『産屋敷家には、人でないものが棲んでいる。』『産屋敷家には、人でないものが棲んでいる。』
それをカナヲに教えたのは、声の主・宇髄天元だった。彼は音もなくカナヲの傍に近づき、背を叩いた。こふこふと何度か噎せる前に、宇髄が木箱を取り上げる。
「厄介な役になるんだなァ、オマエ」
けたけたと笑いながら、宇髄は細く開いたふすまに木箱を差し入れた。大きな手をすぐに抜く。ぴしゃ。襖が閉まった。
「、いまの……は?」
「ん? ああ、パーティーしてんだよ。ド派手な化け物のパーティーだ。盆だしなァ……あいつらも集まりてえんだろ」
ニヤニヤと笑った眼帯には、大ぶりのキラキラとした石がいくつも輝いている。出会ったときから眼帯をしている宇髄は、忍者のくせに海賊の末裔だとか言っていた。月光を遮断されたので、きらきらとした意思はそのきらめきを失っている。
「しのぶ、にいさん、は」
す。宇髄の片目が細まった。時々、この男は感情を消す。そうしたら、何を聞いても無駄になる。カナヲはそれを知ってはいたが、充分に理解をしていなかった。
「宇髄、しのぶ兄さんが」「あァ。居るぞ。そん中に」
見るなよ。
――!!
ふすまに手をかけた瞬間。カナヲの身体が固まる。
「成りてェなら別だが。お前はそのまま生きてろ」
こうなりたくはねえだろう。宇髄が眼帯を開いている。カナヲはその中身を見た。動かない静かな瞳孔。まるく、黒いふちをよく見れば、模様が刻まれている。何かの家紋だ。黒い丸がバランスよく五つ。真ん中から放射状に線が伸びて、五つをつないでいる。
息のかかる距離で、カナヲは宇髄の瞳に引き込まれている。
不意に、空気が緩んだ。
ぱちん。
「ッ、痛!」
「あんまり見んじゃねえよ。高ぇぞ」
いつのまにか、眼帯を戻した宇髄にひかれて、カナヲは家に戻った。宇髄はカナヲをカナエに引き渡し、役目を無事に終えたことを告げる。
「じゃあな、胡蝶」
ひらりと手を振って、宇髄は胡蝶家を辞した。
■■■
「宇髄、」「お、伊黒か」
胡蝶家を去った宇髄は、大池へと向かっていた。途中、柏の木からにゅるりと白い蛇が出る。蛇はするりと宇髄の首に巻き付いた。
「冷てェな」「そういう生き物だ」
音もなく宇髄は進む。茶室のふすまの前で一度止まり、呼吸をして扉を開けた。
「しっつれーしまーす。伊黒連れてきたぞ」
ぞろり。月明りに照らされた影が、宇髄を見る。二対の目が四つ。ぎょろりぎょろりと動き回る目が、宇髄を認識して止まる。
「ああ、宇髄さん。今から水点てしますけど、お飲みになりますか」
奥の水屋から出てきた胡蝶が、宇髄に声をかけた。ここは、茶室だ。
「茶は温い方がいい」「わかりました」
そう言って、胡蝶は水屋へと引っ込む。宇髄の首に絡まった白蛇が、伊黒が。影の方へ行けと催促をした。しゃあねえなあ。伊黒の指示通り、茶室のふちへと向かう。
黒い影が一つ、腰かけている。
上肢はヒト、下肢は魚。人魚であった。
この世のものとは思えぬような、アンバランスな美しさをその顔に湛え、静かに、手をついて、ぱしぱしとまばたいている。
黒いまつげからは、星のような雫がこぼれ、瞳のふちにあるウロコの上を滑って一つになっていく。
「……トミオカ、胡蝶とはよろしくやってんのか」「……よろしく、とは?」
ぱしゃ、ぱしゃ。夏の夜に鳴く蝉が、静かになっている。風が強い。朧雲が月を隠し、流れていく。
「ったく、テメェら栗花落を巻き込むんじゃねえ」
宇髄の独り言が流れていく。隻眼で見上げた空には。何か、大きな鳥が舞っている。