今日は何の記念日?「はい、ここでリッツに問題です。今日は何の記念日でしょう?」
「えぇ~知らないけど……この前はなんだっけ?」
「この前はセナとおれが付き合って、初めてお花見した日です」
「あ~そうそう。で、答えは?」
「……わかんない」
「あ、それで今日セッちゃん一緒にいないんだ?」
「も~! 記念日がいっぱいあって覚えられん! 付き合った日くらいでいいじゃん!」
「じゃあその、付き合った日はいつなの?」
「えぇと……夏だったかな? いや秋だったっけ……」
「覚えてないんじゃん」
ファミレスにリッツを呼び出して、カラカラと音の鳴る炭酸を二人で飲む。そこらのアスファルトにはヒナゲシがたくさん芽吹き、タンポポが風に揺られ綿毛を飛ばしている。上着はいらないけれど、半袖を着るのにはまだ早い。そんな季節。
「セッちゃんの愛が重いってのは、わかってたんでしょ?」
「わかってた! だけど、愛の重さだったら負けないはずだったんだよなぁ~」
ズココ。空気を含んだストローが音を立てる。セナがニコニコしながら、今日はなんの日か覚えてる? なんて聞いて来たのがほんの三時間ほど前。えーっと、なんだっけ? と答えた途端に、般若の顔になって家を出て行ってしまったのはその五分後のことである。
「恋人になったら、そんなに記念日いっぱい作るもんなのか?」
「人によるんじゃない? 俺は面倒なのであんまり記念日はいらない派~。でも、ま~くんとなら毎日が記念日でも嬉しいかな」
「嬉しいねぇ。セナも嬉しいのかな?」
「嬉しくないと、こんなにいっぱい記念日作らないでしょ」
「う~ん。そっか」
こんなに記念日があっても覚えられないし毎日のように祝わないといけないし、正直面倒だな。と思っていたけれど、セナはおれと祝う記念日を嬉しく楽しく思っているわけか。それならセナの気持ちも尊重してあげないとな。と思う一方で、今日が一体何の記念日なのかはてんで思い出せそうになかった。
初めて花見をした……初めてキスをした……真ん中の誕生日……おれの誕生日、セナの誕生日……付き合って初めて家に行った……どれも違うな。春……おれはセナと何してたんだろう……。
「いつもの如く、降参したら? 花でも買って帰ってさ」
れおくんは俺のこと好きじゃないんだ。だから忘れちゃうんだ。花なんかで絆されると思ってるわけぇ? まぁ、花に罪はないから、リビングに飾っておいてあげるけど。なんて言ってるセナの姿が目に浮かぶ。だいたい記念日って言っても、勝手にセナがつけているだけで、おれには知らせてくれない。今日のように急にクイズが始まって、ちょっとだけセナが拗ねて、正解を教えてもらって仲直りをする。記念日を忘れているからと言ってセナのことを愛してないわけじゃないのに、セナはおれの愛を測りたがる。
「一回くらいは思い出したいんだよなぁ」
「月ぴ~が覚えてるの、セッちゃんの誕生日くらいでしょ?」
「いくら覚えが悪くても、それだけは忘れないぞ!」
話し合っても結論が出なかったので、今日も話を聞いてくれた友人に感謝して、助言通りに花束を持って帰宅した。スイーツを買って帰るわけにもいかないし、化粧品なども好みがあるだろう。晩ごはんを買って帰っても、セナが何か作っているかもしれない。無難かつ効果的と言えば、やはり花なのだ。
「ただいま~」
「おかえり」
セナは家に帰っていた。そして何やら晩ごはんを作っている。ケチャップとにんにくの香ばしい匂いが肺に入ってきて、ぐぅ。と雰囲気にそぐわない音がお腹から聞こえた。
「セナ、その……ごめん。これ、お詫び」
「へぇ? 綺麗じゃん。ピンク色で、俺たちが出会った日によく似ている色だねぇ。思い出したってこと?」
「ん……?」
あれ、セナが思ったより怒ってないぞ? その上鼻歌を奏でながら手際よく作られているのはおれの好きなナポリタンだ。セナのことを不思議に思いながら、おれは持っていた花束を食卓のど真ん中に設置した。花は店員さんに勧められるままに包んでもらったので、ピンク色が入っていたのはたまたまだったけれど、それが良かったみたい……?
「今日は『俺たちが初めて出会った記念日』だもんねぇ?」
「あっ!」
なるほど。そういうことか。夢ノ先に入ってから数日後、校内で迷子になってしまったおれは、たまたま辿り着いた桜の木の下で作曲していた。あんた、こんなところで何やってんのぉ? と声を掛けてきたのがセナだったんだけれども、どうやらその日をセナは記念日に認定していたようだ。
食卓にならぶおれの好物たち。真ん中に華やかな花が咲いているだけで気分も明るくなる。手を合わせてフォークを手に取り、くるくるとスパゲティを巻き付けて口の中へ入れる。うん。いつもの味。おれの好きなウインナーがたくさん入っているセナの味。
「次の記念日はなんだと思う?」
「ン~……おれの誕生日!」
「正解♪ 楽しみにしててよねぇ?」
次々と出てくる記念日。おれはそれに翻弄されながらも、精一杯祝ってくれようとするセナを、今日も好きだと思わずにはいられないのであった。