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    dokoka1011056

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    かきかけ

    #レイトン教授と洒落にならない怖い話

    洒落怖レイトン3AM7:30、学務課から連絡が入った。台風の影響で公共交通機関が一部終日運行見合わせになったという。その影響で、本日の1限の考査監督の××先生が来られなくなってしまったため私に代理を頼みたいという事だった。自宅が大学から近く車で通勤できるため、このような呼び出しは珍しくない。

    教室のセッティングをするためにすぐに家を出た。鈍色の空、叩きつける冷たい雨粒、低く唸る暴風。億劫な気分を押し殺して車に乗り込んだ。
    街に人通りはほとんど無く車も疎らだった。皆のろのろと、自宅に後ろ髪を引かれながら出勤しているのだろうか。

    15分ほどで教員駐車場に着いた。車に積み込んである傘をさそうとしたが、しなる街路樹とガシャガシャ音を立てる金網を見て止めた。シルクハットと鞄を抱えて走って校舎に滑り込む事に決めて車を降りた。


    走り出してすぐに立ち止まる。街路樹の根本に倒れた牛乳瓶と、1本の白いガーベラを見つけたからだ。
    少し考えてからなんとなく駆け寄る。様相をパッと見るに献花だろうか。花を拾い上げよく見ると、傷みもなく瑞々しい印象を受けた。供えられて時間が経っているようには思えなかった。
    しかし、雨の中立ち止まっている事実がそれ以上の長考を遮った。瓶底で地表のチップを少しこそげて、緩んだ土に3センチくらいグリグリと埋め込み、安定したのを確認してガーベラを挿し、そしてまたすぐに走り出した。


    ほんの少しの距離だったがかなりの水滴が纏わりついていた。上着を手で軽く払い、ハンカチで髪の水分を取ってシルクハットをかぶった。

    1限の教室でセッティングをしながら窓の外を見る。雨粒を通り越して滝のような水が大きな音を立てている。生徒はちゃんと来られるのだろうか。時刻は8:15。普段ならちらほら生徒がいる時間だが、やはり登校できない生徒が多いのだろう。

    「おはようございます、レイトン先生」

    くぐもった声がして振り返ると、テスト用紙に両手を塞がれた助教の○○先生が入り口に立っていた。
    足で扉を開けようとして失敗したらしく、重みのある扉を爪先で僅かに開き、ぷるぷると片足で立っていた。私は慌てて入り口に走った。





    8:45ごろ、学務課から大事をとって考査は後日行われることになったことが伝えられた。教室にいた15、6人ほどの生徒たちは、「帰れるうちに家に帰るように」と学校から追い出され、暴風雨に溺れる街に散っていった。

    「いや〜学務課も鬼ですね…こんな雨の中帰らせなくても、ねぇ…」

    彼の言葉に、私も苦笑いしながら頷く。
    教室の片付けを済ませたあと、私たちは給湯室でインスタントコーヒーを飲みながら立ち話をしていた。

    「○○先生ももう帰られますか?」

    「いや、実は僕昨日からいるんです。××先生に資料整理頼まれてて。テスト終わったら一旦帰ろうと思ってたんですけどバス止まると思わなくて
    …完全に帰宅困難者になっちゃいました…」

    困ったように笑う目元には深いシワと濃い隈が浮いていた。彼は助教ではあるものの、恩師である××教授に半ば助手のように扱われている。
    博士号を取り教員として働くような者は総じて若くはないが、彼は助教としてもむしろベテランである。厭世家か変人か…と言われるような人種が特に多いこの業界で、彼のような人格者は稀であると感じる。
    人当たりの良い笑顔は誰に対しても平等に向けられる。「こんな風に歳を重ねたい」と憧れる同僚も多い。

    だが、私にとって彼は少し苦手なタイプの人間であった。その人当たりの良さやコミュニケーションスキルの高さに異存はないが、予定調和のような、言葉が上滑りするような会話であると感じることが多々あるからだ。手のひらで転がされているような、望んだ展開・言葉を引き出されているような、そんな漠然とした不安感。

    ほら、また会話が続かない。
    互いに発した愛想笑いが、狭苦しい給湯室の空気に溶けて消える。無言の中で、大して味も香りもないコーヒーを啜る。中身が半分も入っていない紙コップを両手で包み、さも味わっているような仕草で口元を隠す。
    そんな葬式のような雰囲気を繕うように、○○先生がパッと顔を上げて言葉を紡ぐ。

    「でもまぁ、まだ資料整理終わってないんで。どっちにせよもう1徹です」

    「大丈夫なんですか?○○先生さえよろしければ、車で送りますよ」

    「いえ、もうひと頑張りします!」と、自分を鼓舞するように力強く宣言した彼は、紙コップに残ったコーヒーを一気に飲み干し給湯室を後にした。私はその背中に会釈したが、ふと先程の出来事を思い出し、廊下で彼を呼び止めた。

    「○○先生、最近大学の近くで交通事故はありましたか?」

    「え?いえ、聞いたことないですけど…」

    何かあったんですか?と逆に尋ねられ、駐車場で献花を見たと伝える。
    彼は少し思い出そうとするようなそぶりを見せ、「やっぱりわからないや」と答えた上で、

    「でも、こんな日に朝から献花なんて物好きな人もいるんですね」

    とおかしそうに言って去っていった。


    大学でしなければならない用事が無かった私は自宅に帰ることにした。
    たった2、3時間で雨風は更に勢いを増していた。シルクハットと鞄を上着で包み、胸元に抱えて走った。駐車場に入る間際、横目に街路樹の方を見ると、瓶だけがぽつんと残され白い花弁が数枚散らばっていた。




    次の日も、昨日ほどではないにしろ中々の雨だった。だが、公共交通機関の遅延や運停はなく、予定通りに考査が実施される。私が試験監督を担当する試験も1限から実施されるので、昨日と同じ時間に家を出た。車を降りた後濡れるだろうと思ったのでタオルと傘も積んだ。

    教員駐車場の手前で、すれ違った物を思わず二度見した。動揺してブレーキを踏んでしまい路駐しかけたが、片側1車線の道に駐車するのは躊躇われ、駐車場にハンドルを切った。
    車を降りて、小走りになりながら傘を広げる。

    見間違いではなかった。また、あった。
    牛乳瓶にさされた白いガーベラ。昨日の今日で何か思うところがあったのか、校舎に程近い大きめの街路樹の根元に、針金でぐるぐる巻きの状態で結びつけてある。
    瓶側は上から下まで隙間なくコイルのように巻き付けられ、木側は幹を何周もして端をペンチか何かでしっかりねじってある。もはや執念すら感じられるほど丁寧に設置されている。学習すべき点が違う。

    「わざわざこんな日を選んで献花しなくてもいいのに…」

    そう呟いた瞬間、何かが繋がった気がして思考が深くなる。綺麗な瑞々しい花弁、悪天候にも関わらず朝から献花…。
    傘を差していることで雨の中考察に耽りそうになったが、1限があるという事実が長考を遮った。




    その日、7人の教員・職員に大学付近での交通事故の有無について尋ねたが、事故の存在を知る人物はいなかった。それどころか、献花の目撃情報すら得られなかった。
    皆一様に、「いつからどこにそんなものが?」と首を傾げるばかりだった。

    ダラダラ長引くと思われた台風は意外にも今日1日で過ぎ去ったようだった。朝はビタビタと窓を叩いていた雨粒が午後にはしとしと降る程度になり、3限が終わる頃には日光が見えるほどになった。ご機嫌を取り戻した空を見ながら、気もそぞろに試験監督を務めた。

    話を聞いた7人のうち、4人は自家用車で通勤していて3人は徒歩・公共交通機関を利用して通勤している。
    後者の3人のうち1人は昨日大学には来ておらず、2人は総務課の職員で7:00には大学に居た。前者の4人のうち昨日来校していた人は2人で、2人とも駐車場を利用したのは午後である。本日は、4人のうち3人が8:00〜9:00の間に利用していた。

    母数が少なすぎて大した考察はできないが、要するに現段階では、昨日も今日も献花を目撃したのは私が最初で最後ということだ。奇妙な状況である。私が朝献花を目撃してから消失するまでの時間が短すぎる。
    昨日に関しては、あの後強風で残った瓶も吹き飛んだり、何者かに撤去された可能性もあるが、本日は違う。あれだけ徹底的に縛り付けられているものが吹き飛ぶのはありえない。私が駐車場を利用した7:45頃から次の利用者が来る8:00までのわずかな時間で、誰かがあの針金をすっかり全部外して献花を撤去したということになる。

    …いや、普通に考えて管理人か誰かが不審物を撤去しただけという可能性もある。そもそも事故もないのに供えられた花、不審物以外の何物でもない。それに、探せば自分以外に目撃者もいるはずだろう。自分でもわからない。何故あの花がこんなにも気持ちの悪い物に感じるのか。
    完全に堂々巡りに陥る前に思考を強制的に断ち切ろうとするが、無数の机の間を意味もなくグルグル巡回していると嫌でも思考が止まらなくなる。

    ふと、○○先生は今日いらっしゃるだろうかと思ったが、あの人はバス通勢だからきっと献花も見てないだろう。それに、もう一徹すると言っていた。2徹明けの今日は流石に帰ってしまっているだろう。





    夕方、母が突然家を訪ねてきた。友人の家で食事会があり、手土産に作ったニシンのパイ(スターゲイジーパイではない)を多く作ってしまったため、お裾分けしに来たという。

    「ちゃんとしたごはんを食べなさいね」

    念押しされながらパイの入ったバスケットを受け取った。ずっしりと重いバスケットには2皿分のパイが入っており、私に差し入れるためにわざわざ多く作ったであろうことは想像に難くなかった。
    母の気遣いと久しぶりの手の込んだ料理は素直に嬉しかったが、この歳になって親に食事の面倒を見られるのはかなり複雑な気分だった。繁忙期のボロボロの姿を見られなくて良かった。心配性の母のことだから、毎日様子を見に来るに違いない。

    外で父が路駐して待っているらしく、母は慌ただしく友人宅に向かっていった。歩道まで出て母の背中を見送り、反対車線に停まっている車に向かって手を振った。運転席の父はにっこり笑いながら手を軽く振って、クラクションを一つ鳴らして去っていった。
    車が曲がり角に消えるまで見送ってから、家に入ろうとくるりと振り返った。




    献花が、軒先にあった。
    白いガーベラが風に揺れている。

    一瞬思考が止まり、体も振り返った姿勢のまま固まった。雑に動き出した思考はそのまま有効回転せず、「えぇ…」と困惑とドン引きが入り混じった気持ちが口から音になって漏れ出る。周囲を一瞥して人がいないのを確認し、若干警戒しながら玄関に歩み寄った。
    今さっきドアを開けて出てきた玄関の、ドアの前に置かれた献花を見下ろす。歩道から玄関までは僅か数メートルしかない。テラスドハウスの住宅なので両隣との間には植え込みくらいはあれど家と家の間に隙間はない。
    この一瞬で誰にも見られず献花を置いて立ち去ったとすれば、犯人は相当な隠密機動力をもった人物か、ご都合力に守られたキーパーソンに違いない。

    そのとき、ゴォッと低く唸った風が吹き抜けた。ガーベラの満開の花弁が風を受け、歪みながらはためく。その勢いのままに倒れそうになる瓶を見て咄嗟に手に取ってしまった。
    瓶を手にして立ち上がった。雨上がりの街は晴れ上がっていて、西陽を受けてきらめいている。手の中の濡れそぼっている瓶も、同じようにツヤツヤ瞬く。こんなにも綺麗な空なのに吹き荒ぶ風は身を切るように冷たい。濡れてしまった指先を拭いたくて、すぐに家の中に入った。

    手と瓶をタオルで拭ったあと、とりあえず献花はリビングの窓辺に置くことにした。屋外にあったものをテーブルやキッチンに置くのは抵抗があったので、その次くらいに目につく場所に置くことにした。
    多少の気持ち悪さは感じるが、証拠品になるかと思ったので保管することにしたのだ。飾る意味は特に無いが、花の方を長持ちさせるためには活けておいた方がいいと思った。それに、瑞々しく咲いた花はそのままゴミ箱に棄ててしまうには、あまりに可憐だった。

    とり皿に盛り付けたパイを食べながら、設置者の目的に思いを馳せた。
    近くに人がいる状況でもわざわざあのタイミングを選んで置いていったのだから、どうしても他の人間に見られないように私だけに献花を目撃させたかったのだろう。見せつけることは設置者の存在、あるいは意図を意識させるには非常に効果的に思える。

    嫌がらせが目的なら、その目的は十分に達成されていると言っていいだろう。しかし、嫌がらせにしては遠回し過ぎると感じた。対象をある程度監視しているなら、初めからもっと生活圏に近い場所で活動することもできるはずだ。住所が割れているということはそれ自体がかなりストレスになるだろうし、ターゲットに確実に接触することができる。職場でも似たようなものだとは思うが、私だけに献花を見せつけたいという意図と矛盾しているように感じる。
    そもそも、嫌がらせの品が献花である意味もよくわからない。世間一般では、危険物とか小動物の死骸とか、もっとわかりやすく害意を感じさせる物なのではないか。花、というと初めに私がそれを供え物と認識したように、ともすれば好意、真逆の意味に捉えられかねない。そこで、ストーカーという嫌な単語が脳裏に浮上したが、その仮説は食い気味に却下された。お隣さんや同僚がストーカーだなんて、嫌すぎて考えたくない。

    この手の事件について芯の通ったロジックなんて無いかもしれない。考えるだけ無駄で、振り回されて終わるのかもしれない。それでも考えることを諦めたくなかった。生来負けず嫌いなのかもしれない。
    それに、たとえ何の生産性もない思考過程だとしても、考えることそれ自体が心地よいのは事実だった。カラカラと音を立てて空回りする回路が最終的に導き出す答えが、呆れるようなこじつけでも構わないから、ただ形ある全体像が見たかった。



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