DO YA DO12月31日、23時45分。
夜食の年越し蕎麦を平らげ、片付けを終え。炬燵で2人くつろぐ。天板の上には蜜柑とお茶。さながら、日本の冬の風物詩。
道満のアパートはお世辞にも広いとは言えなくて、リビングに炬燵を出せば、もう部屋はぎゅうぎゅうだった。でもその狭さが、何とも言えず心地よかった。
付けっぱなしのテレビには、"大晦日TVスペシャル2021"と銘打った何かの番組が映っていて。時計塔がどうとかロードがどうとか、新年の福袋は…などといった音声が聞こえてくるが、正直しっかりとは見ていなかった。
目はひたすら、横にいる恋人を追っていた。
道満はお茶を啜りながら、のんびり、テレビを眺めていた。長い髪をゆったり三編みにして、横に流している。部屋着のくつろいだ格好。
クリスマスデートの時のような、洒落た格好も、好きだし。
こんな、気を許した人にしか見せないような、ゆるりとした姿も。とても好きだった。
思わず頬が緩む。
「何か?」
と道満に聞かれて。
「いや、ふっと…パンで…チョコとプレーンの生地を、編み込んだようなやつがあったなあ、と思って」
「ああ、ありますねえ…」
「それが無性に食べたくなった」
と言えば。
「…貴方、甘いパン…そんなにお好きでした?」
と不思議そうに返された。
おまえの編まれた髪を見ていたら、連想したんだよ、と言いかけて。
「うん、まあ…何となく、そんな気分だ。
がぶりといきたいね」
やっぱり止めて。ふふ、っと笑う。
「蕎麦を食べたところですが…足りなかったので?」
道満が首を傾げて笑う。
白い首筋が目に入る。
クリスマスに噛みついて歯形を付けたけど。もうそれも治って、ほの白い肌がまぶしい。胸にくる。
そうやって、密やかに。恋人用の鼓動を鳴らしていた。
*
24日、25日と2日連続で甘く激しい夜を過ごして。
26日、日曜日の朝。こちらのマンションで朝を迎えて。
足腰がまともに立たず、やっとの思いで這いずるように歩いて行った洗面所で、見えるところに沢山付けられた歯形やキスマークを目の当たりにした道満は。
「…ケダモノ」
と言いながら、むくれてぷいっとそっぽを向いた。バスローブを緩く羽織り、紐で留めていたが。開いた首元、胸元は、赤い跡まみれだった。
「…ごめん」
無体を強いた自覚はあったので、素直に謝る。
それにしても、日の光に照らされた道満の姿が、とても美しくも悩ましくて。
よろよろした体を、支えるように抱き留めて。
「綺麗だ」
と、目を細めて囁けば。
道満はビクリと体を震わせる。頬を染めながらも。
「明日、仕事なのですが…」
と、恨みがましい視線を寄越すので。
「Vネックは着れないね」
と、返して。苦笑する。
「…悪いと思っていませんね?」
「そんなことはないよ、謝っただろう?」
なんて遣り取りをしつつ、首筋に顔を埋める。
道満がため息をついて。
「…何をしても許される、と。思っているでしょう?」
そう言われて。
言葉を返さず、首筋の歯形に口付けた。
「いつか、痛い目をみますぞ」
と囁かれて。
「…怖いね」
と囁いた。
その後、しばらく道満が口をきいてくれなくて。
不機嫌な恋人をリビングのソファで丁重にもてなして。
こちらは車で、道満のアパートに着替えを取りに行き、そのついでにカフェで美味しいサンドイッチとコーヒーを買ってきた。
服を着替え、サンドイッチを食べ、コーヒーを飲んで一息ついても、道満の機嫌は完全には直らず。
「昨日、脱ぎ捨てたスーツ…皺になりますなあ」
と、皮肉めいた独り言を言った。
しゃべるだけ、まだ機嫌が上向いているなと思った。
そこで、昨日着ていた2人分のスーツやシャツを、紙袋に入れて、マンションのクロークでクリーニングに出す。これで、2日後には、クリーニング済みで部屋に届けられる。
ついでに、近所の花屋で薔薇の花を1輪、買った。色は赤。
部屋に戻って。
「スーツ、クリーニングに出してきた」
と報告して。
「…はい」
花を渡す。
「何ですか?」
道満は戸惑った様子で。
「いや、おまえに…無理をさせすぎて、しまったから」
雑誌のような、小洒落たキッチュな恋が出来なくて。生々しい剥き出しの欲望をぶつけてしまう。
道満は、きょとんとした顔をしていた。
それにしても。女性に花を渡したら、大抵喜んだものだが。道満はそうでもないのかな、とこちらも戸惑って。
「…ごめん、花はあまり好きではなかった?」
と言うと。
道満はぷっと吹き出した。
何故、道満が笑ったのか分からなくて。
「今のどこに笑うポイントが?」
と尋ねたら。
「貴方、そこでは謝れるのに…どうしてあそこで謝れないので?」
道満は困ったように微笑んで。
「いえ、そもそも…無理をさせられたと、怒っていた訳ではなく…」
と言いつつ、言葉を切り。
薔薇の花に口付ける。
「…いい香りが、します」
微笑む。
薔薇の赤、唇の赤。細められた瞳に、長い睫毛。
美しい人。
見惚れて、吸い寄せられるように近付く。
口付けようとしたら、道満が悪戯っぽく微笑んで。
「駄目です」
顔を逸らして、お預けされる。
「罰として…跡が消えるまで、色事は禁止です」
そう言って笑う顔の、何とも色っぽいこと。
「キスも?」
「キスも」
「ハグは?」
「ハグも」
他にもいくつかの接触を例示したけれど、全て却下されて。
「…耐えられるかな?」
眉尻を下げて言うと。
「そんなに、難しいことですかねぇ」
道満はとても楽しそうで。
「…達成できた時の、ご褒美が欲しいな」
口を尖らせて言えば。
「…貴方、自分の立場が分かってらっしゃいます?」
道満は呆れ顔で。
「…そうですねえ、我慢できたら…」
顔を寄せて、こしょこしょと、耳元で。
いけないことを囁かれて。
その魅惑的な提案に、思わず恋人をぎゅっと抱きしめかけた手が、わきわきと動く。
「…分かりました?」
微笑む道満の顔が、何とも可愛らしくて。また、その表情が、少しだけ。ほんの少しだけ…
*
白い首筋に触れると。
道満が、ん?とこちらを見る。
「もう、跡、消えているよ」
と囁くと。
「本当に?」
あだっぽく笑う。
「鏡で見てきて」
そう促すと。
「…炬燵から出たくありません」
と断られた。
ワルイネコチャンめ、と。また頬が緩む。
あと数十秒、もうじき日付が変わる。
指を絡めるように手を繋ぐ。
こちらを非難するように見る道満に。
「指を絡めるのは、駄目とは言われていない」
と笑い掛ける。
3、2、1。
新しい年がきた。
「あけましておめでとう、今年もよろし…」
言いかけて。
道満の唇が、こちらの唇を塞いだ。驚いて、目を見開くと。
「…こちらからキスするのは、別に禁止しておりません」
道満は目をきらきらさせながら、笑った。黒曜石の悪戯っぽい輝き。
目が離せない。
そして、こちらに抱き付いてくる。ふわり、髪から匂いたつ甘い香り。
「そもそも、首の跡、消えてるんだけど?」
と言って。
「ンンンン…見てないので、分かりません」
と言われて。
本当に、気紛れな猫。
ふっと笑って。
「じゃあ、首には絶対に跡を付けないから…後で鏡で確かめて」
囁きながら抱き寄せて。口付けた。
甘い唇。甘い吐息。甘い濡れた舌。
潤んだ瞳が、いいよと言っていたので。お預けは解禁。
三編みを解く。
ハッピーニューイヤー。
Fin