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闇の中に、絵の具を一滴垂らしたようにひとつの黄金が輝く夜であった。
既に眠りに落ちているだろう兵士達を起こさぬように足音を消し、己を闇に潜ませながら、カイはトランの城を歩んでいた。眼下に望む城の入口には煌々と光が灯っている。
久々に着込んだ胴着ではない正装に、年のせいか前屈みになることが増えた背筋がシャンと伸びる心地がする。緊張感はない。己の身に沸き立つのは、ただ高揚した心だけだった。肩に担ぐ手に馴染んだ棍が酷く軽く感じるほどに。
トラン共和国の武術指南役となってからの日々は、カイにとって何不自由なく過ごすことができる穏やかなものだった。
英雄を輩出したこともあってか、トランの兵士達は誰も彼も、向上心をもってカイの精神と業を教え乞うていた。不真面目な者は皆無な上、良い太刀筋のものも少なくはない。
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