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    narehate42

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    ワンライ/嘘

    #曦澄

     意識が浮上する。
     ひとつまたたいた。まだ、夜のさなかだ。
     刻限はわからないが、夜明けは遠いだろう。
     身じろぐと、背後から伸びる腕が体にしっかりと絡みついているのに気づいた。
     目を覚ましているのかとしばらく様子をうかがってみる。耳元に規則的な寝息が聞こえてくる。では、眠っていてこれか。
     身動きも取れそうにない。水を飲みたかったが仕方がない。払暁までもうひと眠りするかと目を閉じた。
     この腕の中だけが帰る場所であったなら。
     一体それはどんな幸福で、どんな恐怖だろうか。

     子供を静かにさせるときにはお決まりの「嘘(シーッ)」という動作だ。
     でもそれを、あろうことかその名も高き沢蕪君がやっているというのは、ちょっと見ない光景である。
     沢蕪君は校服の裾を一切気にすることなくその場に膝を折って、まだ幼い金凌に目線を合わせて微笑んでいる。
    「金公子。しー、はできるかい」
    「しー? できるよ!」
     それじゃあ、あれは、これは。ご機嫌で「できる!」と笑う金凌はかわいいが憎たらしい。
     子供というのはまったく気まぐれな生き物だ。さっきまでイヤイヤをしていたと思ったら、もうすっかり沢蕪君に懐柔されている。
     江澄はぐったりして肩を落とした。子供の扱いなんてさっぱりわからないが、この世にただ一人の甥だ。ほんの少しでも目を離したくはなかった。
     とはいえ自身は外叔である。それがなぜ金家に出入りし、継嗣である金公子の養育に多少とはいえ口を出せるのか。金凌にとっては同じく叔父に当たる金光瑤が、若くして身内を喪った江澄を慮ってくれているのにすぎない。
    「沢蕪君。その、すまなかった。私はどうも、子供の扱いというのがうまくないようで」
    「江宗主。いや、阿瑤のまねをしただけで、たいしたことは」
     声をかけると膝をついた体勢のままこちらを向いて笑いかけてくる。その言葉の内容にすっと胸が冷えた。睦まじいのだなとか、この人には友があるのだなとか思う。自分は、そのようにはなれなかった。隣にいない男のことは思い出したくもない。

    「おじうえ! おじうえも、しー、して!」
     江澄にとって子供というのは理解が及ばない生き物だった。
     自分が子供だったころは、もうずいぶん遠い。転がるようにしてぶつかってきた甥がなにを思って自身の足にしがみついてくるのか、江澄にはわからない。
     わからないなりに、この子のことは愛しいと思っている。
     自分に愛とかいうものがあるなら、それはこの甥と雲夢とで等分するためのものなのだと思う。
    「金公子は叔父上が好きなんだね」
    「うん! それに、しぇんずーも、やおおじうえもすき!」
     でもあいつと、あいつと、あいつはきらい! いやなこと言うから、とたいへん元気なお返事である。江澄は金凌が挙げた名前を脳内にしっかり書き留めておく。物理で脅しをかけることも辞さない。
     まだまだ軽い甥を抱き上げてやりながら、ふと江澄は藍曦臣を見た。
     単なる思いつきで、誓って好き以外の答えが返ってくるとは思ってもみなかった。
    「阿凌、沢蕪君のことはどうだ? 好きか?」
    「うーん、ちょっとすき」
     ちょっとってなんだ。
     思わず藍曦臣を見ると、言われた当人も頭に巨大な疑問符を浮かべて江澄を見ている。こちらを見られても困る。
     江澄のかわいい甥は視線に気づいたとたん、
    「ちょっとだからね!」
     と言ってツンとそっぽを向いてしまった。ぷうっと膨らませた頬にはサンザシ飴でも詰め込んでいそうな具合だ。
    「阿凌。なにがちょっとなんだ?」
     甥は答えることなく、代わりに江澄の胸もとにしがみついてくる。ぐりぐりと頭が押しつけられるので、後頭部を撫でてやった。
    「嫌われてしまったかな」
    「いや、そういうわけでもないようだが……」
     子供の考えることはよくわからない。
     さっきまで楽しそうにしていたと思ったが。

     そろそろ帰ると言えば、甥はすっかりふてくされてしまった。自身は江氏の宗主であり長く雲夢を空けるわけにはいかないこと、金家の継嗣である甥の側にはずっといられないこと、などを懇々と諭す。
     ぐずる甥に後ろ髪を引かれる思いで金鱗台を後にした。
     その日は甥と一緒に沢蕪君が見送ってくれた。きっと泊まっていったのだろう。



     ずいぶん昔の夢を見て目を覚ました。
     甥がまだ幼かったころの夢だ。
     そろそろ払暁が近い。寝台を抜け出す時間が近づいているのが外の明るさの加減でわかる。
     二本の腕はまだ、江澄の体にしっかりと絡みついている。
     寝息はもう聞こえなかった。
    「狸寝入りか。家規に嘘を禁ずるとあったはずだがな」
     しー、静かに、早朝だからと子供に言い聞かせるかのように男が言う。とうてい幼い子供ではあり得ないことをしておいて、とおかしくなって小さく笑った。
    「まだ早い。もう少し寝ていてもいいのに」
    「目が覚めた」
    「もう少しだけこうしていたいな。いさせてくれる?」
     否やはなかったから、「嘘(シーッ)」の言葉にならっておとなしく口を閉じた。
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    「んんっ」
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