【曦澄】仙門百家慰安旅行企画案外世俗的なこともやる修真界。人気投票ならばこれまでにもあった。例えば世家公子の風格容貌格付けとか。藍曦臣が長らく一位を独占していたあれだ。なお、若手修士とは何歳までを言うのかは謎である。
さて、四大世家の宗主が雁首揃えて、此度の格付けの集計作業を固唾を呑んで見守っている。特に江宗主と聶宗主の顔が真剣だ。なにせ開票は終盤に入り、江氏と聶氏の一騎打ちの様相を呈している。どちらが勝つのか、真剣な顔にもなるというもの。
忙しいはずの四大世家宗主が一同に介して見守っているそれは、風格容貌格付けなどという、一位を取ったら気分がいいというような暢気なものではない。
選ばれるのは一位のみ、それを決める投票だ。晴れて選ばれた仙門には大きな実入りが見込まれる。
それは仙門百家慰安旅行。此度はその行き先を決める人気投票である。
平和になったことですし、慰安旅行やりませんかと清談会で提案されたのはいつだったか。
それ、今やってる清談会と何が違うのとの疑問の声に、旅費も滞在費も各自負担、行き先となった仙門のご当地をあれこれを堪能させて頂く、ただそれだけですけど、なんか楽しそうじゃありません? という、極めて長閑な提案だった。
要は執務も何もない、単なる行楽である。
何だそれはと顔を顰める一部の宗主たちをよそに、つまり、清談会のような準備の手間もなく、やってきた宗主たちが地元で遊んで金を落としてくれると、そういうことかと、いち早く理解した宗主たちによって、その提案は多数決でさくっと決まった。
発起人が聶懐桑であり、いつもは何かと辛辣な江晩吟も、いいだろうと賛同に回ったのが大きかった。
まず最初は四大世家のどこかにしましょうよということで、雲夢、清河、姑蘇、蘭陵で人気投票が行われることになった。
投票に先んじてそれぞれの世家が地元の見どころや産物を企画広報し、世家の興味を惹く。
各世家の持ち票は二つ。宗主が一票とその世家の家族で一票である。なお、独身宗主の場合は門弟たちに権利が移る。
行楽企画にしては真面目な手順を踏み、札入れをし、開札集計。発起人である聶懐桑の本拠地である不浄世に立会人として四大宗主が朝から詰めていた。
粛々と開かれていく札。そして最後の札が開かれ、投票の線が足される。その結果は。
「よっしゃあああ! 勝ったぁあああ!」
「あああああああああ、負けたぁああああ~!」
江澄が勝者の雄叫びを上げ、懐桑が崩れ落ちる。懐桑は悔しげにどんどんと床を叩いた。
「あーん、惜しいよぉ。いったんは抜いたのに~。全く容赦ないよ江兄! こういうの、普通は発起人に華を持たせませんかぁ?」
「ふふん、夏だからな。蓮の見頃ともなればこの勝負、雲夢江氏として負けるわけにはいかん。今回は勝たせてもらったぞ」
次は次点の清河にするといいと言う江澄に、え、再投票するんじゃないの?! と金凌が食って掛かった。
「今回のは一回目の行き先を決める投票だったじゃないかっ。二回目の行き先を決めるなら投票はやり直しでしょ!?」
「もちろん再投票でいいですとも。でも蘭陵、一番得票数少なかったよね~。次こそは私、負けませんよぉ」
「うぅ~!」
扇子を翳しつつも余裕気な笑みを見せられ、金凌が悔しげに唸る。
今回の札入れには一言理由も添えられていた。
曰く、蘭陵は、華やかではあるがすぐ飽きる、子どもを連れていく場所がないなどなど。美食豪遊くらいしかやることがないと子供連れの世家に不評だったのが票を伸ばせなかった敗因のようである。
なお、姑蘇はというと、真面目な藍氏が企画に修行だの精進料理だのと座学のような内容を提示してきたため、一部からの人気は集めたものの、行楽の時でまで厳しい修行はちょっと、とこれまた票は伸び悩んだ。
せっかくお膝元の彩衣鎮や天子笑という名酒があるのに活かせなかったのが悔やまれる。
一方、雲夢と清河は本気で票を取りに来ていた。
聶懐桑は己の趣味である芸術事に美食、工芸と、行楽の魅力に商売を絡めてこれでもかと推してきたし、江澄も、夏の暑さという不利を覆えさんと蓮花湖の蓮花の美しさを強調。美酒美食のほか、交易で栄える地ならではの珍しい物が見られる機会であることを訴えた。買い物を楽しみたい奥方向けに、試剣堂で子供らを預かり、一日体験入門として武術の指導をするという策まで出し、加えて駄目押しに夕涼みとして蓮花湖で舞の催しを開くという。
やりすぎである。だが、その甲斐あって雲夢は見事一位を獲得した。がっつり稼がせてもらうぞと江澄の意気込みも高い。
「納涼の催しは江澄が舞うのでしょう? それは是非とも拝見させていただかないと」
「ああ。家僕たちも衣装に気合を入れると意気込んでいたな」
「それは素晴らしい! 楽しみです」
きっととても美しいでしょうね。ほうっと夢見るような眼差しで藍曦臣が顔を綻ばせる。
姑蘇が敗れたことなど気にもとめず、雲夢の勝利を喜んでいる様子に、もしかして藍宗主は雲夢に票を入れたのかと金凌は訝しんだ。
疑惑の眼差しを受け、藍曦臣がにこりと笑う。
「私が行きたいと思うところに、心に偽りなく投票しましたよ。貴方の外叔父上が着飾って舞う艶姿を拝みたかったからね」
「ええ~。そんなの駄目じゃないですか? 自分のところに票を入れないなんて。真剣勝負なのに」
外叔父上ずるいずるいと金凌は悔しげだが、藍曦臣は、企画と投票は別物だし、負けるとわかっていても、藍氏らしさを見せないわけにはいかなかったのでねと微笑んだ。
「じゃあ曦臣義兄上のところは二票とも雲夢に? それとも姑蘇と雲夢、一票ずつですか?」
「さあ、どうだろう?」
懐桑の質問に藍曦臣は首を傾げた。
「家族票のほうは忘機と魏公子に委ねたんだ。彼らは姑蘇に入れるか雲夢に入れるかで悩んでいたようだけど、結局どちらに入れたのかは私は知らないんだよ」
どちらの言い分が通ったんだろうねえとにこにこしている藍曦臣に、それは悩んだのではなく揉めたのでは? と江澄と聶懐桑、金凌は思った。
おそらくは雲夢に行きたい魏無羨と、それが面白くない藍忘機でさぞや揉めたことだろう。
だが、どちらであっても、今年の行き先は雲夢である。次なるひと悶着は、藍忘機が魏無羨を慰安旅行に参加させるかどうかだろう。藍曦臣は出かけることが決まっているので、留守番だ何だと言い張って静室から出さないつもりかもしれない。
まあ、それはあの二人の問題なのでと、早々に切り上げ、さて、次回こそは勝たせてもらうよと、念には念を入れて懐桑が清河に寄せられた一言理由の書かれた札を眺めていると。
「ああ、敗因はこれかあ」
行くとなれば雲夢と清河、どちらも楽しめそうだが、清河の門弟はいかつい男ばっかりだ、雲夢のほうが若くてきれいな仙子が多い。そんな意見が散見されて、聶懐桑は思わず吹き出した。
「痛いところを突かれたなあ」
要は雲夢のほうがぴちぴちしていると、清河はむさいと、そういうことらしい。
愛すべき門弟たちだけれど、もうちょっと男臭さを抑えたほうがいいかもと懐桑は扇子の陰で苦笑いした。
さて、それはそうとして。発起人としては、転んでもただでは起きない心意気を見せないと。
「ねえ、江兄。その納涼の舞のご衣装は、もちろん私もかませて貰えるんですよねぇ?」
公の場ですもの、あの約束は有効ですよぉ。懐桑はにこぉと食えない笑みを浮かべた。