DropsDrops
「泣かれるのは嫌いなんだよ」
汗に濡れた金の髪が張付く眦に滲んだ涙の粒を、そっと舌先で掬いながらルキーノが囁く。過ぎた快感が涙腺をぶち壊して、溢れる水滴を止まらなくしていた。渦巻く熱の塊が躯も胸も支配して埋め尽くす中、ジャンは力を振り絞って薄く瞳を開いた。
揺らめく水滴の向こうに見えるのは、豪華な赤毛に縁取られた扇情的な男の貌。
唇で、指先で、そのからだの全てでジャンに余るほどの快感を与えてくる、たったひとりの男。
なにを言いたいのかと、必死に彼の言葉に耳を傾けようとするジャンにくすりと微笑んで、ルキーノは重なり合った躯を進める。
ジャンの躯の一番深い場所で動きを止めて、硬く大きく張り詰めたものを深々と穿ちながらルキーノは喉を鳴らして笑った。
ひぁ、あ―――と、上擦った悲鳴がジャンの口から零れて、開いた瞳を再びきつく閉じる。
指先は乱れたシーツに必死に縋りつき、色を白く変えている。優しげな手つきでルキーノは自分の手を重ね、もう一方の手で髪を撫でる。額の汗に張り付いた前髪をゆっくりとかき上げながら、ぽろぽろと零れ落ちる水滴に口付けた。
「泣かれるのは嫌いだ。面倒くせえ」
熱い舌がジャンの頬を伝い、囁きが肌をくすぐる。
嫌い、嫌い、きらい―――言葉の意味を解することすらあやふやになりかけている脳が、拾った言葉を集めて途方に暮れている。
きらい。こいつは、ルキーノは、嫌い。泣くヤツが、なみだが、この男は―――嫌い。
「っあ、あ、じゃあ……、俺のことも、嫌いなのかよ……っ?」
「ん?」
眦に熱い液体が溢れ、零れ落ちる。とまらない。
定まらない視界で今たった一つ見ていたい人の顔を追うと、その端整な顔が自分を覗き込んでいた。思わず自らの顔を覆おうとするジャンの手を、ルキーノが悠々と捉え抑える。
イヤだと、たったそれだけの短い言葉ですら掠れた喉は発してくれない。ひゅう、と上擦った呼吸音がひとつ、零れてジャンは首を振る。
熱い筋が次から次へと頬を伝う。ルキーノの舌が触れた場所で筋道を失って溜まったそれは、やがて自らの重さに従って顔の横へ落ちていく。
止まらない、涙が。この男が嫌いだと言ったものが。
胸が一杯になって、抑えようとしても溢れ出る。栓を失ってしまったかのように止め処なく、ジャンはルキーノの眼を見て泣き続けた。
「泣いてる野郎は嫌いだ。うじうじした涙ほど、鬱陶しいもんはない。そう思っているさ―――お前以外は、な」
「っ、え? あ、ひぁ、あ…」
瞼を舐られる。眼球を取り巻く窪みに舌を這わせながら、ルキーノは最奥に埋め込んでいたそれをゆっくりと動かす。
あ、あ、あ、と揺さぶられる衝動に喉の奥から音がする。
「お前は、別だ―――泣いて、泣いて、叫んで喘いで息を乱して、涙と汗と涎とで顔中ぐちゃぐちゃになるまで泣かせたい。その後で、泣きはらして真っ赤に染まった眼で、蕩けた視線で見上げてくるお前が、死ぬほど見たい」
獰猛に笑う肉食獣が一匹、仰け反ったジャンの喉笛に、牙を立てた。
「だから、なあ、ジャンカルロ。泣いてくれ。俺の腕の中で、ここで、俺が涙を舐め取ってやれる場所でだけ。恥も外聞も全部忘れて、おかしくなったみたいに泣いてくれ」
「なっ、て、てめえは……っ! どこの変態だよっ!」
「頭おかしくなる程泣いて欲しいんだ。その金髪を振り乱して、全身びくびくと痙攣させて……泣いてくれよ、ジャン。―――まぁ、泣かねえ気でも、俺が泣かせてやるんだが、な」
「最悪、だ―――っあ、ああっ」
傲慢で勝手で、最悪なライオン。
けれどジャンは、そんな男に惚れている。与えられる熱、擦れあう肌の感触、そして向けられる欲望のすべてが、どうしようもなく嬉しいほどに。
傲慢で勝手で、最高なライオン。
「愛してるぜ、ジャンカルロ」
「嬉しくって涙が出ちゃうワ、シニョーレ」
ぼろぼろと溢れ出る涙はそのままに――真っ赤に染まった頬と瞳と唇で、ジャンカルロは鮮やかに笑った。
2009/11/25