オスアキがホットドッグを食べて胸に挟まれる話 オレはオスカーの胸に鼻づらを埋めながらこう言った。
待ってくれ、これは違う、と。
何がどう違うのかなんてオレ自身にもよく分からない。
ただ、こんな場所でこんな状態になっているのは、決してオレの本意じゃないことだけは確かだ。
一体どんな状態かというと――
「アキラ、その、ひとまず……お前の言い分は分かったから――」
「いいや! 分かってねえ! オスカーは少しも分かっていやしねえ!」
見ての通り。
オレは平日真っ昼間の人通りの多いタワー内の廊下でオスカーに馬乗りになり、オスカーの胸に自分の顔を押しつけながら、違う違うと怒鳴っていた。
こうなった原因は実に冗談みたいな話から始まる。
世間を微妙に騒がせたあの『両思いチョコレート』の一件は、まだ誰の記憶にも新しいだろう。
『両思いチョコレート』とは、原料であるカカオの根元に埋まっていた【サブスタンス】が影響し、食べたら最後、誰彼かまわず「好き」「大好き」と言いまくってしまうという冗談のカタマリみたいなチョコレートのことだ。余談だが、あのフェイスも件のチョコを食べてしまって大変な思いをしたらしい。今となっては気の毒と言うほかないが、少し前のオレならほんの少しくらいは面白く思ってしまったかもしれない。
もちろんバレンタインが終わった今となっては、原因のチョコと共に事態は無事収拾された。全方位大好き乱射人間も発生してはいない。
してはいないのだが――こういうのは続くものなのだろうか。
また、あのチョコに匹敵するほどの危険な食べ物が世に出てしまい――
「食べちゃったんだね……? 『告白ホットドッグ』を……」
ドクターの確信のこもった問いに対し、オレは頭を抱えながら「昼に、食べた」と絞り出すように答えた。あまりに恥ずかしくて研究室のスツールに座ったまま顔もあげられない。
ていうか『両思いチョコレート』のときも思ったけどこういうふざけた名前って一体どこのだれが考えてるんだ? そんな疑問さえ沸かないほどオレは窮地に立たされている。隣のウィルの息を呑む気配が辛い。
「すみません、ドクター。あの……『告白ホットドッグ』ってもしかして、あの?」
ウィルの問いに対しドクターは「そうだよ」と肯定した。
『告白ホットドッグ』とは前述の『両思いチョコレート』同様、原材料を育てる土壌に埋まっていた【サブスタンス】の影響が出てしまった食べ物のことだ。前回はカカオの木の土からだったが、今回はホットドッグのパンによく使用される種類の小麦が育てられた畑にそれがあった。
恐ろしいことに、これを食べた人間は己が強く好感を抱いている人間の胸に嫌でも飛び込んでいってしまう。飛び込まれた方は、このホットドッグの効果を知っていれば、一発で相手の気持ちを知ってしまう。
だから、『告白ホットドッグ』というわけだ。
今頃、あのホットドッグを売っていた店は出店禁止を言い渡されていることだろう。
ウマかったのになあ、あの店。
「ま、待ってください。ということはアキラはオスカーさんのことをむぐぐぐ」
「勝手に! 決めんなっつーの!」
オレはウィルの口に手を当ててその先を言わせないようにした。
確かに……確かにだ!
オレはオスカーのことを嫌いじゃない。
あいつはオレにとって結構――いや、すごくいいメンターだ。
最初はブラッドのこと以外何も見てないヤツだと思ってたけど、あいつはあいつなりにいろんなことをたくさん考えてるのが分かる。ていうか考えすぎてたまに空回りしているくらいだ。
あと、下手な嘘をつかないのがいい。
これはブラッドもそうだけど、オスカーはそれに輪をかけた正直者だ。だから褒め言葉一つにしろ思ってることそのまんまの言葉なんだって分かるから余計うれしくなる。(まあ、オレは天才だから、だれに褒められても嘘を勘ぐる理由なんて一つもないんだが)
あいつの背や筋肉だけじゃなく、言葉にすれば切りがないくらいすげー憧れてるところがあるのも、まあ、認める。認めてやる。
「でも、だからって、そういう好きだって限らないだろ!?」
自分自身でもなぜか弁解じみてるように感じるオレの話に一切口を挟まず、黙って聞いてくれていたウィルとドクターは、神妙な表情で顔を見合わせた。
□□□
人があまりいない時間帯のトレーニングルームの更衣室。
いつもならとっくに来ているはずのあのアキラの不在の理由を言おうとしたウィルは、「え?」と目を丸くしていた。
「じゃあ……もうオスカーさんは知ってたんですか? アキラが例のあのホットドッグを食べて“ああ”なったってことを」
俺はロッカーの扉を閉めながら「ああ」と頷いた。
「だが俺は、ちゃんと分かっている。これは、できればウィルからアキラに伝えてくれ」
「え……分かっているって、何をですか?」
「アキラが俺に対し、そういった意味での好意を持ってはいない、ということをだ。あのときアキラは何度も『違う』と言っていたからな。疑う理由もない」
【サブスタンス】は便利だが未知な部分も多い。
あのホットドッグを食べた人間が突撃する先も「その人間が恋い慕う対象」だと巷では言われているようだが、正直疑わしいものだ。
「……率直に言って俺にはあのアキラがそういった恋をしているようには見えない」
「それは……まあ、分からないこともないですが」
幼なじみのウィルから見てもそうらしい。恋愛方面に極めて疎い俺の所感だったが、見当違いではないようだ。
俺の知るアキラはいつもヒーローに夢を見ていて、その大事な夢を壊さないよう、まっすぐひたむきに努力する男だ。その努力の合間に恋愛をするような器用さをアキラに感じられない。
「だから気にせずトレーニングに来いと伝えてくれ。大体アキラが俺に飛びかかってくるなんて、いつもの勝負と対して違わないだろう?」
「……」
それまで俺の話を聞いていたウィルは眉間にしわを寄せて腕を組み、「う~~ん」と何か考えこむようにうなっていた。
「どうした、ウィル?」
「その……これは無理に答えてもらわなくてもいい質問なんですが」
「何だ?」
「もし、もしですよ? アキラが、オスカーさんのことをそういう意味で好きだとしたら、オスカーさんはどうしますか?」
思ってもいない質問に今度は俺が目を丸くする番だった。
ロッカールームの時間は停止して宇宙になり、大脳がフル回転する。
「アキラが?」
「は、はい」
「アキラが」
「お、オスカーさん?」
もし?
アキラが?
俺のことを……?
その日、俺は何をしても上の空で、トレーニングに少しも集中できなかった。
ウィルは「変な質問してすみません」としきりに謝っていたが、ウィルは何も悪くはない。悪いのはメンターにも関わらず、簡単に平常心を乱してしまう俺自身だ。