保護者同伴 ガキの使いじゃあるまいし。買い物くらいは一人で出来るんだとポップは息巻いた。
「ほう、じゃあオレの言うもんを全部揃えられるんだな」
そう言ってマトリフは意地悪そうに笑い、紙にさらさらと書きつけた。それを見たポップは目を見開く。
「そんなもん、どこにあるってんだ」
クックルーの風切り羽だの、オニオーンの葉だのはいいとして、暗夜の魔石やドラゴンの皮なんて売ってるのを見たことはない。この爺はまた無理難題をふっかけて、いたいけな弟子を揶揄っているのだ。
だがポップも言い出した手前、引きたくはない。手にした紙を丁寧に折りたたんで懐中へ入れると、あくまで気楽な雰囲気のままで洞窟を出た。
街に繰り出したポップは紙に書かれた幾つかの品を手に入れた。だがやはり、最後に書かれた闇夜の魔石やらドラゴンの皮なんてものは道具屋には売っておらず、少々後ろ暗い店も覗いてみたが、そんなもんはねえと追い返されてしまった。
そもそも、この姿がいけないのだとポップは噴水の水面を見る。揺れる水面に映る自分の顔はどう見ても少年のものだった。あの戦いから数年が経つというのに、背も伸びなければ顔つきも大人びない。どこへ行ったって子供扱いされて、危ないものなんて売って貰えないのだ。
ポップは気疲れして噴水の縁に腰掛けた。きっとマトリフはこうなる事を予想していたのだろう。ポップは少しでもマトリフの手伝いをしたくて申し出たのに、散々な結果だった。
帰って素直に出来なかったと言うべきだ。だがそれをプライドが邪魔をする。一人前だと認められたくて、背伸びだとしてもやってみせたいのだ。
「なんでえ。しょぼくれた面しやがって」
かけられた声に顔をあげる。マトリフだと思ったが、その姿を見て目を丸くした。
「し、師匠?」
そこに立つマトリフが、随分と若いように見えた。西陽がそう見せるのかと思ってポップは立ち上がってまじまじと見つめるが、そこにいるマトリフはせいぜい三十ほどの歳に見えた。
「……それってモシャス?」
「みたいなもんだ。ちょっと見た目をいじくる呪文でな」
「なんでそんなことしてんだよ」
するとマトリフは答えるかわりにポップの前の手をかざした。まるで風を撫でるように手が動く。微かな魔法力が身体に流れ込んでくるのを感じてポップは目を瞬いた。
「自分の面を見てみな」
言われてポップは振り返って噴水の水を覗き込んだ。その水面に映った自分の顔に、父親の面影を見つけてぎょっとする。
「これって」
「それならガキには見えねえだろ」
その言葉に、悩み事が全て見透かされているのだと悟る。ポップは思わず顔に手をやった。手のひらに髭の感触がする。どことなく精悍な顔つきになった気がした。
「今の師匠と同じくらいの歳に見える?」
「喋らなきゃ見えるだろ」
「なんでえそれ」
マトリフはポップの持っていた道具袋を物色していた。そして「やっぱりな」と呟く。買えていないものに気付いたのだろう。
「日が暮れる前に行くぞ」
「師匠も一緒に来るのかよ」
「ここまで来たら自分で行ったほうが早いだろ」
じゃあオレはいらないじゃん、とポップは出かかった言葉を飲み込んだ。そんなふうに拗ねるのはいかにも子供っぽい。
ポップはすんと澄まして歩き出そうとする。するとそのポップの手を、マトリフが掴んだ。
「え、なんだよ」
「見てわかんねえのか。手を繋いでんだよ」
「その意味を聞いてるんだって」
まさか迷子になるとでも思われたのかとポップは眉根を寄せる。
すると繋いだ手を引かれた。身体が傾いたと思ったら、唇が塞がれる。
「大人しくついてこい」
そのまま手を引かれて歩き出した。こんなとこでキスするなんて。おっさんがおっさんの手を引いて歩くのってどうなのよ。待ってこのまま店に行くのかよ。思い浮かぶ言葉も上手く口から出てこない。
「……大人気ない」
やっと出たのはマトリフを責める言葉で、大人気ないというか、年甲斐もないというか、とにかく師匠らしくないとポップは口を尖らせる。
「お前があんな顔してるからだろ」
「どんな顔だよ」
「……教えてやらねえよ」
「ああもう、クソジジイ」
ポップは握られた手を握り返してマトリフの横に並ぶ。厄介な人に惚れちまったと思うが、不思議と後悔を感じない。
「じゃあやり返す」
言ってすぐにマトリフの顔に顔を寄せる。勢いをつけすぎたキスは、歯がぶつかって痛かった。