇藍氏の子弟を助け毒霧を浴びてしまった江宗主にその恩を返すため彼の看病に金麟台へ残った』ということとした。事実にウソを混ぜ込むと事実は際立つのだ。
    余談だが、知らせを受けた藍啓仁は血を吐くどころか二年間寒室へ閉じこもっていた甥がようやく外に出てくれたことをむせび泣いたという。
    最初から持ってきていた行李には校服と抹額を入れていた。朔月と裂氷は先日忘機から渡された。まさかこの場所で藍宗主に戻ることになると藍曦臣は思ってもいなかったが、もうこの金麟台で絵師としてその身を偽ることはできなかった。
     宿を出て金麟台に用意された客坊で、藍宗主は鎖骨まで伸びていた髭も剃り、櫛で丹念に長い髪をすき、額に抹額を結んだ。そして久しぶりに白と青を基調とした姑蘇藍氏の校服へ袖を通した。
    「それでどうしてあなたがこんなことをするんだ?」
     お粥が入ったレンゲを藍宗主に差し出されて、江宗主は眉間に皺を寄せていた。
    「うちの子弟をあなたは身を挺してかばってくださったのですから、宗主の私がお礼をしませんと」
    「だが毒霧を吸った俺をあなたが知恵をだして助けてくれたんじゃないか。それでこの件は手打ちでいいのでは――」
    「はいあーん」
     つべこべ言う病人の口の前にレンゲを持っていき遮った。
    江宗主は、レンゲと藍宗主を見比べた後、あきらめたように首を振って口を開けた。反論しても無駄だと悟ったのだろう。
    どうして藍曦臣がこんなことをしているかというと、今回の滞在で陰ながらお世話になったから彼の身の回りの面倒をみたいと金凌に申し出たのである。もちろん江晩吟が妖狐の毒から回復して元気になるまで彼のそばにいたいというのが本音だった。
    「え、まさか着替えや下の世話まで? そんなこと沢蕪君にされたら叔父上恥ずかしくて憤死しちゃうと思いますよ!?」
     それぐらいする気は満々だったが「あなたは叔父上を殺す気ですか」と金凌は本気で怒ってきたので、金麟台から追い出されてはまずいと思いしぶしぶではあるが引き下がった。
     この滞在でしめしてくれた江宗主のご厚意にぜひ何か礼をしたいのだ、と心を込めて金凌に伝えると、少年は叔父のように眉間に皺を寄せて少しうつむいたあとぽんと手を叩いた。何かを閃いたらしい。
    「きっと叔父上は、沢蕪君が一緒にしっかり食事を取ってくれたら嬉しいと思います!」と彼は得意満面に言った。
     この子も考えるようになったなと未だ頬のこけた藍曦臣は苦笑いした。
     そして江晩吟の食事の介助を金宗主からまかされ、藍曦臣は彼の部屋で食事を取るようになった。金凌も彼の気が向いたときにたまに一緒に食べている。
     相変わらず食欲はそうわかない。藍曦臣はもともとそう食べないというのもあるが、江晩吟のうかがうような視線の手前、出された食事の五分の一ぐらいの量を食べるようにした。自分の食事を終えてから彼の世話をする。まるでお互いに面倒をみあっているようで藍曦臣はおかしく感じた。

     その日昼餉が終わった後、金凌が先だっての夜狩りに関する報告にやってきた。
     森に広がっていた毒はもう消え去っていたそうだ。江晩吟が討ち取った九尾の狐の亡骸を検分したら子を産んだことのある雌だったらしく、身体が小さくて子狐だと思っていたそれが母狐だったかもしれないという。つまりまだ夜狩りに慣れていない若い子弟たちだけで仕留める獲物ではなかったのだ。
     金凌たちは九尾の狐が邪祟にならないように丁重に供養を施したと言った。次からは若手から目を離さないと彼は叔父にかたく誓った。
     金凌が報告を終えてさがったあと、藍曦臣は年若い宗主を彼の叔父に向かってほめた。
    「金凌は宗主として立派になりましたね。町も活気がありますし金麟台も金家も安泰だ」
    「だといいがな」
     口ではそういうが、彼も甥の成長を感じたのか血色のよくなった口元に笑みをたたえていた。
    「そういえばお宅の子弟は無事なのか」
     江澄は彼が助けた少年について藍宗主に尋ねた。藍曦臣は頷いた。
    「無事に目が覚めて、傷も回復しております。数日後には姑蘇へ帰れるでしょう。江宗主、うちの門弟を助けてくださってまことにありがとうございました」
     藍曦臣は椅子から立ち上がって拱手し、改めて江宗主に礼を述べた。
     彼はふっと皮肉気に笑ったあと安心したように白い瞼を伏せた。
     結果としてこの人はどうにか無事息を吹き返してくれたが、一歩間違えればこの瞼が二度と開けられることはなかった。
    「ですが、どうしてうちの門弟をわざわざ拾い上げて下さったのですか。あの状況ではあなたは彼を捨て置いても致し方ありませんでしたよ」
     深手を負って気絶していた少年は姑蘇藍氏の門弟で、金凌のように血縁でもないのだ。
     なぜ大世家の宗主ともあろう人が、自分の命を危険にさらしてまで縁もゆかりもない他所の門弟を生かそうとしたのか藍曦臣にはわからなかった。
     この人があんな形で亡くなれば金凌も取り返しのつかない傷を心に負っただろうに――そしておそらく藍曦臣も。
     あくまで感情を見せることなく淡々と問いかけた藍宗主に、江宗主は眉をきりりと跳ね上げた。身体が自由に動かせたら彼は今にも紫電をふるってきそうだった。
    「子弟を助けてくれた礼をしたいと言っておいてあなたはもしや俺を責めているのか?」
    「責めてはいませんが、宗主という立場からすればあの状況下では動けない門弟を捨て置いても間違いではなかったとお伝えしたいのです」
    「ふん、長らく閉関していた藍宗主殿から諭されるなど俺も落ちたもんだな」
     江宗主は冷笑した。そう言われると返す言葉もない。だが同じことを繰り返さないでほしいと藍曦臣は思った。そうでなければ藍曦臣は江晩吟を喪った悲しみのあまり激昂して彼がその命と引き換えに救った人々をその手にかけかねないと思った。
     この想い人のこととなると、我ながらぞっとするような冷え冷えとした深い闇に藍曦臣は囚われてしまう。身勝手で理不尽で残酷な夜叉になってしまう。彼が剣で貫いてしまった義弟のように。
     しばし肌がひりりとするような沈黙が流れた後、ひとつため息を吐いて江宗主は藍曦臣を見上げた。
    「あなたは白蓮蓮のことはわかるな?」
    「はい、とても有望そうな子ですね」
     藍宗主の護衛を命じられていた雲夢江氏の若い門弟は、今は蓮の花のしずくを蓮花塢から江宗主の元へ毎日届けている。
     それというのも金凌が蘭陵中の花を買い占めようとして「金宗主ならまだしもなぜ雲夢江氏の宗主のために商売道具を差し出さねばならないんだ。一か所に買い占められたら他の客が困る」と農家に大反発されてしまったのである。
    金麟台に植わっている金星雪浪はじめ牡丹という牡丹の頭はもうなくなった。天人の悟りの証ともされる富貴の花はすべて刈り取られ、ぎざぎざの葉が初夏の湿気をはらんだ風にそよいでいる。
     こうして花のしずくは蓮の花が咲き誇る蓮花塢から調達されることになった。いくら若いからといえども蓮花塢と金麟台を毎日往復するというのは並大抵の体力や霊力でできることではない。それでも若い子弟は大人しそうな見かけによらず『師父、師父!今日も蓮蓮がお届けに上がりましたよ』とやんちゃな子犬のようにいつも元気いっぱいに師匠に話しかけて花のしずくをさしだす。もちろん彼に飲ませるのは藍曦臣の役目だ。
    「やはりあなたもそう思うか」
     江晩吟は珍しく相好を崩した。この人は彼本人よりも金凌や弟子のことをほめられると素直に嬉しいようだ。
    「五年前に流行った疫病を覚えているか? 金光瑶が鎮圧した肺病だ。あいつの唯一の善行と言ってもいい。あのとき雲夢江氏領内で最初に命を落としたのはうちの門弟でな。うちが温狗に焼き落されたとき生き残ってくれた数少ない一人だった。小蓮(シャオリェン)はそいつの娘だ。嫁は亭主が死んだあと料理屋を営んであいつともう一人の娘を育てた。俺は二人とも赤ん坊のころから知っているから食事がてらたまに様子を見に行っていた。小蓮は会えば父親みたいな仙師になりたいと俺にせがんできたが女児だからどうしたものかと思っていた」
     女性の修士も少なからずいるが江晩吟の母親もその姉も殺されて亡くなっている。父親が雲夢江氏の門弟であっても若い娘に積極的にすすめたいと思えないのだろう。
     だが気が変わって、二年前江晩吟は彼女を門弟に迎えることにした。母親の料理屋を手伝いまた自ら小さな商いをして貯めた金でとんでもないデタラメが書かれた仙術本を買って読んでいたからだという。
    「小蓮はうちに入門するなり、砂が水を吸うように仙術の知識も雲夢江氏の武芸も会得して仙師としての才能をあっという間に開花させた。このたった二年の間に結丹して六芸を一通りおさめた。おそらくまだまだ伸びる。正直なところ、剣術や弓術も金凌よりも筋がいいかもしれん。身びいきと思われるのは癪だが、咄嗟の機転の利きようもお宅の小双璧に負けまい。あの子を導いていくうちに、あいつを可愛がっていた父の気持ちが少しわかったよ。宗主にとってどの弟子も我が子に等しいが、ひときわ能力の高い弟子が『師父、師父』と自分に懐いてくれていたらやはり悪い気はしないな」
     江晩吟はふっと笑った。自らを貶めているわけはなく遠い過去を懐かしんでいるようだった。
     あいつというのは言われなくても誰のことか藍曦臣には分かった。
     先代の江楓眠が実の息子よりも彼に目をかけ可愛がっているという噂は当時姑蘇の山奥にいる彼でさえ耳にしていた。人の口にのぼるくらい、赤の他人の子が血のつながった自身より実の親に可愛がられるのは居たたまれないだろう。あまりにも能力がかけ離れているならあきらめもつきやすいが、魏無羨が事件を起こして帰ったあと彼は座学で非常に成績が良かった。忘機といつも首席を争っていた。
    「あなたもそうだと思うが、宗主という立場に立って初めて見えてきた景色があった。もし実の子と他人の子、もし他人の子の方がより優秀で信のおける人間なら、雲夢存続のため俺も他人の子を後継に指名するだろう」
     宗主が無能または能力不足あるいは人から信用されない人物ならば、仙府や周囲の町は焼かれ一族郎党皆殺しになるおそれが高まる。守る命や生活のために上に立つ者はときには厳しい選択をせねばならない。血のつながった肉親に対してであっても。
    「それでも頭では理解しても心は長いこと受け入れづらかった。まあ俺はやはり器の小さい狭量な人間なのさ。だが、だがあの日――」
     そこで言葉を切り、江晩吟は藍曦臣をじっと見つめた。何かを言いかけようとして一度唇を固く閉じるとまた口を開いた。
    「かつてのあいつのように、とびぬけて才のある弟子が俺の元へやってきた。そしてその弟子は俺に全幅の信頼を寄せてくれた。こんなひねくれた俺を今では実の父親のように慕ってくれている。金凌のときのようにあいつの成長が心から楽しみになって、そこでようやく赤の他人に雲夢の未来を託してもいいだろうと俺は心から思えるようになったんだ」
     これ以上ないくらい穏やかな声で彼は言った。いつもの毒気はみじんもなかった。それから重要な仕事も主管や他の子弟たちの各々の判断に委ねるようになったという。
     金光瑶の助力により復興を成し遂げた雲深不知処とちがい、江晩吟は苛烈な働きぶりで蓮花塢の復興を短期間で成し遂げたことで有名だ。それは裏返せば彼一人の判断ですべてのことをすすめ誰の手にも頼ってこなかったということだ。
    「主管以下門弟たちが馬車馬のようにしゃかりきに働いてくれているおかげで、俺がこんなあり様になっても雲夢のことをそう心配せずに療養に専念できる」
     彼は皮肉げにぼやいた。だがどこか満足そうだ。
     自らの金丹が魏無羨から渡されたものだと彼から打ち明けられなかったことに泣きじゃくっていた彼はもういない。少年時代の魏無羨のように優れた弟子を得て心から慕ってもらうことで、どうあっても取り返しのつかない辛い事実から吹っ切れたようだった。
     あの娘のおかげでこの負けず嫌いの彼はこんな表情を浮かべるようになったのかと思うと、ずきりとやはり胸がきしむ。愚かなことにあんな子供にさえ心を波立たされている。
     そんな藍曦臣の心のうちなど当然知らない江晩吟は、慈しむような表情を浮かべて彼を見上げてきた。
    「あのとき、お宅の子弟はまだ息をしていた。虫の息だったがあなたにしろ藍啓仁先生にしろ、大人の誰かが俺みたいにこの子に姑蘇藍氏の未来を託しているかもしれない。そう思ったら自然と体が動いていたのさ」
     吹きすさぶ風にも揺れない大木のように今の彼は包容力に満ちていた。まるで悟りを開いた如来のようだ。この人の目もくらむようなまばゆい生気はこの心根から放たれていると藍曦臣は悟った。
     ああこの人はもはや過去にとらわれず未来をみている。
     江晩吟に「なぜ見捨てなかった」と問うた自身を藍曦臣は心底恥じた。魔物でさえ一族の未来を守ろうとしたのに。
     姑蘇藍氏の当主は床に両肘をついて額づいた。江晩吟の気高さにその場にひれ伏さずにはいられなかった。
    「おい突然何をするんだ?」と焦った声が頭の後ろへ落ちてくる。
     手厚く祀れば子孫を守り導くとされる先祖の位牌の前以外で、藍曦臣は誰かの前でこんな風に額づいたことはなかった。生まれついてから大世家の宗主の座が約束されていた彼は叔父や長老方にさえも恭しく礼を以て接され、先日の金凌のように助けを求める人々からひれ伏されてばかりだった。
    「江宗主、さきほどの非礼どうかご容赦ください。あなたは姑蘇の未来を、命を賭して守ってくださったというのに私は何と無礼で浅はかなことを申し上げてしまったのか」
     頭を伏せたまま藍曦臣は江宗主に心から詫びた。今すぐにも戒鞭を背中に打たれたいような気分だった。戒鞭に一度も打たれたことなど彼はないにもかかわらず。
     江澄は困惑しきっていた。大世家の宗主を額づかせるほど自分は不快な表情を浮かべていたのだろうか。
    「おい! そんな仰々しいことはやめろ。藍宗主、どうか立ってくれ。おそらく同じ状況に陥ったらあなただって俺と同じことをしただろうよ。なにせあなたは沢蕪君なんだから」
     それはどうだろうか。子弟の命と自分の命ならもしかしたらそうかもしれない。けれど愛する江晩吟の命ならまちがいなく彼の命を優先するだろう。彼がこの世からいなくなるのはきっと耐えられないから。藍曦臣はとどのつまり彼を愛する己のことばかり考えている。
     この瞬間から、藍曦臣は彼と世間を欺いてまで自分の欲を優先して生き抜いてきた金光瑶を心の中でもう咎めることはできなくなった。
    「なぜ」
     彼の信頼を裏切った金光瑶への問いの答えを彼はとうとう自分で見つけた。それはとても簡単なことで、生きるためだ。このとき、義弟に欺かれ裏切られた苦しみから彼はようやく解放された。
     そして、ふたたび絶望する。
     やはりこんな身勝手な同性の私をこんなにも心根の素晴らしい彼が愛してくれるはずがない、と。

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