めぐる綺羅箱*ゼリーの煌き
忙しかった仕事も繁忙期が終わったことで落ち着いてきた。
家に帰って冷蔵庫を開けたら、水と10秒チャージ系のゼリーしか入っていないことに気がつき、食べるものを調達しなければ何もできないことに気がついた。
家の近くのスーパーに久しぶりに入った。
なんとも言えないスーパーの寒さと、数の少なくなった野菜たち。
ちらほらといる独り身であろう人。
すぐに食べれるものをさがして惣菜コーナーに向かう。
「あーーー。なんか肉。あと、酒買って行くか」
ふらふらと歩いていたら、見覚えのある姿が見えた気がした。
夜遅くだし、あの人ではないだろう。
そう思って、酒を買いに行く。
ジャックダニエルを手に取りつまみを探しに行く。
途中、ゼリーが売っている場所を通った。
しばらくエネルギー補給系のゼリーしか食べていないし、いわゆるデザートのゼリーを食べたくなった。
ミックスフルーツ、ぶどう、みかん。
色鮮やかなパッケージが並ぶショーケースに、あのお店を思い出した。
あそこなら確実に美味しいゼリーがあるのはわかっているが。
誘惑に負け、いくつかのゼリーをカゴに入れる。
コーヒーゼリー、グレープゼリー、ミカンゼリー。
「……、甘いものしかねーな」
しょっぱいものが欲しい。
揚げ物でもいいな、何か、ガツンとしたものを探そう。
「あれ?」
聞いたことのある声が聞こえた気がした。
「やっぱり、お兄さんじゃないですか。こんなところで会えるとは思いませんでした」
そう言って声をかけてきたのは、お菓子屋さんのあの人だった。
「あ、loulakiの店員さん。今日はお店はお休みなんですか?」
私服なのか?ラフな服装でカゴを持っているお兄さんの姿に見慣れるはずがなかった。
「今は休憩中です。足りないものがあったので買い出しを兼ねてちょっと外の空気を吸いにきたんですよ。お兄さんこそ、お仕事終わりですか?」
「ええ、久しぶりに定時で帰ってこれたので家で食べようと思ったんですけど冷蔵庫の中に何もなかったので、買い物に」
カゴの中にウイスキーとゼリーしか入ってないのに何を言っているんだ俺は。
もう少し、ちゃんとした物を入れるべきだろう。
……ちゃんとした物?なんでそう思うんだ?
「そうだったんですね。ゼリー、お好きなのですか?」
ちらりとカゴの中を見た彼。お菓子屋さんの目の前で市販のものを持っていて申し訳なさがあった。
「無性に食べたくなってしまって。お菓子屋さんの目の前で市販のゼリーなんて申し訳ないんですけどね」
正直に言うしかなかった。
それを言うと彼は、綺麗な笑顔を向けてこう言った。
「であれば、この後お店に来ませんか?軽食とお酒も出せるので、お兄さんさえ良ければ」
「そんな!申し訳ないですよ。休憩中なのに」
「お兄さんに楽しんでもらえるなら問題ないですよ」
そう彼が言うので、言葉に甘えることにした。
今すぐ食べるためではない買い物に切り替え、荷物を置いてからloulakiに向かう。
ちょっとした手土産を、とも考えたが何を持っていけばいいかわからないし、お店もそんなに空いていないからやめることにした。
お店に着くと、いつもは見ないアルバイトであろう店員とあの人が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。お待ちしていましたよ」
そう笑う彼の笑顔はやはり輝いていた。
店員さんに案内されたのは、店の奥にあるイートインスペースだった。
「こちらでお待ちください」
そこからは厨房がよく見えた。
作っているところを見せるためのレイアウトであることがわかる場所だった。
そんな場所で、彼が着替えて準備をする様子を眺めてしまった。
「ふふ、気になりますか?」
照れたような笑みを浮かべた彼はそう尋ねる。
そんなに凝視していただろうか。
「すみません、そんなに見てましたか?」
「見れるように作ってあるので構いませんよ。それより軽食はいかがですか?夕食とか食べられましたか?」
見透かされたような気がした。
空きっ腹に酒とゼリーと入れようとしていた自分がバレてしまったと感じた。
くるる。と小さく鳴るお腹。
それが聞こえたお兄さんは、ニコリと笑い、準備しますね。と厨房に入って行った。
彼の後ろ姿はどこか楽しそうで、何故か自分が照れてしまうのがわかった。
むず痒いような、椅子の座りが悪いような。
そんな気持ちで今まであまり見ることのなかった店内の様子を眺めた。
質の良い調度品に、シンプルな装飾。彼らしく、華美でない店内は、どこか落ち着くものだった。
「こちら、紅茶になります。ミルクとシュガーはどうなさいますか?」
店員さんがそう言ってソーサーをもってきた。香り高い、良い紅茶であることがすぐにわかる。
「ストレートで…。ありがとうございます」
飲み物が手元に来たことで、自分が緊張していたことに気がついた。
改めて店内を見ると、キレイなだけではなくて温かみのあるお店だと言うことに気がついた。
照明器具、テーブルクロス、花瓶。どれもセンスが良く、実家とは違う安心を覚えた。
「良いでしょう?このお店。私と弟の好きなものを詰め込んでいるんですよ」
彼はそう言ってティースタンドを持ってきた。
「弟?兄弟で行っているんですか?」
「ええ。昼間は弟が、夜は私が切り盛りしているんです。」
彼の持ってきたアフタヌーンティーセットは、軽食からスイーツまでたくさんのものが煌びやかに並んでいた。
「さ、まずはこちらをどうぞ。ゼリーは少しお時間いただきますので、召し上がりながらお待ちください」
テーブルの上に置かれた色とりどりの軽食は、食欲をそそるものばかりだった。
サンドウィッチにスコーン、チーズケーキなどが今にも食べてくれと言わんばかりに並んでいた。
昔に覚えたマナーが、こんなところで役に立つとは自分も思っていなかった。
新鮮な野菜と玉子の入ったサンドウィッチ。
スコーンはしっとりしていて、クロテッドクリームとジャムが宝石のように輝いていた。
チーズケーキ、甘さ控えめでチーズ本来の旨味が感じられるものだった。
紅茶との相性がバッチリなものたちをいただきながらスイーツを待つ時間は、すごく心地の良いものだった。
厨房では、彼が鮮やかな手つきで何かを作っているのがわかる。
果物の皮を剥いている様子だけで、何かの絵のように見えてしまう。
「そんなに見られると、緊張しちゃいますよ」
そういう彼から、緊張しているようなそぶりは全く感じられなかった。
「全然そんな感じには見えないですよ」
そんな言葉を返せるほどに、自分がこの場所に絆されていることを感じた。
「そういえば、先ほどぶどうとみかんのゼリーを購入していましたが、好きなんですか?」
「見ていたんですね。ゼリーといえば見たいな気がして好きなんですよ。いろいろ入っているものより、一つのものがたくさん入っている方が贅沢な気がするんですよね」
特別にブドウやみかんがすきというわけではないが。
「では、その二つを入れたものにしましょうか」
にこやかな笑顔で、こんなことをいう。
「良いんですか?」
メニューを見ていないので分からないが、リクエストできるようなものがあるのだろうか。
もちろん、と言った彼は楽しそうに作り始めた。
本当に好きでこの店をやっているんだな。
彼の作業姿を見ながら紅茶を飲んでいるだけで、すごく贅沢な気がする。
「さあ、出来ましたよ」
目の前に出されたものは、何種類ものゼリーが重なりあったとても美しいものだった。
「ぶどうと柑橘のゼリーです。気に入っていただけると良いのですが」
そう言って、近くの席から椅子を持ち出した彼。
人前で甘いものを食べるなんていつぶりだろうか。
姉のお菓子以来かもしれないな。
「あの、写真撮っても良いですか?こんなきれいなゼリー、見たことないです」
そう聞くと彼は笑顔でうなずいてくれた。
慣れないカメラアプリを使い、一番きれいな角度で撮る。
写真を確認して、やっとスプーンを持つことができた。
フルーツのたくさん乗ったそれは、スーパーで買った市販のゼリーなんかより上等な、高価なものだ。
一口、口に入れたそれは、今までのゼリーがチープなものであったことを感じさせるほど美味だった。
「……美味しい」
口からすんなりと出たその言葉は、彼の笑みを深くさせるものだった。
「気に入っていただけたようで、何よりです」
目を細めて笑う彼は、美味しいスイーツに欠かせない調味料なのかもしれない。
「これ、柑橘って何が入っているんですか?」
「レモンとライムです。ミカンほど甘くないですが、ブドウのゼリーが甘いのでさっぱりしませんか?」
彼のいうとおり、ブドウの甘さとレモンとライムのさっぱりとした味がすごくあっていた。
「ライムのゼリーなんて、初めてかもしれないです。美味しいですね」
美味しいゼリーに負け、目の前の彼を忘れてただ食べてしまう。
「はあ、美味しかった…」
器の中を空にして、口の中を空にして。やっと店員さんが前にいることを思い出した。
「あ、すみません。夢中で食べてしまいました」
ニコニコとこちらを見る彼は、満足げだ。
「目がキラキラしてましたよ。気持ちの良い食べっぷりでした」
目の前の美丈夫にそんなことを言われて照れない人はいるのだろうか。
自分の顔が熱くなるのを感じた。
「そういえば、お酒も買われてましたよね?飲んで行きます?」
にこやかにそういう彼。
どう返事をしようか迷っていると、店の向こうからもう一人の店員さんが
「曦臣さん、彼、困ってますよ」
なんて笑みを忍ばせながら声をかけるから、なおさら照れてしまいそうになる。
「ここ、お酒も出しているんですか?」
「ええ。お客様の希望があれば」
ふと壁際を見ると、リキュールの瓶が並んでいる。スイーツにもお酒は使われるし、と思っていたが、飲むこともできるのか。
「では、次の機会にいただいても良いですか?」
「もちろん。お待ちしていますね」
家について、贅沢なゼリーを思い出した。
あれほど美味なものはもう味わうことはないだろうなと思いながら、ハイボールを作った。