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    なりひさ

    @Narihisa99

    二次創作の小説倉庫

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    なりひさ

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    ガンマト。過去に戻って若マトに出会うガンガディアの話。作業用BGM「ふたつの星」「絶対証明ロック」

    #ガンマト
    cyprinid

    時の砂 降り立ったのは雲の上の里だった。ガンガディアはマトリフの魔法力を辿ってここまでやってきた。
     突然に降り立ったガンガディアに里の者たちは目を丸くさせた。見ればマトリフが着ていた法衣とよく似たものを着ている。
     ガンガディアは時の砂を使って過去へと来ていた。だがマトリフの洞窟はただの岩場で、マトリフの姿は見当たらなかった。それからガンガディアはマトリフの魔法力を辿ってここまで来た。
    「大魔道士を探している」
     ガンガディアは敵意がない事を示そうと両の手のひらを見せた。しかしその場にいた数人の里の者は、ガンガディアに向かって呪文を放っていた。
    「バルゴート様を呼べ!」
     指示が飛び、騒ぎが大きくなっていく。里の者は次々と呪文を撃ってきた。それもかなりレベルの高い呪文ばかりだ。ガンガディアはそれらを避けたり相殺しながら耐える。
     そこへトベルーラで降り立った者がいた。
    「お前らは下がってろ」
     言葉と同時にマヒャドがガンガディアを襲った。だがそれはガンガディアにとって馴染んだものだった。ガンガディアはそのマヒャドを相殺する。氷の結晶があたりに散った。
    「へっ……やるじゃねえか」
     不敵に笑うマトリフがそこにいた。ガンガディアはようやくマトリフに会えたことに喜びと安堵が湧き起こる。
    「大魔道士。会いたかった」
    「大魔道士? 人違いだぜ」
     マトリフの手には次の呪文が練り上げられていた。マトリフは飛び上がると呪文を放つ。イオラが次々と飛んできた。
    「怒っているのか大魔道士。話をさせてくれ」
    「人違いだって言ってんだろ!」
     ガンガディアはイオラを弾き返していく。そのひとつがマトリフに向かって飛んだ。マトリフは咄嗟に避けようとしたが間に合わなかった。マトリフはイオラの直撃を受けて落ちてくる。
    「大魔道士!」
     ガンガディアは手を伸ばしてマトリフを受け止めた。マトリフは驚いたようだが、すぐさま手を伸ばして呪文を撃とうとする。これ以上攻撃されてはかなわないので、ガンガディアはマトリフを握り込んで手を封じた。
    「グッ……!」
    「マトリフ様!」
     里の者の心配そうな声が上がる。
    「すまない。だが話を聞いてほしい。私は君たちを傷つけるつもりはない。攻撃をやめてくれないか」
     ガンガディアは真摯に言葉にした。手の中のマトリフがはじめてガンガディアの目を見た。驚きと興味がガンガディアに向けられる。ところがそれは突然の声に遮られた。
    「私の弟子に触れるな」
     厳格な声と共に現れたのは髭を生やした男だった。片目を布で覆っている。
    「ジジイ」
     マトリフは安堵したようにその片目の男を見た。その横顔にガンガディアの胸が騒つく。これまでマトリフは誰かをそんな表情で見たことはなかった。
    「……は?」
     だがマトリフの顔が引き攣った。見ればバルゴートの両手は火柱で繋がっていた。ガンガディアはその呪文を見るのは初めてだが、それが何であるのかはわかっていた。だがガンガディアはマトリフをその手に掴んでいる。ガンガディアに向かって呪文を撃てば、マトリフもただでは済まない。しかしバルゴートは両手を合わせて呪文を唱えた。
    「ベギラゴン!」
    「クソジジイ!」
     マトリフの悲痛な声が上がる。ガンガディアは咄嗟にマトリフを抱え込んで呪文に背を向けた。すぐに体が炎に包まれる。だがデストロールのタフな体はベギラゴンの炎に耐え切った。
     炎が消えるのを待ってガンガディアはマトリフを腕から解放した。そのまま膝をつく。流石にベギラゴンを受けてガンガディアもこたえた。
    「お前……どうして」
     マトリフが困惑したようにガンガディアを見上げる。その片手は火傷を負っていた。
    「すまない……守りきれなかった」
     早く手当を、と言おうとしたがガンガディアの体は倒れた。ベギラゴンのダメージで体が動かない。
    「すまない……大魔道士……」
     意識が途切れる直前に見たのは、なにかを叫んでいるマトリフの姿だった。

     ***

    「なにしやがるんだクソジジイ!」
     マトリフは火傷の痛みも忘れて叫んだ。すぐに己を庇って倒れたトロルに回復呪文をかける。マトリフのその行動に周りにいた里の者は騒めいた。お互いに顔を見合わせ、バルゴートがようやく倒した魔物に回復呪文をかけるなんて信じられないと囁いている。しかしマトリフにはこのトロルが凶暴な魔物だとは思えなかった。跳ね返されたイオラを受けたマトリフを、このトロルは助けた。それにベギラゴンからも身を挺して守ってくれた。
    「おい、しっかりしろよ」
     マトリフはトロルに呼びかける。どうやらこのトロルはマトリフを「大魔道士」と勘違いしているらしい。だからマトリフのことを守ろうとしたのだろう。勘違いをしてこんな目に遭うとは不憫だった。
     バルゴートはマトリフの傍まで来ると、火傷を負った腕に触れた。痛みにマトリフは顔を歪める。法衣の袖は燃えてなくなり、肌が爛れていた。
    「熱かったか?」
     厳格な表情を崩さずにバルゴートは言う。一瞬その声音が優しげに聞こえてマトリフは気を緩めた。
    「ヒャダイン」
     バルゴートの唱えた呪文に、マトリフは咄嗟に後ろへ飛び退く。それと同時にメラゾーマを撃った。呪文同士がぶつかって弾ける。
    「油断するな」
     バルゴートは叱りつけるように言う。バルゴートは常にこのような修行をマトリフにしてきた。観察力と瞬発力、そして頭の回転が魔法使いには必要なのだと言う。そのどれもが足りなく、判断が遅れればパーティー全員の死に繋がる。それを体に叩き込むために、バルゴートは不意打ちで呪文を仕掛けてくるのだった。
     マトリフは少し凍った腕をメラで溶かす。マトリフはバルゴートから目を逸らして口を尖らせた。
    「オレがいるのにベギラゴンなんて撃ちやがって……」
     どうせそれも修行の一環のつもりなのだろう。しかしこのトロルが庇ってくれなければマトリフは丸焦げになっていた。どう考えてもベギラゴンはやり過ぎだろう。
     マトリフはトロルを見る。青い肌のトロルは、今までマトリフが見たどのトロル族にも当てはまらなかった。見た目だけではない。理性的な会話が出来るトロルなんて聞いたことがなかった。
     バルゴートはマトリフからトロルに視線を移した。その焼け焦げた皮膚にバルゴートが手をかざす。マトリフは焦った。
    「やめろ! 殺すな!」
    「殺しはしない」
     バルゴートの手から溢れたのは回復呪文だった。神々しいまでの光がトロルを覆う。焼け爛れた肌がみるみる元へと戻っていった。
    「この者は結界の中へと入ってこられた。客人だ」
     バルゴートのその言葉に里の者の緊張が解けた。それほどこの里においてバルゴートの言葉は重い。もう誰もトロルを警戒してはいなかった。トロルはまだ意識が戻っていないようだが、傷は全て回復していた。バルゴートが回復してくれて良かったとマトリフは思ったが、そもそも、客人だと分かっていたならベギラゴンなど撃つ必要などなかったのだと思い直す。
    「マトリフ」
    「なんだよ」
     マトリフは自分の腕の火傷に回復呪文をかけていた。まだバルゴートのように高度な回復呪文は使えない。火傷の治りは遅かった。
    「そのデストロールを神殿に運んでおくように。他に入るところが無いだろうからな」
     それだけ言ってバルゴートは去ろうとした。しかし途中で足を止めた。何かに気付いたように視線を上げる。
    「その者の名はガンガディア。デストロールのガンガディアだ」
     バルゴートの言葉が不思議な響きでマトリフの耳に届いた。驚きはするものの、不思議とすぐにその名前が耳に馴染んでいく。
     それだけ言って今度こそバルゴートは行ってしまった。里の者もそれぞれの修行へと戻っていく。
    「……って、どうやって運べっていうんだよ」
     マトリフはガンガディアの腕を持とうとする。しかしマトリフの細い腕ではどうにも持ち上がらなかった。

     ***

     ガンガディアが目覚めたとき、すぐにマトリフの姿が見えた。ガンガディアはマトリフを抱き寄せて胸に埋める。なぜか長く会っていなかったように思えたからだ。
     ところが胸が何度も叩かれた。マトリフは機嫌が悪いとすぐに抗議の意味を込めてガンガディアを殴打する。ガンガディアは痛くも痒くもないのだが、機嫌を損ねたのなら大変だ。ガンガディアはマトリフを腕から解放した。
    「なにしやがる!」
     見ればマトリフは顔を赤くして焦ったように怒鳴っていた。そこでガンガディアは自分が何処にいるのか思い出した。ここはいつもの洞窟の寝台の上ではない。雲の上の里で、どうやらここは神殿のようだった。
    「すまない、大魔道士」
     マトリフが何に怒っているかわからないが謝っておく。このような場所で抱き寄せたのがまずかったのだろうか。どうもここへ来てからマトリフの様子がおかしい。まるでガンガディアを知らないみたいだ。
     そこでふとガンガディアは気付いた。ガンガディアは時間を戻そうと時の砂を使った。本来なら時間は少ししか戻らない筈だ。しかし何かの手違いでかなり時間を遡ってしまった可能性がある。
     ガンガディアはマトリフをじっと見た。ガンガディアが知っているマトリフよりも若いのかもしれない。ということは、このマトリフはガンガディアと出会う前のマトリフなのだろう。そうであるなら、ガンガディアのことを知るはずがない。
    「すまない。人違いをしたようだ」
     ガンガディアは丁寧に謝罪した。マトリフは鼻を鳴らすと腕を組んでガンガディアを見上げた。
    「あんたはその大魔道士ってのを探しに来たのか?」
    「そうだ」
    「それってうちの師匠のことか?」
     マトリフの言葉にガンガディアは先ほどの片目の男を思い出す。私の弟子に触れるなと言っていた。彼がマトリフの師匠なのだろう。
    「いいや。私が探していた大魔道士は彼ではない」
     マトリフは伺うようにガンガディアを見ていたが、腕を解くと笑みを浮かべた。
    「まあ、師匠があんたを客人だと言うんだから歓迎するよ」
     マトリフは手を差し出した。それが挨拶の意味だと遅れて気付く。ガンガディアも手を差し出した。
    「ありがとう。私はガンガディアという」
    「ああ。師匠から聞いたよ」
     その言葉にガンガディアは驚いた。なぜバルゴートがガンガディアの名を知っているのか。
     ガンガディアの驚きをよそに指の先をマトリフが掴む。握手と言うにはちぐはぐだが、手を触れ合えばその魔法力の奔流を微かに感じた。
    「じゃあオレは修行に戻るから」
     離れそうになったマトリフの手を掴む。マトリフは驚いたようにガンガディアを見上げた。
    「つらくはないのかね」
     バルゴートは弟子であろうと容赦しないというのは目の当たりにしたばかりだ。ガンガディアにはこの若いマトリフが可哀想に思えていた。
    「修行か? まあ師匠の修行はちっとばかり厳しいけどよ。でも本当は優しいんだぜ」
     じゃあな、とマトリフの手が離れていく。駆けていく後ろ姿をガンガディアは見つめていた。

     ***

     ギュータの夜は静かだった。人間以外の生き物はおらず、その人間達も早々に眠りについたらしい。ガンガディアは神殿の床に座り込んで窓から外を見ていた。
     時の砂が一体どのくらい時間を戻したかわからない。だがたった数年ということはなさそうだ。戻る方法もわからず、ガンガディアは己の軽率な行動を後悔した。
     元の時間でガンガディアはちょっとした事からマトリフと言い争いになった。マトリフの勝手気ままは今に始まった事ではない。それをわかっていながら、ガンガディアも言い過ぎたところはある。結果として二人は言い争い、ガンガディアは頭を冷やすために洞窟を出た。後悔しても一度出た言葉は戻らない。そう思ったときにふと時の砂のことを思い出した。ガンガディアは喧嘩した事を取り消したくて、時の砂を使った。
     そのとき神殿にノックの音が響いた。ガンガディアが返事するとフードを目深に被った者が現れる。だがガンガディアにはそれが誰だかすぐにわかった。
    「マトリフ」
    「よお」
     マトリフはフードを取るとガンガディアのほうへ歩いてきた。神殿の中は窓から差し込む月明かりだけだ。マトリフは悪戯をする子どものような表情をしている。足音を忍ばせてガンガディアの傍まで来ると、小さく抑えた声で内緒話のように囁いた。
    「まだ寝ないのか?」
    「寝るには早い時間かと思ってね」
     宵っ張りのマトリフに合わせてガンガディアが寝るのも遅かった。月の位置からまだ早い時間だろう。だがこの里では眠りにつく時間が早いらしい。
     マトリフはふわりと浮き上がるとガンガディアと目線を合わせた。ガンガディアはつい癖でマトリフを抱き寄せようとして手を止める。しかしマトリフはちょうどいいとばかりにその手の上に座った。
    「私に何か用かね」
    「内緒話をするなら夜がいいだろ?」
     マトリフはガンガディアを手招きする。ガンガディアはマトリフに身を寄せた。いったい何の話かと胸が高鳴る。
    「あんたと師匠ってどういう知り合いなんだ?」
     興味津々という目でマトリフが見てくる。しかし訊かれてもガンガディアにはその答えはない。それに適当な嘘をつくことも出来なかった。
    「それは言えない」
    「なんだよ。教えてくれねえのかよ」
    「すまない。だが君が気にするほどの事はない」
     あれからガンガディアはバルゴートには会っていない。バルゴートがなぜガンガディアのことを知っているかはわからなかった。
    「なぁんだ。まあいいか」
     マトリフは急に興味を失ったかのように背伸びをすると、ガンガディアの指に背をもたせた。
    「じゃああんたの話をしてくれよ。生まれは? どこから来た?」
    「生まれはわからないが、来たのはホルキア大陸からだ。海岸沿いの洞窟に住んでいる」
     そこでマトリフは目を見開いた。背筋を正すとガンガディアを真っ直ぐに見る。
    「わからないって?」
    「覚えている一番古い記憶は森の中だ。そこで夜空を見ていた」
     そういえばこれは元の時間でも話したことがなかったと気付く。ガンガディアは自分がどうやって生まれたのか知らない。自分と同じ種族を見たこともない。ただ覚えているのは夜空を見上げていたことだ。毎晩毎晩、何かを待つように夜空を見つめていた。
     それを話すと、マトリフは急に優しげにガンガディアを見つめた。名付けようのない感情を持て余すように苦笑いが頬に浮かぶ。
    「オレも同じだ」
    「同じとは?」
    「オレもガキの頃ここで待ってた。誰かが迎えに来てくれるんじゃねえかって」
     来なかったけどさ、と軽い調子でマトリフは言う。それが触れてはいけない傷であるのは間違いない。冗談にして自分で笑わねば振り切れなかった事もあるだろう。だがガンガディアはそんな顔をマトリフにさせたくなかった。
    「まだ待っているのかね」
    「何言ってんだよ。ガキの頃の話だぜ。それに今は師匠がいるしさ。あ、これ師匠には言うんじゃねえぞ」
     何の躊躇いもなく言うマトリフに、ガンガディアの胸は騒ついた。どうやらマトリフはバルゴートに対して全幅の信頼を置いているらしい。そのことが何故か胸を締め付ける。
     それからマトリフと色々な話をした。マトリフが話すのは殆どがこの里での事だった。あまり里から出たことがないらしい。だからガンガディアは外の話をした。渦を巻く海のこと、雪に閉ざされた国のこと、何もない荒野のこと。それをマトリフは興味深く聞いていた。
     どれくらい時間が経ったのか、マトリフは眠た気に目をとろんとさせていた。随分と話し込んで時間を忘れてしまったらしい。
    「あーあ、眠くなっちまった。あんたの指って冷たくて気持ちいいな」
     マトリフはガンガディアの手がすっかり気に入ったようだった。
    「だったらそのまま寝るといい。今夜はその手を貸そう」
    「へへっ……朝になって痺れたとか言うなよ……そうだ、明日は一緒に修行しねえか? あんた強いから、きっと師匠だって……」
     マトリフは言い終えないうちに目を閉じて寝息を立てた。ガンガディアはしばらくその様子を見ていたが、微かに気配を感じて戸口を見た。マトリフが入ってきたときに少し開けていた扉の先に、バルゴートが立っていた。
     
     ***

    「私の弟子に触れるなと言ったはずだが」
     バルゴートのザラキのような視線がガンガディアに突き刺さる。その殺気に血液が逆流するような恐怖を感じた。ガンガディアは咄嗟にマトリフを庇うように手で覆う。マトリフはこのバルゴートを信頼しているようだが、突然にベギラゴンを撃ってくるような者は危険だ。
    「攻撃はするな。マトリフが寝ている」
     ガンガディアは声を抑えて言ったが、手の中でマトリフが身動ぎをした。起こしてしまったと焦ったが、次の瞬間にはバルゴートが眼前まで来ていた。
    「ラリホー」
     その呪文はマトリフに向けられた。いつの間にかマトリフはバルゴートに抱えられている。ルーラの高速使用なのか、その動きは目で追えなかった。寝ぼけて起き上がりかけていたマトリフは、また目を閉じてしまった。
    「なにを」
     攻撃呪文ではなかったが、有無を言わせないと言う点では同じだった。やはりこのバルゴートはマトリフが信頼するほどの人物だとは思えない。バルゴートは空中からゆっくりと下降すると床に足をついた。
    「ここは神聖な場所だ。攻撃はしない。だが何度も言わせるな。今度私の弟子に触れたら腕を引き千切る」
    「やれるものならやるがいい。いくらマトリフの師といえども、我慢の限界がある」
     ガンガディアの額に血管が浮き上がる。バルゴートがマトリフを抱えているのを見ると冷静でいられなかった。
    「ようやく本性を見せたかデストロールのガンガディア。いや、魔王軍のガンガディア、と呼んだ方がよいか」
     バルゴートの言葉にガンガディアは瞠目する。ガンガディアはこの時代に魔王軍にはいなかった。なぜそのことをバルゴートは知っているのか。ガンガディアの驚きにバルゴートは答えた。
    「時の砂を使ったのだろう。未来から来たなら、この子の役割もわかっているはずだ」
     バルゴートは壁際にあった長椅子にマトリフを下ろした。その手がマトリフの髪にかかる。バルゴートの指が乱れたマトリフの前髪を整えた。その動きには慈愛さえ感じる。ガンガディアは息をついて眼鏡を押し上げ、冷静さを取り戻した。
    「役割とは?」
     バルゴートは寝ているマトリフの顔から手を離した。マトリフを見るバルゴートの表情は我が子を見る親のようだった。バルトスがヒュンケルを見ていた表情もこんなだった。やはりそこには温もりがあるように思える。
     バルゴートは穏やかな笑みを浮かべて言った。
    「この子は駒だ。世界を救うためのな」
     バルゴートが振り返ってガンガディアを見る。手には布が持たれていて、バルゴートの隠された片目が露わになっていた。
    「私には未来が見える」
     バルゴートの隠されていた片目はぽっかりと空洞になっていた。底の見えない暗闇がそこにはある。ガンガディアは見てはいけないものを見たように体を強張らせた。
    「私はお前を知っている。ヨミカイン魔導図書館でこの子と出会ったのだろう。そして敵でありながら、この子に想いを寄せた」
     バルゴートの表情が変わった。笑みは消え去り、怒りが浮かぶ。
    「この子には与えられた役目がある」
    「さっきから何の話だ。役目とは何のことだ」
    「誰しも役目を持っている。いずれ双竜を宿した勇者が世界を救う。誰もがそのための駒だ。この子は特別な役目を与えられた」
     バルゴートの底のない目がマトリフを見ていた。まるで本当に未来が見えるのか、バルゴートの表情がまた変わっていく。
    「この子の役目はひとつ。双竜の勇者と共に歩む魔法使いを育てることだ」
     お前も知っているだろう、とバルゴートがガンガディアを見る。双竜の勇者とはダイ、共に歩む魔法使いとはポップのことだろうか。マトリフはポップに修行をつけていた。バルゴートはそのことを言っているのだろう。
    「なぜこの子がヨミカインに向かったと思う。私がそう導いたからだ。なぜこの子がパプニカを去ったと思う。その種を私が蒔いておいたからだ。この子の役目はあの魔法使いを育てることのみ。それ以外は雑事に過ぎん」
     何の迷いもなくバルゴートは言い切った。そのことに薄ら寒さを感じる。大義のためならどんな犠牲も厭わないというのか。たとえそれが弟子だとしても。
    「本気で言っているのかね」
    「全ては勇者が世界を救うためだ」
    「そのために弟子の人生を操ってよいと?」
    「当たり前だ。そのためにこの子はここへ来た」
     バルゴートがガンガディアを見る。バルゴートの周りに魔法力の高まりを感じた。
    「お前の役目はあの呪文を完成させること。メドローア。この子が生み出し、弟子に受け継がれる美しい呪文。完成したその呪文でお前は消滅するはずだった。だがこの子は何故かお前を殺さなかった」
     ガンガディアはその時のことを思い返す。たしかにマトリフはメドローアをガンガディアに向けたが、放つ前に消してしまった。結果としてガンガディアはマトリフと共に生きることを選んだ。
    「その間違いを正さねばならない」
     バルゴートの手に呪文が編み上げられていく。それはガンガディアも見たことがない呪文だった。
    「時の砂を使ったお前を、ここへ引き寄せたのは私だ」
    「私を殺すために?」
    「そうだ。邪魔な駒は消す」
    「ではなぜあの時に私を回復した」
     バルゴートはガンガディアにベキラゴンを撃ち、そしてその傷を回復した。ガンガディアにはバルゴートの行動が理解できない。
    「この子の前でお前を殺せるはずがない。この子もいずれこの時間のお前に出会う。お前は誰にも知られず消えなければならない!」
     バルゴートが呪文を唱えた。強大な魔法力が空気を震わせる。避ける間もなく真っ白な光がガンガディアを包んだ。
     だがガンガディアの前に降り立つ小さな影があった。
    「大魔道士」
     考えるより先にガンガディアはその名前を呼んでいた。マトリフは両手でバルゴートの呪文を受け止めている。マトリフのマントは呪文の威力ではためいていた。バルゴートの背後の長椅子には眠ったマトリフがいる。ではガンガディアの前に立ったマトリフは誰なのか。するとマトリフは肩越しに振り返った。ガンガディアを見るその視線で、このマトリフが元の時間にいたマトリフだとわかった。
    「ったく、こんなとこにいたのかよ」
     マトリフはガンガディアを見るとにやりと笑みを浮かべた。そしてバルゴートに向き直る。
    「久しぶりだなクソジジイ」
    「お前も未来から来たのか」
     バルゴートには驚いた様子がなかった。マトリフも感情を隠した老獪な表情でバルゴートを見ている。
    「まあな。いつまで待っても帰ってこない奴を迎えにきたんだよ」
     マトリフはバルゴートの呪文を相殺しようとしていた。しかしその手から煙が上がっており、呪文の威力を物語っている。
    「その呪文はお前では消せまい。そのデストロールの処分を私に任せるのなら、その呪文を消してやろう」
    「やなこった」
     マトリフは呪文をなんとか抑え込もうとしている。だが細い手首が震えていた。無理をしているのは明らかだった。ガンガディアも加勢したいが、この未知な呪文に迂闊に手が出せない。
     バルゴートはマトリフをじっと見ると目を細めて頷いた。何かが見えたかのように、その表情は満足気だ。バルゴートは積み上げたものの完成を知ったのだ。
    「お前はよくやった。見事に自分の役目を果たした。もう何も背負うこともあるまい」
     バルゴートはゆっくりとマトリフに歩み寄った。マトリフはバルゴートから視線を外さない。マトリフは苦笑するとぽつりと呟いた。
    「へっ……この歳になってもあんたの褒め言葉が嬉しいなんてな。どんな呪いだよ」
    「マトリフ。私の元に戻ってこい」
    「なあ師匠」
     その言葉と同時に呪文が弾けた。マトリフが呪文を相殺したのだ。マトリフとバルゴートの間にあった呪文が消えたことで二人は直面する。すかさずバルゴートが手を振り上げて呪文を唱えた。
     しかしマトリフも同時に両手を上げていた。マトリフの前に透明な膜がそびえ立つ。その透明な膜がバルゴートの呪文を弾き返した。
    「ぐうっ!」
     バルゴートは跳ね返った自分の呪文を受け止めた。その呪文は強力なためにバルゴート自身も相殺は容易くない。バルゴートの背後にいる眠ったマトリフを守るためにルーラで逃げることもできなかった。そのことをマトリフはわかっていてマホカンタを選んだのだ。
    「こいつだけはあんたの好きにはさせねえ」
     そう言ってマトリフはガンガディアの腕を掴んだ。
    「帰るぞガンガディア」
    「いいのかね」
     呪文を相殺しようとしているバルゴートを見る。マトリフは肩をすくめて笑い飛ばした。
    「あれぐらいでくたばるジジイなら苦労しねえよ」
     マトリフは懐から時の砂を取り出した。ガンガディアは一度だけ振り返って長椅子で眠る若いマトリフを見た。二人の体が波に飲み込まれるように時を飛び越えていく。

     ***

     ガンガディアが目を開ければそこは洞窟の前だった。波の音が懐かしい。マトリフはすぐに立ち上がると法衣についた砂を払った。
    「大魔道士」
    「なんだよ」
    「すまなかった。先日のことを謝りたい」
     ガンガディアは時の砂を使って喧嘩自体を取り消そうとした。だがそれは間違いだった。起こってしまった出来事を変えるのではなく、素直に謝ればよかったのだ。
    「そんなことより、行き先も言わずに行方をくらませたことをオレは怒ってるんだよ」
    「そ、それもすまなかった」
    「お前が帰ってこねえんで、時の砂で探し回ったんだぜ」
     あー疲れた、とマトリフは言いながら洞窟へと入っていく。しかしぴたりと足を止めると振り返った。
    「……オレも悪かったよ。まさかお前が出ていくとは思わなかったんだ」
     マトリフは珍しく殊勝な表情で言う。ガンガディアはマトリフの謝罪なんてはじめて聞いた。横暴が服を着て闊歩しているマトリフであるから、いつも振り回されるのはガンガディアのほうだった。
    「大魔道士」
    「今度からエロ本はちゃんと片付けるから」
     ガンガディアは静かに頷く。それが今回の喧嘩のきっかけだった。マトリフが不埒な本を好むのは今に始まった事ではないが、ガンガディアの目に触れる場所に放置しないでくれと何度も注意していた。しかし片付けもいい加減なマトリフは不埒な本を置きっぱなしにする。ガンガディアは文句を言い、マトリフが言い返す。売り言葉に買い言葉で言い争いはヒートアップした。
     今思えばつまらない喧嘩だった。だがこれでマトリフも少しは不埒な本を片付けるだろう。ガンガディアはそう思うことにした。
    「ほら、入るぞ」
    「わかった」
     二人は洞窟の奥へと消えていった。岩戸が音を立てて閉まっていく。

     ***

     マトリフはぼんやりと空を見上げながら寝転んでいた。その隣にバルゴートが立つ。
    「まだあのデストロールのことを考えているのか」
     マトリフはこのところ修行に身が入らない様子で、物思いに耽っていることが多かった。誰かを待っているような眼差しにバルゴートは覚えがある。それはマトリフが昔この里へと来た頃に似ていた。
    「あいつ、また来るかな」
    「ここへ来ることはもうない」
     バルゴートは断言する。そんな未来は無いからだ。あのデストロールは本来の時間へと戻ってマトリフと一緒に過ごしている。バルゴートには何故マトリフがあのデストロールに惹かれたのかわからなかった。そしてまだ我が手にある弟子さえも、あのデストロールが恋しいという。
    「なんで突然いなくなっちまうんだよ。一緒に修行しようって言ってたのに」
     その言葉にバルゴートへの敵意が含まれている。マトリフはバルゴートがガンガディアを追い出したと思っているのだ。正確にはバルゴートが追い出したわけではなく、未来のマトリフが連れ帰ったのだから非難される謂れはない。まったくマトリフには手を焼かされる。最も思い通りにならなかった弟子だった。
     デストロールのガンガディア。私の弟子を奪っていった魔物。遠くの未来に見えていたその魔物は、思ったより見込みがあった。あのベキラゴンから迷わずにマトリフを守った。その点だけは評価しておこう。
    「……ヨミカイン魔導図書館を知っているか」
    「なんだいそれ」
    「名前の通りだ。パプニカ国の南西部に位置する。探し物があればそこへ行くといい」
    「へえ。でもあんたの蔵書で事足りるだろ」
    「いずれ求めるものが多くなる。外の世界が必要になる」
    「なんだよ。いつもは外の世界は危ねえって言うくせに」
     マトリフは起き上がると小さなヒャドを作る。反対の手でバギを作り、ヒャドを飛ばした。砕けて小さくなりながらもバギの渦をきらめかせている。手遊びのように簡単にやってみせるが、いったいどれほどの魔法使いが同じことを出来るというのか。稀有な才能、その存在を手放したいなどと思うはずがない。
    「今はまだ早い。だが、いずれお前は外の世界へ行く」
     バルゴートは未来のマトリフの様子を見る。マトリフは幸せそうに笑っていた。その隣にいるのがあのデストロールだという事実に、深いため息が出る。やはり消しておけばよかった。
    「なんだよジジイ。あんたが溜息なんて」
     バルゴートはマトリフの首根っこを掴む。マトリフは「げぇっ」と苦しそうな声を上げた。
    「修行だ」
     問答無用で引き摺っていく。未来のマトリフを見たが、その実力にこのマトリフはまだまだ及ばない。修行が足りないせいだろう。
    「今日は新しい呪文を教える」
    「お、何だ?」
    「マホカンタだ」
    「なんだよ攻撃呪文じゃねえのかよぉ」
     不平を言うマトリフの頭を杖で叩く。やはりまだまだ修行が足りないようだ。


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