めぐる綺羅箱3*マカロンの暖かさ
カヌレを買った日から、1週間がたった。
今日は金曜日。軽い残業で会社を出ることができた。
以前買ったカヌレもおまけにいただいたクッキーや飴も、あのあとすぐに食べてしまった。
もっとゆっくり、1日に1つとかにしておけばよかったなと今頃になって後悔をしている。
今日は何があるだろうか。何をお勧めしてくれるだろうか。
そんなことを考えていたら、1日が早く過ぎたような気がする。
最近は、仕事でイラつくことが少なくなったし、部下たちもミスをあまりしなくなった。
なんとなくだけど部署内の空気がよくなった気がする。実際に、残業する人も少なくなった。
なんでなのかはわからないけど仕事がうまくいくならそれでいい。
今までは一番最後に帰る俺が、残業している奴らを置いて帰ることなんてなかったのに。
「先に失礼する」
そう言って帰ることができるようになった。
今週はあまり残業はしなかったが、あのお菓子屋には行かなかった。
というのも、義弟が乗り込んできたり、できていなかった部屋の掃除やら何やらで結局忙しくしていた。
そんなこんなで1週間と少しぶりに、loulakiに向かう。
最近はどんどん日が長くなるのを感じる。
普段なら夜になってから帰路についていたというのに。
なんて自虐をしながら、路地を進む。
夕暮れの街の明かりの中で、一番キラキラしている店がloulakiだ。
扉を開けようとしたら、ちょうどお客が出てくるところみたいだ。
母親と子供だろう。満面の笑みを浮かべた子供が、大きなケーキの入った箱を大事そうに抱えている。
「お母さん、お姉ちゃん喜んでくれるかな?」
「もちろん、喜んでくれるわよ。お姉ちゃんの好きなケーキだもの」
そう話しながら去っていく親子連れ。
バースデーケーキか。
自分の誕生日をきちんと祝ったのはいつが最後だろう?社会人になって、自分の誕生日を祝うことを忘れていたかもしれない。
お店の中に入ると何組もお客がいる。繁盛しているお菓子屋だということに今更気がついた。
思い返すと、一番最初に来た時は他を見ている余裕がなかったことに気がついた。
「いらっしゃいませ」
今日声をかけてくれた店員は、あの人でない女の人だった。
あの人はどこにいるのだろう。
店内を見回すと、妙齢の女の人と話しているのが見えた。
「藍さん、あの時のマカロン美味しかったわー。教えてくれてありがとうね」
「気に入っていただけたようで何よりです。今日は、焼き菓子の詰め合わせですか?いつもの、ちゃんとありますよ」
笑いながら常連の方と話している彼は、絶やさない笑みを浮かべていた。
マカロンか。
姉が以前にいただいたと言って食べていたことがあったな。
丸いものだったということしか覚えていない。
彼は接客で忙しそうだから、今日は店内を見てみようとお菓子の並んでいる棚を眺める。
一番最初に買ったクッキー缶。2回目のカヌレ。
今日は何を買っていこうか。
ケーキを食べたい気持ちもあるが、避けたい気持ちもある。
だとすると、また焼き菓子系にいくか、ゼリーとかの入れ物に入った何かにするか。
みているだけで癒されるたくさんのお菓子に、目が癒される。
「いらっしゃいませ。お兄さん。またいらしてくれたんですね」
そう声をかけてくれたのはあの彼だった。
「どうも。また来ちゃいました。盛況ですね」
「お兄さんみたいに何度も来てくれる人のおがけですよ」
そう言って笑った彼の笑顔は、常連のおばさんに向けていた笑顔とは違うと感じた。
なんというか、今の笑顔の方が、ちゃんと笑っているような気がする。
「今日は何をお探しですか?」
いつもかけてくれるこの言葉が、嬉しかった。
「何にしようか悩んでます。また、食べたことのないものがいいななんて思いながらお店の中見させてもらったんですけど、どれも美味しそうで決められそうにないです」
そう言って苦笑した。実際、並んでいるお菓子はどれも美味しそうで、どれも食べてみたいと思った。
「そうですね。……以前のカヌレ、甘すぎませんでしたか?」
「カヌレですか?ちょうどいい甘さでした。すごく美味しかったです」
そう答えると彼は、また一つ、今日は縦長の箱を持ってきた。
「これなんていかがでしょう?カヌレよりかは甘いんですが、くどい甘さではないので食べやすいと思います」
その箱の中には、先程の常連さんと話していた「マカロン」がいくつか入っていた。
「マカロン、ですか」
「ご存知でしたか。食べたことはありますか?」
「以前、見たことはあるんですがたべたことはないです。女性が好きそうなお菓子だななんて思ったりしてます」
そういうと彼は安心したようにいくつかのマカロンを見せてきた。
「確かに、女性が好きそうなお菓子ですね。いろんな味があって、いろんな色があるので楽しめますよ」
彼の手のひらには、色とりどりのマカロンが並んでいた。
「へえ。綺麗な色ですね。女性が好きなのわかりますね」
赤、黄色、緑に青。たくさんの色のマカロンたちが彼の手の中にあった。
彼の大きな手の中に収まるマカロンが小さく見えた。
この大きい手が、繊細なお菓子を作っていると思うとびっくりする。
「あんまり甘すぎないものだとなにがいいですか?」
今日はマカロンにしよう。
あの常連の人が話していたからではなく、単純に綺麗な形と色に惹かれたから。
「そうですね、甘すぎないとなると……」
そう言って彼はいくつかのマカロンを箱に入れて見せてきた。
「上から、キャラメル、ピスタチオ、チョコレートです。どうでしょう?」
見せてくれたラインナップは、落ち着いた色合いのマカロンだった。
「うちのキャラメルやチョコレートのマカロンは、甘さよりもカカオやキャラメルの苦さを無くさないようにと作っているので、思っているほど甘くないと思いますよ」
そういう彼は、自信満々の様子で俺の方を見てくる。
なんだか、可愛い人だなと思ってしまった。
「じゃあ、それでお願いします。あ、前回おまけありがとうございました。嬉しかったです」
「そう言っていただけると何よりです。お会計、1800円になります」
におやかな笑顔を残して、彼はレジに向かう。
お釣りを受け取り、マカロンの入った袋を持つ。
「今日もおまけ入れておきましたので、楽しみにしていてくださいね」
袋の中を見ようとした俺に向かって彼はそう言った。
「ありがとうございます。嬉しいです」
そう言った俺をみて、彼はちょっと目を逸らした。
「夜、遅いので気をつけて帰ってくださいね。またお待ちしています」
「ありがとうございます。また、来ます」
家に帰り、やることを終わらせた。
今日はマカロンがある。
ソファに座って袋を開ける。おまけの入った不透明な小さな袋を取り出す。
これは最後に開ける。
マカロンの入った箱は小さな箱だと思っていたが、俺の手の上にあると大きく感じる。
それだけあの人の手が大きかったということか。
箱を開けて、中に収まる3つのマカロンを眺める。
今回は、大切に食べよう。どれにしようか。
一番近いから、キャラメルを食べることにした。
食べたことのないマカロンは、想像していたよりも甘くなくてとても好みの味だった。
小さなマカロンは、いくらゆっくり食べても早く終わった。
「美味しかった……」
一息ついて、おまけを見ようと手を伸ばす。
袋を開けると、小さなメッセージカードと飴とクッキー。
前回と同じ中身。メッセージカードには、おんなじように走り書きで一言。
『無理しないでくださいね』
「……来週も頑張ろう」