君を傷つけるもの全てを許さない◇◆──────────
隣を歩く莇が「ん」と小さく唸って足を止める。九門も立ち止まって振り返ると、莇は顔を顰めて、瞬きをしていた。
「莇どした?」
「目に何か入った……」
今は監督に頼まれたおつかいの途中で、莇はちょうど帰宅したところを九門が引きずるようにして連れ出した。手ぶらのまま外に出された莇は当然目薬なんて持っていないだろう。
「大丈夫?一回寮戻る?」
九門は眉間に皺を寄せる莇のことが心配になった。もし何かよくないものが入っていて、莇の瞳が傷ついてしまったらどうしよう。一度ネガティブな想像をすると、どんどん悪い方向に考えてしまう。
「いや、ごみが入っただけだろ。瞬きしてりゃそのうち出てくる。それより大根買うだけだろ、早く行こうぜ」
莇は片目を瞑ったままスタスタと歩き出してしまう。九門は慌てて後を追いかけ、莇の腕を掴んだ。
「オレが取ってあげるから、あそこのベンチに座ろ!」
「は?大げさだな。八百屋すぐそこだし、買って寮に戻ってから目薬でも差すから」
「ダメ!ほら、来て」
いいって、と抵抗する莇を引っ張って、九門は脇に設置されたベンチに誘導する。あまりに強引なので莇は諦めたのか、素直に腰掛けた。
九門はつい先ほど断れなくて受け取ってしまったポケットティッシュを取り出して、中に入っている『高収入のお仕事探しなら』と書かれたピンク色の広告だけ莇に見えないように抜きとり、再びポケットに押し込んだ。
ティッシュペーパーを一枚取り出して、こよりを作る。
「これ舐めて」
目薬も水道もないのだから仕方がない。莇は少し嫌そうな顔をしながらも、差し出されたこよりの先端を口に含んだ。
「莇、上向いて」
「ん」
「ごめんね、触りまーす…」
左の目だけ、目尻に涙が滲んでいる。なんでもないような素振りをしていたし、実際莇に取ってこれくらいの痛みなど「痛み」のうちに入らないだろう。しかし九門は、たとえ目にごみが入ったくらいの小さな苦痛でも、莇が被るのは可哀想だと思ってしまう。
下瞼を親指で押さえて引っ張ると、桃色の粘膜と真っ白な眼球の間に、一本の睫毛が横たわっていた。目頭の方から涙が少しずつ溢れてきて、侵入した異物を流し出そうとするが、莇の睫毛は一向に出て行こうとしない。これは痛かろう、と九門の方まで涙が出そうになった。
唾液で湿らせたこよりの先端をそっと差し込んで、眼球を刺激しすぎないように気をつけながら、少しずつ追い出す。やっと目の外に出てきた毛の先端を爪の先で摘んで引っ張ると、一センチ以上はありそうな睫毛がするすると姿を現した。
「取れたよ、莇。見て、こんな長い睫毛入ってた」
莇は異物のなくなった目をぱしぱしとさせてから、九門に摘まれた自分の睫毛を見た。
「うわ、マジかよ、どおりで痛てえと思った」
ああ、やっぱり痛かったんだ。九門は莇を痛めつけた睫毛をティッシュペーパーにくるんで、力一杯丸めてやった。
新しいティッシュで莇の目元を拭うと、「サンキュ」と短くお礼を言われた。
「目は大事にしなきゃダメだよ」
「うるせ」
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