You're my only shinin'star付き合って初めてのクリスマスイブ。それが金曜日。
何となく、はしゃいでしまう。
9月の頭に出会って、出会ってすぐに付き合って。
1ヶ月で合鍵を渡して。
2ヶ月で記念のパーティーをした。
3ヶ月経つ少し前に、冗談のようなプロポーズをされ。その言葉があまりに日常に溶け込みすぎていたから、思わず、流してしまったけれど。あそこで、言質とった!と話を詰めておけば良かったのだろうか?
仕事を早退して、常より豪華な夕食を作りながら、蘆屋道満は、うーんと考え込む。
顔良し、スタイル良し、仕事良し、良家の子息な安倍晴明という男が、急に自分に惚れ込んで。猛烈なアプローチの末、半同棲のような状態になって、もうじき4ヶ月が過ぎようとしていた。
余りの展開の急さに、これは実は夢ではなかろうか?と不安になるくらいで。
自分はゲイ寄りのバイセクシャルで、男性と付き合ったのは初めてでは無かったし、それなりにモテてきたので、惚れられてあれやこれやは今までにもあった。ただ、どうにも巡り合わせが良くなくて、交際が長続きしにくく。最終的に拗れて、相手がストーカーになっていざこざに発展することも少なくなかったので、今回の交際も、どことなく及び腰だった。
初めて出会った時の晴明が、雰囲気のいいバーに女連れで現れ。どう見てもデート中という雰囲気だったのに、その女性を放置して、自分を熱心に口説き始めたという初対面のぶっ飛んだエピソードのせいもあった。
ただ、初めて晴明を見た時、その外見や雰囲気があまりに魅力的で、思わず見惚れたのは認める。
いや、多分自分だけではなく、その時店内にいた全員が、彼に見惚れただろう。
そういう男だったから。
その飛びきり魅力的な男が、なんの因果か今は自分の恋人に収まっている。
不可解な縁を感じる。
取りあえず、いい感じに火の通ったローストビーフを切り分けて、盛り付け、テーブルの中央に置く。
今日のメインディッシュ。
クリスマスだからチキンと迷ったのだが、一度ローストビーフを作った時に、とても美味しいと常より沢山食べたことがあったのが決め手になった。
暖めていたビーフシチューの火を止める。帰宅したらすぐにシチュー皿に入れられるように準備する。
赤いテーブルクロスをかけ、ナフキンや皿やカトラリーをおしゃれにセッティングして。
カナッペを並べ、見映えするカラフルなサラダを配置して。
男2人でケーキも少しあれか、と、デザートには大粒のイチゴを用意した。
いいワインも買ってある。
そのワインに合いそうな、チーズとサラミも、切ってテーブルの上に並べた。
ところ狭しと御馳走が並ぶテーブル。
それを見て、ふと。
気合いが入りすぎてひかれないか?と少し心配になってきた。
付き合って初めてのクリスマスだし、少しくらい張り切っても大丈夫、と自分にいい聞かせる。
そう言い聞かせつつ、3日前からビーフシチューを煮込んで一から味付けするなどは、何となく気恥ずかしくて出来なくて、市販のちょっといいルーを使って作った。
あまり入れ込むのは良くないと、常に自戒していた。
自分にとって晴明は、降ってわいた幸運。突然、自分の人生に現れた、綺羅星。
なので、突然。やっぱりさよなら、といなくなっても、何ら不思議ではないと思っていた。
毎日好きだと言われる。
それなのに、どうして不安が拭いきれないのか。
やはり、急激すぎるからだと思うのと。
何故、晴明が自分を好きなのかが、よく分からないからかもしれない。愛してると言われても、愛は可視化できないから。
睦まじい恋人と、初めて過ごすイブなのに、思考が暗い方に傾く。
それを振り払うように、首を振る。今そんなことを考えても、意味のないことだから、と。
ふと時計を見る。
帰宅予定と聞いていた時刻を、もう30分オーバーしていた。
電車でも乗り逃したのか、それとも急な仕事でも入ったのだろうか。
普段ならさほど気にならないのに、今日は妙に気になった。
もしかして、別の人と過ごしたくなった、とかだったらどうしようとか。
また暗い思考が頭の中を漂い出したその時。
ピンポンと、チャイムが鳴った。
晴明なら合鍵を持っている。誰だろう、と。
「…はい?」
インターホンごしに声を掛けると。
「開けてくれる?」
晴明の声がする。
鍵でも落としたのだろうか?と、玄関を開錠して、ドアを開けると。
両手いっぱいに買い物の荷物を抱えた晴明が、
「ただいま」
と。ウインクした。
晴明はあまり物欲のない男で、それは不似合いな光景だった。
「それはどうしたので?」
思わず尋ねる。
「今日、おまえと初めてのクリスマスイブを過ごすと思ったら。
途端に街は、とてもキラキラして見えてきて…素敵なものが、沢山あったんだ」
子どものように瞳を輝かせながら、晴明は言った。
「これは?」
「フライドチキンのバーレル。こんなもの、初めて買った…おまえはよく食べるから」
「これは?」
「ケーキ。どのケーキが好きかよく分からなかったから、ショートケーキとブッシュ・ド・ノエルとチーズケーキとモンブランとザッハトルテを買ってみた」
「これは?」
「おまえがこっそりいいワインを用意してくれていたから、いいワイングラスを買ったよ」
「これは?」
「…テディベア。おまえ、密かに可愛いものが好きだから」
「これは?」
「圧力鍋。おまえが前に通販番組で食い入るように見ていたから」
1つ1つ荷物を受け取りながら、解説を聞く。
聞けば聞くほど、晴明の自分への愛を知るようで、どんどん顔が熱くなっていく。
晴明はどんどん身軽になっていって、今度はこちらが荷物まみれになっていく。
愛が、重いと感じた。物理的に。
その重みは、ちっとも嫌でなくて。ただただ、気恥ずかしかった。
両手が空いた晴明は。
ニッコリ笑うと、コートの右ポケットから、小さな包みを出した。
水色の包装紙に包まれた、ブランド物の小箱。
それを開けると、キラキラしたものが入っていた。マーキス・カットのダイヤが4つ組合わさった、ピアス。
値段は…ブランド名から考えると、何十万円もしそうだった。
「花、のピアス?」
聞くと。
「似合うと思って」
と晴明は笑って。
「付けていい?」
と聞かれたので、荷物は一旦床に置いて。ん、と顔を近づける。
晴明は外気で冷えた手で、こちらの元々付けていたピアスを外す。
ひやりとした手に、思わずピクリと反応する。
晴明は、ダイヤのピアスを器用に付けると。
「鏡で見てみて」
と澄ました顔で言う。
玄関横の姿見で自分の耳元を見ると、ピアスは、十字のような形で耳に付けられていた。
「…そう付けると、まるで、星のようだと思わない?」
そう言って、晴明は笑う。
「おまえが、少し前に私のことを星のようだと言ったけれど。
私は…おまえこそ…星のように綺麗だ、と思う」
歯の浮くような台詞を言った後。
「おまえと知り合ってから、世界はとてもカラフルで、魅力的なもので溢れていると、知った。
…好きだよ」
と、追加でトドメの言葉が足されて。
そして、首を引き寄せて口付けられる。
こういうところだ。こういうところが、とにかく。これは現実か? 本当に日本の片隅で起こっている出来事か?と。自分を不安にさせるのだ。
これは詐欺なのではないか。身も心も骨抜きにした後、自分は外国に売られるのではなかろうか? そんな風に、思ってしまう。
唇が離れて。
真っ赤な顔で。あ、とか、う、とか口はパクパク動くけれど、何も言葉が出ない。
その様子を見て、晴明はふふっと笑うと。
「まだいっぱいいっぱいになるには、早くない?
イブの夜は、始まったばかりだけど?」
なんて、少し意地悪な口調で言うので。
「…ンンンン…取りあえず、夕食にしましょうか」
と、精一杯平静を装いながら。
「ところで、このピアス…高かったでしょう?
いくらしたので?」
と話を逸らすと。
「ん?
130万くらいかな?」
と、こともなげに言われ。
「かかかかか…返してきなされ!」
サーっと、血の気が引いた。
2人のイブは、まだ、始まったばかりながら。
色々と、波乱含みだった。
つづく?