怒り(ヒカテメ)「テメノスっ!」
彼の人が倒れ伏したその光景を目にしたとき、自身の目の前が真っ赤になった気がする。
頭のてっぺんから爪の先まで、身体全身を熱が駆け巡る。髪の毛がぶわりと逆立つ。
血液が沸騰したかと思うほど、熱い。
腹の底から湧き上がる、これが怒りなのかとヒカリは理解した。
「……許さん。覚悟しろ」
剣を素早く抜き、ぎりりとを力強く握りしめる。自身の拳に爪が食い込んで、血が滲んだのが分かる。
いや、こんなもの。テメノスに比べればなんてことはない。
法衣を包む白いマントは大きく切り裂かれ赤く染まっていた。
倒れたテメノスを取り囲む賊は数名、全て男だ。
先程、テメノスに助けられたという子供と出会った。白い神官様に救われたのだと。
子供を庇う彼を容赦なく襲ったのだろう。到底、許せはしない。
こちらに気づいた男が剣を抜いたのが見えた。素早く近づき、剣を受け流しそのまま一刀のもとに斬り伏せる。
右側から襲い掛かってくる男の攻撃を躱し、屈んで足払いを仕掛ける。
男がバランスを崩したところを、思い切り蹴り飛ばす。
少し離れたところから小刀のようなものが投げつけられたのが見える。剣で払い除け、蹲る男をそちらの方へ投げ飛ばす。
体が勝手に動く。頭の中を占めるのはただただ怒りだ。衝動に突き動かされていく。ただ自分の中の誰かが勝手に占拠してるわけではなく、確かに自分から生み出されている感情だ。
◇
全てが終わった。なにもかも真っ赤に染まったそこで息を吐き出して、剣を納める。
地面に倒れて気を失っているテメノスを抱きかかえる。
「ヒカ、リ……?」
「テメノス、大丈夫か?」
「子ども達は…?」
「そなたのお陰で逃げることができた。その子達に教えられたのだ。白い神官様に助けられたのだと。神官様を助けて欲しいと」
だからここへ駆けつけることができたと言えばテメノスは安心したように息を吐いた。
「……よかった。逃げることができたんですね」
纏う白いマントは今は血が滲んでいた。背中側から切られたようだ。子ども達を庇い、その背に剣を受けたのだろう。
許せない。下唇を噛み締める。
「テメノス…。酷い傷だ。痛むか?」
「あなたほどでは…。ヒカリ、血塗れじゃないですか……」
「全て返り血だ。見苦しくて、すまない」
テメノスがヒカリの頬に手を伸ばすと、ぽぅっと温かい光を感じる。
「もう大丈夫ですよ…。……ッ…」
弱々しくテメノスが微笑むと、痛みに顔を歪める。ヒカリの頬の傷はテメノスの回復魔法により、癒えていた。
「……っ! こんなもの、そなたに比べれば掠り傷だ。そんな身体で他人に回復魔法を使うなど、無茶を…」
「……この自分の傷を治すのはなかなか、骨が折れるから難しくて……。どうせ、なら…と……」
「喋るなっ! もう、いい。休め……」
「……ははっ、ちょっと無理をしてしまったので…そうさせてもらいます」
安心したのか目を閉じたテメノスを横抱きにする。
血生臭く、鉄の匂いだ。顔を拭えばべっとりと血が着いていた。
テメノスにそっと、その額と自身の額をこつんと当てる。
怒りは未だ胸の内を燻るが、幾分か落ち着いたようだ。
ようやく息の仕方を思い出した気がする。