噛む(ヒカテメ)雪崩れ込むように宿屋の一室へと入る。ガチャ、と部屋のドアの鍵がかかる。
「……っ……はっ……」
こんな時まで律儀な男の行動になぜだか笑ってしまいそうになる。
戦闘後、興奮して昂ったままになることもままあるという。そんなことを聞いたことがあったなと唇を喰らわれるような勢いの口づけを受け止めながらぼんやりとテメノスは思った。
壁に身体を押し付けられ、逃げ場はない。逃げる気も特になかったが。
「…っ、テメノス」
荒い息のまま、貪るような接吻の合間にヒカリが名を呼ぶ。黒々とした瞳の奥には熱が爛々と燃え盛る。
ヒカリは昂っているのだろう。テメノスはそういった質ではなかった。寧ろ淡白な方であったと思う。それでも、ヒカリと付き合い、肌を重ねるようになってそういう風に作り替えられてしまった。
「ヒカリ」
唇の合間を舌先でこじ開けられる。少し開いたそこから舌が侵入し、テメノスの口内を犯していく。
熱い。
長い長い蹂躙を終え、ようやっと唇が離れた後に「せめて、ベッドへ…」と控えめにテメノスが言った。
それを合図に、腕を引っ張られたテメノスは部屋の奥のベッドへと文字通り放り込まれた。
*
「…んっ、ふ」
「ぐっ……」
奥の奥まで揺さぶられる。繋がった掌から熱が伝わる。
「テメノス、あまり唇を噛むな…。傷ついてしまう」
「……っ、やっ」
普段の宿屋より安いところのせいか、壁は薄くきっと隣に聞こえてしまうだろう。声をあまり出したくはない。
「…っ、ん、ふっ……」
噛みしめていた唇に指が差し入れられて、いともたやすくこじ開けられる。
「テメノス」
人差し指で、唇をなぞられる。入れられた親指を噛む。口を閉ざしたいのに。目の前のヒカリは余裕なんてない顔をしている。私はすっかり生まれたままの姿で、服は脱がされてそこらへんに落ちてしまっているだろう。ヒカリは上の服は引っ掛けたままで、髪も結い上げられたままだ。
焦れているくせに、こうしてこちらを気遣ってくる。優しいのか強引なのか分からない男だ。
「ここを。俺のここを噛んでいてくれ」
ぐい、と自らの肩口を曝け出してヒカリが私を抱きしめる。目の前に曝け出された肩口に思い切り歯を立てた。ついでにヒカリの結いあげられた髪紐をひっぱる。はらりと黒い絹糸が眼前へと落ちる。
その瞬間、ヒカリの熱と欲が私の中の最奥に放たれる。声にならない音だけが口から零れ落ちていく。
*
「…治療しなくてもいいのに」
「駄目です」
誰かに見られたらどうするのですか、そう説き伏せてヒカリの肩口に回復魔法をかける。真っ赤に血が滲み出ていた歯形は、すっかり綺麗に消えた。
「すみませんでした。痛かったでしょう?」
「いいや。普段俺がそなたに強いている痛みに比べたらこんなものは微々たるものだ」
「ヒカリ……」
「ただ、やはり残念だな。もう少し見ていたかった気はしたから」
肩口を名残惜しそうに触れながらヒカリはそう零した。そう言われると何も言えなくなってしまう。だけど、ヒカリに許されたとして彼に傷をつけたままで平気ではいられないのだ。
「……分かりました」
「? テメノス」
「しばらくは絶対に人前で肌を見せないでくださいね」
「…な!? なにを…っ」
意を決したようにテメノスはヒカリの足の付け根当たりに唇を寄せて、吸い付く。ちゅ、と強く吸いた後に唇を離せば赤い痕が残されていた。
「これでいいですか?」
「~~~……テメノス! そんなところだと俺からは見えないではないかっ!」
「しっ、仕方がないでしょ! なるべく人に見えないような位置にって思ったら、ここぐらいしか思いつかなかったんですし…」
「お返しだ。テメノス、俺にも付けさせろ」
「えっ。やっ、もうヒカリたくさん付けてるじゃないですかっ!」
「駄目だ」
「……あっ」
足を掴まれ、ひっくり返される。太ももをべろりとひとなめされ、足の際の際あたりにじゅっと吸い付かれる。ちりりとした痛みが走る。それを数度繰り返される。
「これでよし」
「付けすぎでは?」
満足そうに足を持ったまま自身を見下ろすヒカリをじろりと睨みつける。足の付け根あたりを見れば赤い痕がいくつか散らばっている。いま、彼の目の前でとんでもない体制になっている自覚はあるがもうどうでもよくなってきた。
「……ヒカリのだって、見ようと思えば見える位置なんですからね」
「む、そうだが…しかし……」
「もう、いいですよ。互いにさえ見えれば」
むっくりと置きあがり、ヒカリの足の付け根に触れる。ぴくりと彼が身じろいだのは知らんぷりして、そこに舌をちろりと這わす。
「…っぐ」
がぷり、とそこに軽く歯を立てれば赤い痕の周りに綺麗に歯形がついた。
「……テメノス」
「おや、もう一戦といきますか」
「望むところだ」
噛みつくようなキスを合図に、再び交わっていく。
きっと痕はもっと増えるだろう。しばらく人前で着替えるのは控えるとしよう。