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    bll二次創作seis。
    退魔師se×魔王isgの長編。

    #seis
    stop

    魔王の物語•罪 雨の冷たさは都合のいいことすらも流していく。
     嫌な記憶もどうでもいい記憶も落とされていく。
     冴は頭から雨を被りながら、草花を踏み歩く。緑を絨毯にして獣の服従の態勢みたく寝転がる阿呆面が目当てだった。腹をさらして、呑気に寝こける間抜けな面。これが魔王だなんて誰も信じないだろう。
    「何やってんだ?」
    「雨に当たってる」
     冴が問うと、潔は目を閉じたまま答える。口元がわずかに笑っている。寝ながら笑うとは、器用な奴だ。
    「あっちは雨なんてないからさ。気持ちいい」
     無防備な顔を覗き込むように低くなる。薄っすらと双眸が開いて、澄んだ青が見えた。青は冴を視界に映すと、柔らかく穏やかに微笑する。冴の頬に潔の手が伸びる。潔は微笑を深めた。純粋過ぎた微笑。純粋すぎる故に美しく、美しいが故に、欲を煽り立てる。これがこいつの“色欲”なんだなと、冴はこの四年の中で学習した。
    「冴の目、綺麗だよな」
     もしこの魔王が潔で無かったら問答無用でぶっ殺していたところだ。あの、超が十はつく魔族嫌いの冴らしかぬ感情であることを、本人が一番よく解っている。冴は魔族を嫌悪しており、見るのも聞くのも話すのも嫌気が差すぐらいで、見かけでもしたら有無を言わさずに絶対に殺していた。冴は今でも魔族が嫌いだ。魔王である潔は特に嫌いだ。魔王(こいつ)は冴から弟を奪った憎き仇でもある。
     だから潔が微笑んできても、気持ち悪りいとしか思わない。
     やがて潔がはっと我に帰って、風邪ひくだろ!と吠えるまで、冴は潔を見つめていた。
     人里から離れた古めかしい無人の屋敷が、冴と潔の拠点である。遠征調査帰りなので長めの休養をもぎ取ったから、しばらく冴は暇である。そんな日は、潔の監視をするのが日課であった。もし晴れていたら、このような一日になっていただろう。
     夜明け前。起床。自己鍛錬をした後、魔王の監視に入る。
     早朝。食事を作る魔王の監視。特にすることはなく、たまにつまみ食いをする。
     朝。魔王が作った朝食を食べる。向かいで食べる魔王を監視する。
     朝。事務作業もしくは鍛練をしながら、洗濯をする魔王を監視する。
     昼前。弁当を作る魔王を監視する。たまに味見と称してつまみ食いする。
     昼。出かける魔王に付いて行く。魔王お気に入りの草原で魔王特製の弁当を食う。食べた後は散歩して、草むらの上で昼寝をする。
     昼過ぎ。人里を降りて市場を廻る魔王を監視する。魔王は甘いものに目がない。ふらふらふらつく魔王が妙な連中に絡まれないように首根っこを掴んでおく。
     夕方前。家に到着。家の掃除を始める魔王の監視。自分の部屋は自分で掃除するという約束事があるため、少しだけ目を離すことになってしまうが、問題は無い。
     夕方。夕飯の準備をする魔王を監視する。魔王は律儀にリクエストしてくるので、その日の気分によって食事は変わる。お気に入りは魚料理である。
     夜前。魔王の作った夕飯を監視しながら魔王と一緒に食べる。食事は必要ないのに食うのは単なる趣向らしい。地獄には果物も野菜も肉や魚も無いから、ここでしか食えないものを今の内に食べておきたいと、子供じみた理由だった。
     夜。魔王がベッドの整理をしている間に冴は一風呂浴びる。魔王は冴が上がった後に浴びに行く。一応地獄に温泉はあるらしい。魔王が仲間と試行錯誤を重ねて作った人工温泉らしい。それもお前の趣味かよ?皮肉を投げると、うん。だって好きだし。皮肉が通じていなかった。阿呆である。
     本日は生憎雨である。連れ戻されるや否や、布を被せられた。
    「風呂焚く?」
    「いらね」
    「じゃあ塩昆布茶煎れるね」
     そういう絶妙な気遣いだけは冴は買っている。因みに潔が買え揃えている茶粉はどれも美味い。冴は遠慮しない男なので、魔王のくせしてなんでそういうの知ってるんだとずけずけと言い放つことができる。
     本日は一日ずっと雨が降るようだと潔は言う。潔は感覚が鋭いので、天候が手に取るようにわかるらしい。今日は外に出れないな。潔は呑気な顔で笑っている。あまり残念がっていない様子だ。
     冴だって雨が降って残念なんて思うような素直さは欠片もない。家の中に引きこもろうと外に出て散歩しようがやることは変わらない。魔王の監視は続く。朝から昼、昼から夕、夕から夜が過ぎても、魔王を監視続ける。
     夜天になっても、冴は魔王を監視する。魔王は地下へと降りていった。地下には牢がある。そこには――――凛がいる。
     魔族に転化した凛は獣のように狂暴化することが度々あった。魔王は暴走をする凛を鎮めるのだ。その様子を、冴は監視する。
     獣の咆哮が地下に反響する。咆哮を上げていたのは凛だ。凛は太い爪で潔の肉体を引き裂き、臓腑を全部掻き出して、床に頭や身体を何度も叩きつけて、本能のままに甚振るのだ。気が済むと、今度は喰らい付く。最初はただ噛みちぎるだけなのが、咀嚼を始める。それが夜明けまで続く。冴はずっと監視を続ける。
     凛から夥しい瘴気があふれ出ていた。冴でなかったら昏倒する程の濃厚さだ。瘴気の濃さは個体の強さを示している。潔曰く、凛には上級魔族の素質があったのだ。冴はその日潔を本気で殴り飛ばしたのを覚えている。
     凛は行方不明扱いになっている。幽閉の事実を知っているのは冴と潔、そして現世にいる魔王の手下だけだ。勘のいい奴らの目から凛を隠せているのは、魔王の力だけではない。魔王の眷属の協力もあってのことだ。魔王の眷属は地獄だけではなく、現世にも散らばっており、人間が欲に駆られて魔王を召喚しないよう、長いこと活動していたそうだ。この屋敷を手配したのもそれらである。そしてこの屋敷には、冴と潔の他、潔が地獄から連れて来た個体もいる。全部で三体。その三体が凛が外界に出ないよう見張り、隠しているのだ。
     デカブツが一体、坊主が一体、短気なのが一体。我牙丸、イガグリ、雷市というのだが、冴は覚える気が無い。
    「オイ。凛の奴、益々魔族に近づいてるんじゃねえのか?あいつ全く役に立ってねえじゃねえか」
     叩き潰した潔の腸を食い破って咀嚼していく凛を眺めながら、冴は短気に放り投げる。
    「違げえ!逆だ!むしろ潔の血があるから抑えられてんだよ!」
     あれがか?冴はちっとも信じられなかった。凛の狂暴化は増している一方だ。掻き出した腸を振り回して、玩具のように痛めつけるのを見てしまえば、そう思うのも無理は無い。
    「潔の血は魔族の食人本能を抑制する!あいつが人間を喰おうとしないのは、潔の血の効力が発揮されている証拠だ!」
     凛が暴れるのは決まって夜だ。気が済んだら凛は眠りにつく。確かに四年前と比べたら眠りが長くなっている傾向は感じられる。だが、その分、覚醒した後の狂暴性が比例しているようにしか見えないのだ。その間、潔は無防備に、反撃しないで、抵抗せずに、凛の暴虐を受け続けている。
     痛くないのかと問うたことがある。すっげえ痛えよ。と潔は包み隠さずに答えた。呆気からんとした笑みでそう答えたのだ。狂ってる。それもそうか。だってこいつは魔王なんだから。
     折り返した暴虐も一旦落ちどころにつく。潔の状態は、筆舌に尽くしがたい、凄惨なものだ。冴でなかったら恐ろしすぎて昏倒していたところだ。暴虐が暴食へと移行して、黒い血と生暖かい内臓を喰らう音が歪に響く。潔は仰向けに転がっていて、その腹に凛が食いついているという状態だ。その様子を、冴は目を離さずに監視し続けた。
     凛の態勢が変わった。唐突に馬乗りになって潔を見下ろしている。はあ、はあ、はあ。蛇のように長い舌がだらりと垂れる半開きの口から生ぬるい息を吐き散らして。血のような赤に染まった目には動物的本能に燃えていた。凛の真下に組み敷かれる形となった潔が不自然に固まったのを目にした瞬間に、冴は動いていた。地下牢に乗り込んで、潔から剥がすように凛を蹴飛ばした。
    「勝手に盛ってんじゃねえよ」
     身体を折り曲げた凛に、何度も足を踏み落とした。歪な顔面が変形しても何度も振り下ろす。どうせ顔をつぶしても再生するということを、冴はこの四年でいやという程見せつけられた。凛はだんだんと大人しくなっていく。
    …にい…ちゃ…。
     気味の悪い不協和音が、潰れて動かなくなった物体から、か細く鳴った。
     にいちゃ。にいちゃ。にいちゃん。
     不規則に、言葉を覚えたての赤ん坊のように繰り返しているのを聞いていれば、気がごっそりと削がれてしまった。
     冴は地下牢の外に無造作に置かれた椅子を引き寄せると、腰を下ろした。
    「いいからさっさと寝ろ。寝るまでここにいてやるから。凛」
     凛は冴の声を聴くと安心したようだった。瞼を下ろして、眠りにつく。言葉通りに座り続けた冴は視線を感じた。潔が、冴を見ている。青い双眸の奥が、小さくきらめいている。救ったつもりは毛頭なかったからこそ、気分の悪い視線だった。
    「見てんじゃねえよヘボ」
     魔王の頭を蹴りつけると、痛っ。と間抜けな声を上げて、恨めしい視線を投げて寄こしてきた。さっきと比べたらマシな視線だと安堵する。
     夜明けになり、凛が完全に寝付いた後、潔も軽く寝入った。魔王は不死の筈なのに、寝る必要はあるのかと、疑問を投げたことがある。潔はこう答えた。
     死なないのは常に力が働いているからだよ。流石に致命傷を受け続けたら消耗する。死なないけど疲れを感じるのはそのせいかも。腹が減らない代わりに寝ることで疲れを取るんだ。逆に寝ないと…そうだな、瀕死の状態に酸素を無理やり送り込まれている状態に近いかな?
     解るようなそうでないような微妙な答えだった。不憫な身体というのは解ったけれども。
     このようにして、四年間、冴は潔を監視している。その監視もおざなりになりつつある。何せこいつは、潔は、魔王のくせして魔王らしくないのだ。振る舞いや仕草は人間だ。瘴気もほとんど感じられないから、潔を連れて天敵の巣窟である本部に連れて行っても潔が魔王だってことがばれない。寧ろ糸師冴の秘書か部下と思われている。その上、そう、その上、馬鹿がつくぐらいのお人よしだ。俗にいう困った人は見捨てておけない人間。騙すより騙される側の人間。老人の荷物を代わりに持つ、怪我した人間を負ぶって医者まで運ぶ、迷子になった子供の親を一緒に探すなど、べたすぎるお人よしであった。
     一度冴は魔王に物申したことがある。
    「お前本当に魔王かよ。魔王らしくしろよ。ほら、こんなにうようよお前らの餌がたくさんうろついてるんだよ。襲えよクソが」
    「そんなのする訳ねえじゃん。俺は人は喰わねえって決めてんの。てかそれ退魔師の言うこと?」
     魔王は冴に真顔で全うで真面目な返答をした。
     そう、冴は思うのだ。こいつ、まじで魔王らしくねえよな。
     冴は思ったことは隠さない。遠慮だの気遣いだのとは無縁なのは勿論。歯に衣着せぬ物言いしかできない。なので冴はド直球に潔に訊いたのだ。
     冴が訊いたのは、魔王の始点(ルーツ)である。
     何でも答える潔は、珍しく口を濁らせ、無理矢理話を逸らして逃げた。隙あるごとに繰り返し尋ねるも、潔は逃げる。あまりにも逃げるので、言わねえと頭吹っ飛ばすぞと枕詞付きで物腰丁寧に尋ねるけれども、潔は絶対に口を割らなかった。
     なので攻め方を変えた。糸師冴は諦めの悪い男であった。屋敷にいる三体の眷属に訊いて回る。だが、眷属らも口を割ろうとしなかった。それどころか、途端に雰囲気が変わるのだ。すとんと、生気が抜け落ちた顔を並べ。そういうのは、潔の許し無しで話せる内容じゃねえんだよ。気が荒い奴まで気が抜けたような声を出す。触れてはならないものに触れたようだと、冴は肌で感じた。
     だからといって、そこではいそうですかと引き下がる男ではない。何度も言うが、冴は諦めが悪いのである。ということで、一番口の軽そうな奴を捕まえた。坊主頭の饒舌な餓鬼を拘束して吐かせた。
     潔が料理に精を出して離れている隙をついて、冴は坊主頭を追い詰めた。絶対に俺が話したって潔に言うなよ!と喚いて、坊主頭は語り始めた。魔王の物語である。長い長い、物語であった。
     物語を聞いて、冴は解った。知った。理解した。
    「冴、ごはんの前に風呂入る?」
     潔が冴の部屋に入って来た。潔を見た瞬間。
    「お前、元々人間だったのか?」
     隠しもしない言葉に、潔は目を丸くし、それから深くため息をついた。
    「イガグリ…っ」
    「ご、ごめん!でも、こいつに無理やりっていうか、言わなかったら細切れにして便所に流すって脅されたら答えるしかなくってさ~!」
     涙目で縋りつく坊主頭を、潔は恨めし目で睨みつけたが、諦めたようにまた息をつく。
    「…そうだよ。俺は元人間だよ」
    「へえ」
    「…反応それだけかよ。他に言うことは?」
    「ねえ」
     潔は物言いたそうに冴を睨んだが、冴が絶対に謝らない男だと熟知しているので、諦めた。
    「で、ごはん食べるの?食べねえの?どっち?」
     一度流された問いを繰り返す潔に、冴は言い放つ。
    「何でお前魔王に堕ちたんだ?」
    「まだその話すんの?」
    「おら。答えろ」
    「それは、俺が選ばれたからとしか言えねえけど」
    「誰に?」
    「それは……まあ、大昔の人に、だよ」
    「誰のことだ?」
    「どうせ冴は信じないからこれ以上は答えないよ」
     冴もそれ以上、潔から聞き出すことを辞めた。知りたいことは知れたので、満足だ。
    「…俺は今のお前しか知らねえからな。お前は魔王で充分だ」
     潔の目が冴に振り向いた。またあの目だ。青の双眸の奥に宿った小さな目。そんな目で見られてしまうと、欲が生まれそうになる。
    「冴…」
    「あ?」
    「ありがとう」
     無防備に笑いかけられると殊更――――潔を手に入れたくなってしまう。
    「死ね、クソ魔王」
    「はいはい。凛を元に戻したらな」
     罪は目の前にいる。



     魔王の物語。
     平和で豊かな小さな国があった。そこに住まう民は争いごとを知らない平和な者達で、国を治める王と王妃は心優しき人物であった。両親の豊かな愛情を受けて、王子はすくすくと健やかに育った。
     ある日、王子は森の中で、怪我をした狩人を見つけた。心優しい両親に育てられた王子は狩人を国に招き入れて治療した。助けられた狩人は王子の優しさに心を打たれて、そのまま城に住んだ。誰もが狩人を疑わずに受け入れた。
     狩人が国に馴染んだ頃、夜中にこっそり、王子を城から連れ出した。王子は引き返そうとした。その時には既に、国は燃えていた。狩人が王子を連れ出した頃合いに火を放たれたのだ。劫火によって平和で豊かな小さな国は滅んだ。
     狩人の狙いは最初から王子であった。王子を売り渡す為に、わざと怪我をして、王子を騙したのだ。王子を狙ったのは、東方の国の宰相であった。宰相は王子を一目見た時から執着していた。王子の容姿に淫欲を覚え、欲した。故に、王子の国を滅ぼしてまで、手に入れたのだ。
     彼は男娼となった。
     男娼は宰相に愛執された。やがて愛執は宰相の妻にまで及んだ。宰相家の家臣に蔑すまれ、その身を卑しめられた。男娼の味方になったのは、絵描きの息子だけ。絵描きの息子は男娼の友となる。友のお陰で男娼は支えられた。そして男娼は賢かった。その賢さは宰相を喜ばせた。宰相は男娼に知識を与えた。知識を得た男娼は宰相から仕事を任せられるようになり、信頼されるようになった。
     数年後のことである。疱瘡にも似た謎の病が宰相の一族に降りかかった。最初は宰相の子らにかかり、一月足らずで死去した。その妻とその子らにも相次いで次々に死去していった。宰相の妻も病にかかり、最後に宰相自身も病に侵された。宰相の一族は皆死んだ。家臣らは病を恐れて忌避するが、男娼だけが最後まで宰相を看取った。宰相は涙を流して、子に受け継がせる筈だった地位と財産を全て男娼に譲った。
     彼は宰相となった。
     宰相の御代は豊かだった。稀に見る大豊作の年が訪れ、国は豊かに栄えた。宰相の賢い知恵によって、国はさらに栄えた。元より優しい心の持ち主であったので、決して私腹を肥やさず、民のために心を尽くした。そのお陰か、飢える者はいなくなり、誰もが安心して暮らせる平和な国となった。最初こそ嘲笑していた民も、嫌疑的であった家臣らも、宰相を讃えるようになった。東方を治める国王もまた、宰相に絶大な信頼を寄せるようになった。
     だが、宰相は自分が人を狂わす力を持っていることを忘れていた。国王には一人娘がいた。姫君は重い恋煩いにかかった。姫君は密かに宰相と通じ合おうとするが、宰相は姫君の想いに応えることができなかった。元は男娼の身であった為、高貴な血筋を穢してしまうと訴えた。姫君はどうしても宰相と結ばれたくて堪らなかった。己の力に怯えた宰相は、国を出る決意をした。
     彼は旅人となった。
     旅の中で、多くの仲間を得ていった。親友であった絵描きの息子を始め、世助けの旅をしていた剣士、名高い栄誉を持っていた元近衛騎士、山育ちの野生児、腕は立つが貧しい家柄であった為出世出来なかった兵士、故郷がない傭兵、武者修行の旅をしていた拳闘士、旅に夢見る自称町一番の優男、巻き込まれてしまった門兵、寺院から飛び出した跡取り坊主…彼らとの旅は、旅人には代えがたいものとなった。旅人と仲間達は強い絆で結ばれていたのだ。
     旅に出て六百六十六日、とある街に入ると、よからぬ噂を耳にした。彼が捨てた東方の国の王と王妃が狩りの事故で身罷られ、一人残された姫君は悲しみのあまり閉じこもってしまった。姫君の王位継承の儀は滞り、良い縁談を持ち込もうにも、頑なに拒んでいる。果てには持病が悪化して、いつ後を追ってもおかしくない状態らしい。姫君が頑ななのは、宰相を待ち望んでいたからであった。
     旅人は心を痛めた。良かれと思っての行いによって、残していった者達を苦しめてしまったことにである。彼は略奪された身だとはいえ、彼にとってはもう一つの故郷であり、育ててくれた恩義がある場所だ。葛藤の末、彼は旅を終える決意をした。その旨を仲間に話し、一行を解散しようと告げて、帰ろうとした。仲間は既に旅人と強い絆で結ばれていたので、彼と共に行くと誓った。
     六か月で国に帰還したが、姫君は身罷られていた。崩御した王の遺言…姫君と結ばれた者が王位を継承せよ…とあり、忠臣らは旅人を次の王にと望む。無論、旅人は拒んだ。しかし、民の支持もあって、王位を継承した。死んだ姫君との冥婚が執り行われた。彼が姫君の骸骨に婚姻の接吻が送ることで、婚姻は結ばれた。
     彼は一国の王となった。
     彼の治世は素晴らしかった。彼が治める国はより豊かに栄えた。王は自分よりも民を大事にした。その献身に民はおおいに王を讃えた。王を支えたのは旅の中で得た十人の仲間達であった。彼らがいたからこそ、王は正道から逸れることなく、悪に走ることも無かった。
     王の治世は一年も満たなかった。史上最も栄えた時代であったのも確かだが、短命の時代であり、最後の時代ともなった。
     王の仲間に裏切り者がいた。その者の内通により、他国の侵略を許した。裏切ったのは故郷の無い傭兵であった。彼が幼き頃に失った故郷というのは、王の母国であったのだ。故郷が一夜で滅んだ元凶が王であったことを知った日から、裏切りを企てていたのだ。双子の王が治める国が豊かな財源を欲していると知っていたので、密かに内通して、国の財宝を対価に手引きをしたのだ。双子の王は傲慢の魔族を召喚し、人外の力を持って国を討ち滅ぼした。
    ――――こうして、彼の持つ『色欲』によって国が二つ滅んだ。
     民は殺され、国は荒らされ、家臣も多く失い、仲間の一人が魔族に殺された。僅かな民と仲間達を逃がす為、彼は剣と弓を持って、一人で魔族に立ち向かった。彼は無惨に身体を引き裂かれて絶命した。
     彼は死者となった。
    彼の魂は地獄に堕ちた。彼は飢えていた。魂が肉体から分離した影響なのかもしれない。彼は血肉を欲した。飢えを凌ぐため、地獄に跳梁跋扈する魔族らを喰い始めた。喰っても喰っても飢えが満たされないので、より多くの魔族を喰い散らかした。
     彼は魔族となった。
     彼は力を得た。人を魔族に転化する力と、魔族を喰らいその力を我が物とする力である。彼は現世への復活を試みた。不思議なことに、彼の肉体は一月以上放置されていたが、腐らなかった。彼の魂は地獄から抜け出して、現世にある肉体に戻ることに成功した。
     彼はまず仲間達を魔族に転化し、討ち捨てられた死体に喰った魔族の魂を付与して隷属とさせていき、自国を乗っ取った双子の王をも転化させて隷属とした。裏切り者は我が身の危険を察して逃げた。
    ――――こうして彼は、『暴食』の限りを尽くした。
     彼は魔族だけの国を創造した。彼の国は瞬く間に世界中に知れ渡った。多くの国が恐れて攻め込むが、人外の力を前に歯が立たず、更に恐れられた。
     ある帝国の王子が怠惰の魔人と契約をし、彼の国に攻め込んだ。その手引きをしたのはあの裏切り者であった。裏切り者は彼の報復を恐れて、最も強く大きな帝国に助力した。仲間が二人戦死した。裏切り者も殺された。怠惰の魔人の力に彼は窮地に追い込まれるが、怠惰の魔人を喰らった。
    ――――こうして彼は、『怠惰』の力を手に入れた。
     『怠惰』の力で、彼は常闇の国を創造した。太陽の下では弱体化する魔族が生きられる領域を作り、残った仲間と民を守った。
     時を待たずして、ある名高い魔術師が帝国と手を組んで、常闇の国に攻め込んだ。魔術師は傲慢の魔族を召喚し、彼と戦わせた。三度繰り返された傲慢の魔族との戦いは、世界を滅ぼしかねない程に熾烈を極め、死闘の果て、彼は傲慢の魔族に打ち勝った。
    ――――こうして彼は、『傲慢』を喰った。
     彼は魔王と呼ばれるようになった。彼は強い魔族を眷属にしていき、魔族の兵団を操って、近隣諸国を恐怖に陥れた。やがて彼の国は魔王の国と忌避され、地図からも消された。多くの国が団結して、討ち滅ぼさんと攻め込むが、悉く返り討ちにされた。人間らは魔族を倒すために団結し、大きな教会を作った。それが最初の中央大教会である。人と魔族の戦いが激化した混沌の時代の幕開けだった。
     彼の国が創造されて六十六年が経過していた。魔境となった彼の国を討とうと多くの退魔師が集められるが、彼の力の前に足元にも及ばず、悉く追い返された。
     その戦いに、二体の天の御使いが介入した。一体は六枚の羽を持った力ある御使いであるが、強欲だった。片割れは四枚の羽を持った力ある御使いであるが、嫉妬深かった。二体の天の御使いは人間を利用して、魔王の首を獲りに来た。人類史初の聖十字軍の始まりである。天の御使いは彼を追い込み、彼の愛する眷属を殺戮した。
    ――――こうして彼は、『憤怒』を覚えた。
     聖戦は二度起きた。彼は追い込まれた。だが、二度目の聖戦で、最初に嫉妬深い天使と戦い、その羽を喰らった。
    ――――こうして彼は、『嫉妬』を取り込んだ。
     彼は『嫉妬』の力で太陽を克服した。
     次に強欲の御使いと戦い、その羽を喰らった。
    ――――こうして彼は、最後に『強欲』を手に入れた。
     彼は地獄に渡る力を得た。生き残った仲間と、国、民と共に地獄に渡った。地獄で彼は支配者として君臨した。
    ――――こうして彼は、魔王となった。
     以上が、魔王生誕の物語である。















    読まなくても大丈夫なオマケ。
    十人の仲間 → チムゼ
    怠惰の魔人 → 凪
    傲慢の魔族 → 馬狼
    嫉妬の御使い → ネス
    強欲の御使い → カイザー
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