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    ベルジャン

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    ぽかぽかと日差しの降り注ぐ、良く晴れた六月。

    俺とベルナルドは、デイバンをはなれアメリカ南部の都市に滞在している。州で言えばフロリダだが、最近ルキーノがホテル作りに精力を注いでいるマイアミやオーランドみたいなリゾート地じゃない。州都タラハシーから半端に北上して、街の規模もでかすぎず小さすぎず中途半端な田舎都市だ。
    つってもまあ、デイバンだってシカゴやニューヨークみてえな一大都市って訳じゃないから、このくらいの小さな街は却って居心地が良かったりする。
    街で一番のホテルの、一番上の部屋。土地だけはたっぷりあるせいか、パーティでも開けそうな広さのその部屋をたった二人で貸しきっている。調度品はデイバンホテルのスイートの方が豪華だが、南国特有の日差しと、中庭に生い茂る青々とした観葉植物や、鮮やかな花たちがこの地域独特のアクセントになっている。
    その中庭の中に置かれたベンチに並んで腰を下ろして、俺達は木漏れ日と涼やかな風を楽しんでいた。
    正直、泊まる前はあまり期待していなかったホテルだが、すげえ、良い。従業員も気のいい連中で、俺達が快適に過ごせるようにと始終気を配っているのが伝わってくる。

    ――いいところだ。元々バカンスを楽しむはずじゃなかったなりゆきでのこの休暇を、思わず心から楽しめちまうくらいには、十分に。



    そう、俺達がここにいるのは、本当は仕事の一環のはずだった。
    観光でも休暇ででもなく、場違いなスーツ姿でフロリダを訪れた俺達は、熱苦しい気候のなか、暑苦しいオッサンどもと、腹の底でブリザードが吹き荒んでいるような話し合いをした。そしてそのまま、汗をすったスーツのネクタイを緩める暇も無くデイバンにとんぼ返り――の、筈だったん、だが。
    この時期、フロリダは豪雨が多い。
    突然の土砂降りの雨に、乗っていた列車が立ち往生。しかも最悪なことに、行く先の線路がこの豪雨のせいで土砂崩れを起こして埋まっちまった。
    道路もあちこちで通行が途切れているようで、車で上っていくわけにもいかない。
    そもそも俺達が帰りを急いでいたのは、ちょうど今日この時間あたりに大事な会議の予定が入ってたからだ。ただ、線路の復旧を待っても、大回りして車をかっ飛ばしても、どう頑張ってもそれまでに戻れそうに無かった。実際、会議の日になった今日も線路は土に埋もれたままだし?
    マジな顔したベルナルドがデイバンにいるルキーノたちや、アレッサンドロのオヤジ、関係各所に電話で連絡をとりまくった結果、戻れない俺達の変わりに会議にはオヤジとルキーノが参加してくれることになった。
    『――ここんとこ、遊んでもないだろう、お前ら。いい機会だから、列車が復旧するまでそこでバカンスしてろ。ただし、帰って来たら机の上は覚悟しておけよ?』
    電話越しに、いたわりなんだか脅迫なんだかわからない台詞を吐いたルキーノ。普段でさえおっそろしい事になってる俺のサインを待つ書類の山が、帰り着いたらいったいどんな惨状になっているのか。怯えつつもまあベルナルドがいるんだからどうしようもないことになりはしねえだろうと、乾いた笑いで開き直った俺に、ベルナルドもまた似たような表情を向けてきた。 
    ――そうして俺達は、この突発的なバカンスをのんびりと楽しんでいる、って訳だ。



    「平和だ……すっげー平和。なんかこーゆー午後、すっげえ懐かしい。俺、刑務所の中じゃ毎日がこんな優雅なスローライフだったんだけどな。……ボスになってから、お昼寝の時間もとんとご無沙汰ってどゆことよ」

    蝶々がとんでるぽっかぽかの空を見上げて、背もたれにぐいと身体を預ける。
    脇のテーブルの上で、部屋の中から持ってきたコーラの氷がからんと音を立てた。気温は高いが、南の島って感じの木が生い茂って影を作ってるせいで熱くは無い。そこら中で咲いている花の濃密な甘い香りが漂ってくる居心地のいい場所で、俺は胸の中の息を全部吐き出すように深呼吸をする。

    「最初、マフィアのボスになるって聞いて想像した毎日はこんな感じだったんだけどな。リゾート地のホテルでオンナはべらせて煙草ふかしてのんびりと、ってさ。なんか夢が叶った気分だわ」
    「侍るオンナはいないけど、な」
    「ははっ――まぁ、な。でも、それは別にいいや」

    あの頃とは俺達の関係は変わっていて、今の俺にはお前がいるんだから。
    ――なんて、こっぱずかしい事は言わないけど。言わなくてもわかってるだろうし、言ったら調子に乗りやがるだろうから。

    ベルナルドは機嫌よさそうに口の端を緩めた表情をしていて、その目元からはここしばらくお馴染みになっていた深い隈が消えていた。
    元々、幹部の中で一番体力が無いくせに一番多くの仕事をこなしている奴だ。
    特に、俺が二代目カポになってからは、ひよっこカポの補佐っつう仕事まで加わって、こいつにかかる負担は半端じゃなかった。電話の王様を退陣するとは言っても、後を継ぐチームの育成が完了してなきゃ引き渡すことなんかで気やしない。多分、過渡期の今が一番大変な時期なんだろう思う――それでも、いつの間にか朝起きても消えることのなくなった顔色の悪さを心配していたのが正直なところ。
    だから、突然降ってわいたこの休暇を、俺はベルナルドのためのものだと思っていた。ちょっとぐらい身体休めろよと、神様がくれた――もしも引き寄せたのが俺のラッキーだったとしたら、ちょっと嬉しいバカンス。

    オンナは別にいらねえが、旨いメシと旨い酒。座り心地のいいベンチと、お昼寝日和な風。
    そんで、隣にはこいつ――ベルナルド。
    今頃はジジイどもに囲まれて面倒くさい会議をまとめてくれてるだろうオヤジとルキーノには悪いが、頑張ったカポと筆頭幹部へのご褒美みてえなこの休暇を、俺は十二分に満喫するつもりだった。
    勿論、二人で。

    目一杯だらだらしてやると眼を閉じて伸びをした俺は、ふと瞼越しの世界が暗くなるのを感じる。
    まあ理由は大方想像がついていて――眼を開けると、想像通りにベルナルドが俺の顔を覗き込んでいた。太陽の光をすかした若葉みたいな色をしているのに、ベルナルドの眼は大輪の花みたいな甘そうだ。
    舐めたら旨いかも――なんて、ドロップスか何かと勘違いをした空想をした俺の顔に、ゆっくりとベルナルドが覆いかぶさる。耳に掛けた髪が一房、落ちる。頬に触れたやわい感触と、脳みそを麻痺させる甘いけどどこか苦いこいつの匂い。唇同士が触れる寸前にアイツの赤い舌がちらりと見えて、それだけでぞくりと――尻の出っ張った骨の辺りから脳天まで、なんかヤバイもんが、駆け上がった。

    「――んっ、ふ……ベルナルド……」
    「ジャン……ジャ、ン……」

    ベルナルドのキスは、何度繰り返してもその度に腰が砕けそうになるくらい、イイ。
    夢中になりすぎてつい息継ぎを忘れ、酸欠になるくらいに。唇がはなれてしまう僅かな合間にひゅう、と浅く息を吸う俺に気付いて、ベルナルドが苦笑して唇を離す。
    キスの仕方も忘れちまうほど、感じてくれた?
    思わずぷはっと息を吸い込んでしまった俺を、緑色の瞳が意地悪に覗き込む。

    「――……エロオヤジ」

    忙しなく上下する胸と、耳まで赤くなってるってことが自分でもわかって、俺は負け惜しみにベルナルドを睨みつけた。
    多分、逆効果――なのはわかってるけど。

    「すまんな。お前の唇が赤くて、あんまりにも可愛かったから、花と間違えてしまったよ」

    予想通り、絶好調。
    つか、その台詞はどうなんだ。蜜を啜る蝶々にでもなったおつもり?

    俺は呆れ顔をして――ベルナルドを見上げていると、ふと視界の端でなにかがうごいた。

    折も良く現れたのは、ひらりふわりと飛ぶ蝶々。鮮やかな黄色い羽を持ったそいつがやってきて、ベルナルドの髪に止まる。

    「――うん?」

    リボンみたいな髪飾りをつけた姿に、思わず噴き出した。いやいや、可愛いですよ、とっても。ただちょっと、そのなごましい髪飾りとエロい面が似合わないだけで。
    俺が笑ってようやくそいつに気が付いたベルナルドが、髪に手をやる。
    でっかい手がいきなり襲ってきてびっくりしちまったんだろう、髪飾りはさっと飛び立っていってしまった。
    風に煽られるようにして飛んでいく頼りない軌跡を見送りながら、苦笑しながら肩を竦めるベルナルド。恰好がつかなくなっちまったな、なんて言ってるけど、恰好つけたお前なんてそうそう見れるもんじゃないんだって事をわかってない。特に、ベッドの中では。
    エロいオヤジかチョイだめなオヤジか、チョイだめなエロオヤジか。
    いつも大体、そんなもんだろ。わかってないのかよと笑い飛ばしながら、言ってやる。

    「お前のほうこそ、お花ちゃんと見間違えられるくらい色男ってことよダーリン」

    似合ってたわよ、大丈夫。
    もう一度見たいくらいだったぜと、なかなか見れない光景を脳裏で再生する。レアな光景だった。髪飾りが付いてた場所に手を伸ばせば、何度も触れたベルナルドの髪。やわらかい、気持ちイイ感触。

    「お前イイ匂いがするから。そのせいじゃねえ?」
    「女の子じゃないからね。蝶々が集まってきても、別に――お前が寄ってきてくれるのなら、嬉しいけど?」

    ラッキードッグを呼び寄せる香水、とかでも開発してみるけ? 
    ふざけて言うと、ベルナルドはそれもいいけど……といいながら鼻の頭にキスを落としてきた。

    「もしもそんなものが出来ちまったら大変だ。ラッキードッグ抱き枕と同じように、市場に出る前に俺が全部買い占めないと」
    「こないだのドルは全部ぶっこんじまったんだろ? だったら、まぁたたっぷり稼がないとねダーリン?」
    「お前のためだからね。燃え尽きるまで働いてみせるよ。――研究所ごと、抑えておく必要があるしね。ラッキードッグを呼ぶ香りに、こっそり催淫効果も追加する研究をさせないと」
    「そこで、やっぱりそっちに走りますかこのエロオヤジが」

    二人、笑って身体を揺らしあった。
    鼻先へのキスは、唇の端や頬、眦にもふれながら首筋へと落ちていく。啄ばまれる感触はくすぐったくて、でもくすぐったいだけじゃなくて、キスのたびに身体が跳ねる。

    「――ん、ゃ」

    首筋を舐め上げた舌の感触が熱すぎて、怯えそうになった俺の手をベルナルドが取る。繋ぎ合わせただけの指は、やらしい感覚を煽らない――はず、なのに。気持ちよすぎて逃げ腰になりかけるのを、その手が抑えているせいでぞわぞわくる感覚が身体の中を循環する。いつもよりも早く上り詰めていく快感。跳ね上がる体温。
    ベルナルドの髪の匂いが、俺を酔わせる。

    さっきの、こいつの台詞。
    ラッキードッグが――俺が、思わずふらふら誘われて、嗅いでるだけでエロい気分になっちまう匂い。そんなもんわざわざ作るまでもねえのにと、まともに考えられる領域の少なくなった頭でぼんやりと考える。
    というよりも、世界中のどんな花の香りだってそんな成分は入ってないし、調合師がどんなに頑張ったって作れやしないはずだ。
    だって、匂いだけじゃ意味が無い。
    それがお前の匂いじゃなけりゃ、俺はこんなに感じない。

    空いていた片手をベルナルドの首に回す。

    首を引き寄せて、鼻先で長い髪を掻き分ける。耳朶を舐って歯を立てながら、吸い込んだ酸素といっしょにこいつの匂いが血に乗って全身に巡る感覚を味わった。アンタは自分の匂いが俺を煽るの、知ってはいてもその効果を舐めてるみたいですけど。こうやってキスされながら匂い、嗅いでるだけでイけそうなくらいヤバイんだなんて知ったらどんな顔をすんだろうか。
    ちょっと見てみたい気もするけど、まだまだ、教えてなんかやらねえ。
    言ったらアンタ、もっともっとエロくてダメなオヤジになりそうだし?

    いつの間にかシャツを肌蹴て、鎖骨の刺青の間際まで忍び寄っていたキス。触れそうででも触れない距離で、鎖骨を噛まれて、焦らされる。
    我慢できねえよと腰を押し付け訴えると、それはおねだりととっていいのかな? なんてわかりきったことを聞いてきやがる。俺の口から言わせたいんだ。いつもだったらこのエロオヤジ、どうしようもない奴だななんてひとつ罵って前髪2、3本引っこ抜くふりでもしてやる所。
    でもまあ、今日くらいはいいだろう。
    濃密な南の花の香りよりも強いにおいに絆されて、おシゴトから遠くはなれた開放感に、ついつい言っちまったんだといいわけができる。

    だから俺は決まってんだろ、と挑発をして、

    「せっかくのバカンスなんだから、楽しくて気持ちイイこと、たっぷりしなくちゃ損だろダーリン?」



    その通りだねハニーと喉を鳴らしたベルナルドが、刺青に落としたキスが、始まりの合図になった。












    2010/06/04(に、更新したかった6月5日)「香気」
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