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    くろせ

    @icomg39

    長いのとかえっちなのとか致命的なネタバレ含む奴とかとにかくワンクッションおきたいの置き場

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    くろせ

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    主目的:杖でブン殴るチェズレイが書きたかった

    #モクチェズ
    moctez

    藪の中へ帰る距離にして約51M。
    広いホールのほぼ端と端。沢山の人の壁も越えそれだけ離れた場所にいても尚、チェズレイが不躾な物言いをされているのはよく分かった。言い寄られているのともまた違う、美しい工芸品を値踏みし且つ価値を下げようと難癖をつける質の悪い批評家特有の、人を見下した笑みだ。後ろ暗いパーティーに潜入するたび何度となく見てきた醜悪さ。
    チェズレイが知力のみならずその美貌をも餌にして情報を得る手練は、幾度かその場を潰したりしているうちに段々と減っていた。俺が面白く思っていないのを察したのかもしれないし、特にヴィンウェイで俺の執着を真正面に受け取って以降は俺の心情が作戦に反映されることがかなり増えていた。
    それでも長年磨かれてきた容姿は本人の意思に関わらず人目を惹く。今回は目元のメイクを隠し眼鏡をかけていたにも関わらずこの調子だ。いくら浮足立った社交場とは言え、かける言葉と態度は選べないものだろうかと思わずにいられない。
    何食わぬ顔をして間に割って入りたい気持ちはあれど、早々に目が合ったチェズレイに制されてしまった。「お任せした仕事がありますよね?」と俺を諫める冷たい瞳。確かに、今日ここで得る情報の数は間違いなく仕事の戦局を左右するけれど。
    下卑た男の振る舞いなど歯牙にかけた様子もないチェズレイを確認してその場は渋々引いた。合流したのちさり気なく話を振ってみても、過保護な守り手さんだと揶揄われるだけだった。


    馴染みの潜入服を身に纏い、闇夜に紛れての仕事はそれから二日後のこと。
    厳重に警備態勢が敷かれた美術館。飾られた歴史ある絵画に仕込まれた暗号を奪取するのが今夜の目的である。先日のパーティーで得た情報によれば、かの絵画は数年前から腕利きの贋作師達によって暗号のやり取りに使われているのだとか。何でも絵具の一部を剥がせばキャンバスに刻まれたメッセージが覗くらしい。
    宝石の中にチップを仕込んでみたり、この世界の裏社会人はどうして妙なところで遊び心を発揮するのだろうか。しかし遊び心たっぷりの悪党を相棒に持つ身としては「ま…そういうこともあるか」と納得するしかないのだった。

    さて、無敵の武人などと過分に評されることも増えて来たこの頃だが、流石に屈強に鍛えられた警備員複数を相手にすれば手こずることも勿論ある。こちとら既に齢四十も超えたれっきとしたおじさんなのだ。
    忍としての業ならば持前の体躯で不足はないが、力比べになると上背のある恵体が羨ましくも思える。負けはなくとも、如何せん手っ取り早さが違う。
    視界の端で警報機を解除しショーケースを外すチェズレイが既に見えていた。あと数分もすれば絵画を手に入れ撤退となるだろう。
    そろそろ仕上げの算段をつけなければと鎖鎌を握った、その矢先。

    「…おや?ご機嫌よう」

    不意に響いたチェズレイの声。忍び込んだ夜の美術館でわざわざ通る発声など、相手がいなければとんだポカだ。
    しかしチェズレイが意図もなくそんなポカをする筈もなく、鎖鎌で警棒を弾き飛ばした音に交じって上等そうな靴音が近付いてくる。

    「やあやあまた会えて嬉しいよ、チェズレイ・ニコルズ!やはり眼鏡はかけない方が美しいな」

    館長たる私に挨拶もなしとは礼に欠けた振る舞いだが、と演技がかってじっとりとした声音はチェズレイに負けずとも劣らない。
    お眼鏡に適わなかったってか眼鏡だけに、なんて思わず脳内で突っ込んでいる場合ではない。俺が言えた義理でもないが、第一声で人の美醜に触れる人間にロクな奴はいないのだ。
    声の方を確認するため、取っ組み合っていた相手の顎を鎌の柄部分で思い切り突き上げて無理矢理隙を作る。
    そこには見覚えのある姿。不愉快な記憶は頭に残るものだ。
    「しかし派手なメイクだ。まさか入れ墨か?勿体ない…君の透けるような肌には不似合いだよ。ただ今日の衣服は先日のパーティーに着ていたものよりは似合っているんじゃないか。君の美貌にあのタキシードはあまりにミスマッチだった。裏地にミカグラ模様などナンセンス。まさか自分では選んでいまいね?私には分かるがあれは君のセンスではないだろう。選んだバトラーは即刻クビにしたまえ」
    長々と一人でつらつらと、相手に口を挟ませる気のない長台詞。
    間違いない。先日のパーティーでチェズレイに絡んでいた男だ。この美術館の館長だとは聞いていなかった。あの時もきっとこんな調子で詰め寄っていたのだろうことが易々と想像出来て気分が悪い。
    思わず腕に力が籠ってしまい、投げ飛ばした先まで気を回せなかった。屈強な男の体をぶつけられたショーケースが割れ、同時にブザーが鳴り始める。
    「喧しい…折角の君との再会だと言うのに。あの日のようにたっぷり語り合うには場所が悪い。そうだ、私の執務室に招待しよう」
    けたたましい音と光に意識を奪われないためには訓練がいる。内心の動揺を隠せずにいた残りの警備員の隙をつき、無駄に手こずってしまった戦闘を無理矢理終える。手心を加える余裕がなくなってしまったとも言う。
    聞いているだけの俺がこんなに腹立たしいのに、チェズレイ本人の心中は如何ほどか。
    とうとう男は気安くチェズレイに手を伸ばす。あの日は許されなかったが今度こそ割って入ろうと一歩踏み込んだ瞬間、
    ビュオッ
    と風を切るような音がして。

    「ぐァッ…」
    次いで聞こえる鈍い悲鳴。

    何が起こったかと言えば至極単純、チェズレイが獲物を振るっただけだ。
    いつも肌身離さず持ち歩いている仕込み杖を、抜く事もなくそのまま振り上げて。指揮でもするかのように横に振り払った。
    杖による単純な殴打。
    それだけの事だが、喰らった相手は勿論地に倒れ目を白黒させているし、俺も呆気に取られてしまった。同道してそれなりに経つが、あまりに見慣れない光景である。
    「…失礼。思わずはしたない真似を」
    「あ…、ああそうだ!こんな…暴力なんて下品な振る舞いを、君がッ」
    パシン、と。
    杖の柄を掌が受け止める。退屈したチェズレイがよくやる手慰みだ。パシ…、パシ…、と煩いブザーが響き渡る中でどうしてその音をこうも耳が拾うのか。

    「…あなた、私を何だとお思いで?」

    パシン。音の間隔がそのまま苛立ちのゲージのようで、俺まで思わず息を飲む。
    男は先ほどから口を開いては言葉を飲み込むことしかできないまま。
    蛇に睨まれた蛙とはまさにこの事。既にこの場はチェズレイ・ニコルズの支配下だった。
    「薄汚い悪党に何を見出しているやら。暴力程度で驚かれては困ります」
    「き、君には…もっと優雅な手段が似合…」
    「どうぞお好きに幻滅なさってください。ここは既に社交の場ではなく、あなたの見当違いな批評にお付き合いする義理もありませんので」
    そこまで言ってひと際大きくため息を吐く。麗人の嘆息といえばまるで絵画のタイトルだが、最早言葉を紡ぐ価値すらないと断ずる決定的な合図に他ならなかった。

    「…ああ。最後に一つ教えて差し上げましょうか」
    コツ。チェズレイが歩を進めた音。ヒュ、と再度暴力的なタクトが降りあがる。
    鈍い音と共に、後ずさる男の悲鳴が短く途切れた。
    「先日のタキシードは私のかわいい人が選んでくださったのです。来世まで共にいる約束を交わした、ね」


    「お前さんて怒るとほーんと怖いよね…おじさんまで竦みあがっちゃった」
    「もっと怒った私をご存知でしょうに何を今更。ああいう輩は一度躾をしなければ付け上がりますからね、私が一役買って差し上げただけのこと」
    「躾ねえ…」
    無事手に入れた戦果を抱えて夜の街を走る。仕事終わりの足取りは軽く、先ほどまでの剣呑な雰囲気などどこにもない。
    「何ですか。そのやにさがった顔」
    「お前さんの逆鱗てイイとこにあるな~と思って」
    「…何ですか。そのいやらしい言い方」
    「俺ってお前さんの『かわいい人』なんだ?」
    上がる口角は首巻でうまく隠れたろうが、下がった目元はよく見えているだろう。そんな俺を見て思い切り眉を寄せたかと思えば、進行方向を向き直り涼しく笑った。
    「かわいい人でしょう?私に似合わない服を着せて、マーキングに精を出すのですから」
    かわいい犬と言い換えても良かったかもしれませんねェ、なんて楽しそうに笑われると途端に気恥ずかしくなる。パーティー用にこの中から好きな服を選んでくださいと言われ、確かに自分の故郷の模様が入ったものを選んだ。深い意図があった訳ではなかった、筈だ。けれど確かに裏地に金糸で縫われた紗綾形がチェズレイに纏うに相応しいと感じた。直感こそが正直と言われればそうかもしれない。
    先ほどまでこの男の逆鱗が俺に纏わる部分にある事に舞い上がっていた分、顔が熱を持つ気がした。
    「……そう言われると、おじさんすごく狭量な男みたい」
    「それがかわいいのです。ご存知ありませんでした?」
    一層おかしそうに笑うチェズレイの舌が飛び出し始めている。このまま言わせておくともっと居た堪れない事象まで突き付けられそうで、あわててその体を抱えあげた。驚く事もなく、それすら面白がっていたので俺の行動も織り込み済みなのだろう。

    チェズレイのおっかなさに久々に触れたからこそ、今の無邪気なかわいげが無性に愛しい。そしてそれは家の中でこそ惜しげなく晒されるべきである。
    ビルからビルへと飛び移る足取りは二人分の重みでも尚軽やかだ。忍者の足で、帰路の時速は更にあがっていく。

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