2025‐03‐23
ミューズに呼び出され、砦を留守にして数日。ようやく帰ってこられた。轍のはっきりと残る道を歩けばサクサクと軽い足音が立つ。夕方の風が草原をのびのびと走って、髪の毛を乱した。随分と長くなってしまったから、そろそろ切る頃合いだ。明日にでもフリックに頼んでみようか。
まだ灯りのいらない道をゆっくりと歩く。その先に目指す場所がある。慣れた寝床があって、気やすい店主の元で酒が飲めて、迎えてくれる人がいる。
帰る場所だ。ずっと前に失われたビクトールの故郷とよく似た、だが少しばかり血なまぐさい場所を迷うことなく目指してビクトールは歩いていた。
ありがたい話だ。顔を上げれば遠く、小さな森が見えた。明かりがちらちらと木々の間に揺れている。騒がしい連中の騒がしい声が、まだ聞こえるはずもない距離なのに耳に響いて、思わず笑みが漏れた。
まったく、まったく本当にありがたい話だ。
ミューズでこの話を受けた時、こんな気持ちになるとは思わなかった。所属する、という事がビクトールには分からない。正確に言えば分からなくなっていた。属しているのは過去のコミュニティで、どこへ行ってもはぐれもの。そのはぐれものの立場でひらりひらりと責任を避けて、ただ自分のために生きていた。
仇を討っても同じことだ。行き場所がなく、知った場所に流れ着いたビクトールに、それでもとアナベルが言った。自分のところに来ないか。傭兵たちを取りまとめてほしい。
最初は問答無用で断ろうと思っていたのだ。だがいつの間にかビクトールの周りにできていた関係性が、一斉に声を上げたのだ。
『どっかにまとまってくれねえと、仕事を受けるのだって面倒じゃねえです?』
『ミューズが面倒見てくれるってんだから受けりゃいいじゃないですか』
『あんたの下なら無駄死にしなくてよさそうだって言ってるんですよ』
『俺は向いてると思うけどな』
勢いに押されて一旦頷けばあとはなし崩しだ。あれよあれよという間に形ができて、役割ができて、座る席が用意された。
向いてないし、居心地などよかろうはずもない。そう思って恐る恐る座った椅子は、なかなかどうして離れがたいものだった。
何しろ。
ビクトールの帰還に気づいた傭兵が手を振った。それに手を振り返し、門をくぐる。夕暮れの傭兵隊は、戦争を仕事とする人間の集まりとは思えぬほどのどかで、のんびりとした空気が漂っていた。
「おかえんなさい」
「おうただいま」
門番と挨拶を交わす。いらっしゃいでも何用だ、でもなく、ただ当たり前の帰宅の知らせ。
だがそれだけがビクトールにとって何よりも幸いだった。現実になるまで、本人さえも知らぬ望みだっただけだ。中からは明かりが漏れ、夕食のいいにおいがする。ここには誰かが住んでいて、ビクトールの帰還を迎えてくれる。
そういう場所だ。そういう場所を、今のビクトールは持っている。