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    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

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    takami180

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    恋綴3-13
    まったく曦澄してません。

    #曦澄

     雲深不知処の山門には藍家の師弟が二人立っていた。
     江澄が白梅を連れていくと、その二人は慌てふためきつつも、家規に順じて藍家宗主を呼びに行き、客坊へと通してくれた。
     その頃になると白梅は体に力が入らなくなっており、しかたなく江澄は彼女を臥床に寝かせた。
     すぐに藍曦臣と藍忘機、魏無羨までもがそろってやってきた。
    「雲深不知処をお騒がせして申し訳ない」
    「江宗主、お気になさらないでください」
     藍曦臣は首を振りつつも、しょうとうに視線を移す。
    「ところで、そちらの女人は」
    「雲夢の民だ。魏無羨、力を貸してくれ」
     江澄はあらましだけを語った。
     白梅が妹を亡くしたこと。妹の報復を行おうと呪術に手を出したこと。彼女の命がかかっていること。
     魏無羨はともかく、あとの二人につまびらかに語るには内容があまりに生々しかった。
    「呪紋をどうにかできないか」
    「見てみないとなんとも言えないけど……」
    「わかっている」
     ここで江澄は困った。
     呪紋を見せるには白梅の胸元を広げなければいけない。
     しかし、それを堂々と行うには魏無羨の背後にいる藍忘機の目が怖い。
    「魏無羨、呪紋はな、その」
    「あー……、藍湛、沢蕪君、ちょっと出ててもらえないか」
    「魏嬰」
    「女の人だからさ、男ばかりに囲まれてちゃかわいそうだろ」
     藍家の二人は釈然としないままにも、房室の外へ出た。
     江澄は白梅に断って、彼女の袷をくつろげた。魏無羨は胸元の呪紋を食い入るように見つめ、なにやらぶつぶつとつぶやいている。
    「これ、術が不完全だ」
    「不完全?」
    「術の効果と対価がつりあっていないせいで、余った力が宙に浮いているんだよ。それをうまく取り除いてやれば……」
     魏無羨は突然顔を上げて、江澄に向かって「紙くれ」と手を差し出した。江澄が慌てて紙と筆を手渡すと、彼はそこに呪紋を書き写し、腕を組んで考え込む。
    「取り除く、ってのは無理だな。つりあわせればいいんだよな」
    「どういうことだ」
     白梅も不安そうにして魏無羨を見ている。
     魏無羨の言っている意味がまったく分からない。
    「つまりだな、術が男に与えている影響よりも、白梅への影響のほうが大きいんだよ。この影響同士を同じくらいになるように調整してやれば、命を落とすほどのことにはならない」
     江澄は眉をひそめた。つまりふさわしい対価を甘受すればいいということか。女人の体に与えられる対価とはいかほどのものだろう。
    「お願いします」
     先に白梅のほうが声を発した。彼女はいつの間にか体を起こしていて、魏無羨に頭を下げた。
    「何が起きるかは予想できない。ふつうは初めから呪紋に仕込むもんだからな」
    「問題ないわ。初めは命を失おうとかまわないと思っていたのだから、何が起きても文句は言わない」
    「それなら、やってみるか。江澄」
     呼びかけられてハッとした。
     魏無羨は「呆けてるなよ」と江澄の肩をたたいた。
    「準備をしてくる。藍湛には説明しなきゃいけないし」
    「しかし、それは」
    「御宗主、あたしはかまわないわ」
     白梅は笑顔だった。彼女にとっては術が変換されるのであれば、誰に見られようとかまうものではなかった。
     魏無羨が客坊を出ていって、江澄は手持無沙汰になった。
     白梅をひとりにするわけにはいかないし、かといってやることはない。
     しばらくして白梅が「御宗主」と声をかけた。
    「あんたも立ち会うつもりかい」
    「呪紋の変換に俺がいても役立たずだろう。魏無羨が戻れば雲夢に帰る」
    「はは、そうだね。それがいいさ」
     江澄は首を傾げた。彼女の笑顔がさきほどとは違うように見えた。
     こういう顔を見たことがある。まずいものでも飲みこんだような、がまんをしている顔だ。
     魏無羨には拒否された手だが、このひとには受け取ってもらえるだろうか。
    「ここに、いたほうがいいか」
    「ばかを言わないで。仕事があるんでしょう」
    「あるにはあるが……、居るだけで役に立つのならとどまる意味がある」
     白梅は雲夢の民だ。その命がかかっているのなら江家宗主として、かかわる必要があるだろう。
     それだけではない。この数日を過ごしただけだが、江澄は白梅に並々ならぬ想いを抱いていた。
     妹のために、命を懸けようという彼女の生き方は己と重なって見えた。
    「江宗主」
    「藍、宗主」
     突然現れた藍曦臣に、うっかりといつものように呼びかけそうになって、江澄はなんとか体裁を保った。
    「魏公子からだいたいの話は聞きました。ひとまず食事を運びましょう。朝食を取っていないでしょう?」
    「ああ、助かる」
    「あなたも、かゆなら召し上がれますか」
    「沢蕪君、お気遣いいただき……」
     白梅は平伏するように顔を伏せた。
     江澄は思わずむっとした。自分のときと比べるとまるで態度が違う。白梅といっても、沢蕪君の前ではしおらしくなるものか。
     この後、運ばれてきた朝食は、薄味なことを差し引いても、いつも以上においしくなかった。

     魏無羨の話によると、呪紋の書き換え自体にはそれほど時間はかからないらしい。しかし、その後にどのような現象が起きるのか、予想がつかないことから少なくとも一時は見守りが必要だという。
     結局、江澄は部屋の端に藍忘機と並んで座り、いそいそと道具を準備する魏無羨をながめる羽目になった。
     呪紋の書き換えには白梅自身の血を使った。元の呪紋も彼女自身が自分の血で描いたという。
     指先を傷つけて絞り出した血を筆に含ませて、女の胸元に慎重に呪紋を描く魏無羨の姿を、藍忘機は無表情で、江澄から見る限りはまったく表情を動かさずに見守っていた。
     その氷のような横顔を横目で盗み見て、江澄は魏無羨が彼をここに置いた理由をさとった。
     藍忘機の同席を拒否すれば、魏無羨は呪紋の書き換えをできなかったに違いない。彼の大切なものは今や道侶ひとり。情け深い魏無羨のことだから見捨てることはなかっただろうが、直接彼女の肌に触れることはしなかっただろう。
    「よし、終わり」
     書き換えは本当にすぐ終わった。
     そして、異変もすぐに起きた。
     呪紋は禍々しい光を放ち、四方に蔦が生え伸びるように赤黒い筋が走る。
    「白梅!」
     江澄は臥床に駆け寄り、彼女の手首を取った。
     その肩を魏無羨の手が押しとどめる。
    「大丈夫だ、江澄」
    「そんなわけがあるか!」
     白梅は顎を引き、歯を食いしばっている。
    「彼女は覚悟の上だったよ。だから、大丈夫だ」
     そう言われたところで、か細く漏れる痛みをこらえる声に、江澄の胸は締め付けられた。
     どのくらいそうしていただろう。
     次第に光はおさまっていき、白い肌にはくっきりと赤黒い筋が刻まれた。
     これが相当の対価というものなのだろう。
     白梅は額に大粒の汗を浮かべ、ぐったりとしたまま気を失ったようだった。
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    PROGRESS恋綴3-2(旧続々長編曦澄)
    転んでもただでは起きない兄上
     その日は各々の牀榻で休んだ。
     締め切った帳子の向こう、衝立のさらに向こう側で藍曦臣は眠っている。
     暗闇の中で江澄は何度も寝返りを打った。
     いつかの夜も、藍曦臣が隣にいてくれればいいのに、と思った。せっかく同じ部屋に泊まっているのに、今晩も同じことを思う。
     けれど彼を拒否した身で、一緒に寝てくれと願うことはできなかった。
     もう、一時は経っただろうか。
     藍曦臣は眠っただろうか。
     江澄はそろりと帳子を引いた。
    「藍渙」
     小声で呼ぶが返事はない。この分なら大丈夫そうだ。
     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
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     江澄は己の肩を両手で抱きしめた。
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    PROGRESS恋綴3-5(旧続々長編曦澄)
    月はまだ出ない夜
     一度、二度、三度と、触れ合うたびに口付けは深くなった。
     江澄は藍曦臣の衣の背を握りしめた。
     差し込まれた舌に、自分の舌をからませる。
     いつも翻弄されてばかりだが、今日はそれでは足りない。自然に体が動いていた。
     藍曦臣の腕に力がこもる。
     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
     全身で壁に押し付けられて動けない。
    「ら、藍渙」
    「江澄、あなたに触れたい」
     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
     江澄が身をすくませても、衣を引っ張っても、彼はやめようとはしない。
     そのうちに舌は首筋を下りて、鎖骨に至る。
     江澄は「待ってくれ」の一言が言えずに歯を食いしばった。
     止めれば止まってくれるだろう。しかし、二度目だ。落胆させるに決まっている。しかし、止めなければ胸を開かれる。そうしたら傷が明らかになる。
     選べなかった。どちらにしても悪い結果にしかならない。
     ところが、藍曦臣は喉元に顔をうめたまま、そこで止まった。
    1437

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    PROGRESS長編曦澄17
    兄上、頑丈(いったん終わり)
     江澄は目を剥いた。
     視線の先には牀榻に身を起こす、藍曦臣がいた。彼は背中を強打し、一昼夜寝たきりだったのに。
    「何をしている!」
     江澄は鋭い声を飛ばした。ずかずかと房室に入り、傍の小円卓に水差しを置いた。
    「晩吟……」
    「あなたは怪我人なんだぞ、勝手に動くな」
     かくいう江澄もまだ左手を吊ったままだ。負傷した者は他にもいたが、大怪我を負ったのは藍曦臣と江澄だけである。
     魏無羨と藍忘機は、二人を宿の二階から動かさないことを決めた。各世家の総意でもある。
     今も、江澄がただ水を取りに行っただけで、早く戻れと追い立てられた。
    「とりあえず、水を」
     藍曦臣の手が江澄の腕をつかんだ。なにごとかと振り返ると、藍曦臣は涙を浮かべていた。
    「ど、どうした」
    「怪我はありませんでしたか」
    「見ての通りだ。もう左腕も痛みはない」
     江澄は呆れた。どう見ても藍曦臣のほうがひどい怪我だというのに、真っ先に尋ねることがそれか。
    「よかった、あなたをお守りできて」
     藍曦臣は目を細めた。その拍子に目尻から涙が流れ落ちる。
     江澄は眉間にしわを寄せた。
    「おかげさまで、俺は無事だったが。しかし、あなたがそ 1337

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    PROGRESSたぶん長編になる曦澄その1
    閉関中の兄上の話。
     穏やかな笑みがあった。
     二哥、と呼ぶ声があった。
     優美に供手する姿があった。

     藍曦臣はゆっくりとまぶたを持ち上げた。
     窓からは午後の光が差し込んで、膝の上に落ちている。眼裏に映った姿はどこにもなく、ただ、茣蓙の青が鮮やかだ。
     閉閑して一年が過ぎた。
     今に至っても夢に見る。己の執着もなかなかのものよと自嘲する。
     優しい人だった。常に謙虚で、義兄二人を立て、立場を誇ることのない人だった。大事な、義弟だった。
     毎晩、目をつむるたびに彼の姿を思い出す。瞑想をしたところで、幻影は消えるどころか夢へといざなう。
     誘われるままについて行けたら、この苦悩は消え去ってくれるだろうか。あの時のように、「一緒に」とただ一言、言ってくれたら。
    「兄上」
     締め切ったままの戸を叩く音がした。
     藍曦臣は短く息を吐いた。
    「兄上」
    「どうかしたかい」
     弟に応えて言う。
     以前、同じようにして藍忘機に呼びかけられても、どうにも答える気になれなかった時があった。そのとき弟は一時もの間、兄上と呼び続けた。それから、藍曦臣は弟にだけは必ず返事をするように心がけている。
    「江宗主より、おみやげに西 3801

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    PROGRESS長編曦澄12
    おや兄上の様子が……?
     金鱗台で清談会が開かれる。
     その一番の意味は、新しい金宗主を筆頭にして金氏が盤石であると、内外に知らしめることである。
     江澄はそのために奔走していた。
     今回ばかりは金凌が全面的に表に立たねばならない。彼を支えられる、信頼に足る人物をそろえなければいけない。なにより江澄が苦心したのはそこだった。
     おかげさまで、金光善の時代に金氏を食い物にしていた輩は、金光瑶によって排されていた。しかし、今度は金光瑶に傾倒する人物が残されている。彼らに罪はない。しかし、金凌の側に置くわけにはいかない。
     江澄が目をつけたのは金深微という人物であった。金光善、金光瑶と二人の宗主の側近として職務を果たしてきた仙師である。すでに白頭の老仙師だが、その分見識は深い。
     彼を第一の側近として、その周囲を金凌の養育に関わってきた者たちで囲む。金光瑶の側近でもあった彼が中枢にいれば、派閥の偏りを口実にした批判は潰せる。
     金深微は忠実に黙々と実務に勤しむ。それは宗主が誰であろうと変わらない。そのような彼に信頼が置けるからこそ採用できた布陣である。
     金宗主として宗主の席に座る金凌を、江澄は江宗主の席から見上げ 4006