砂浜にて 人を犬と例えることには抵抗はあるが、砂浜の向こうから脇目もなく猛ダッシュで駆け寄られては左右に振り乱れるあのふさふさの尾の幻をどうしても見てしまう。比較対象のごとく本物の犬であるゴールデンレトリバーを並走されては尚更だ。しかし、ヒーローといえど人の足では犬の脚力に負けるのは自明の理。あっさりと追い抜かれてしまった人間のはずのアキラは本気で悔しがっていた。一方、勝者であるゴールデンレトリバーことバディは己の勝利を誇示するでもなく、ゴールテープ代わりの俺の傍らで優雅に寝そべりはじめた。もしかしたら俺に撫でてほしいという意思表示かもしれない。だが飼い主の許しもなく、不用意に彼に触れるべきではない。じっと耐え忍ぶ俺に対し、バディはきらめく瞳で俺をじっと見上げていた。
一分後。
バディの飼い主であるグレイが息も絶え絶えにやってきた。アキラとバディに釣られて砂浜を全力疾走した彼は、別に体力に問題があるわけではない。だが今後スタミナ面のトレーニング見直しをするそうだ。いい傾向である。
砂で汚れてしまったバディの体を洗うため、一度実家に戻るというグレイを見送った俺とアキラは、タワーに戻る道すがら話をした。内容はもちろん今後のトレーニングメニューについてのことだ。打倒バディ、らしい。この分だとアキラのライバルは今後多方面に雪だるま式で増えることだろう。こんなに全力で生きてしまえる男を俺は知らない。俺は話しながら俺を見上げるアキラの瞳に、先ほどのバディ以上のきらめきを感じてしまった。
ふと、思う。
『アキラの頭を撫でるための許しは、誰に得るべきなのだろう』
汗で濡れた赤い髪が俺を誘うように風で揺れた。