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    そのこ

    @banikawasonoko

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    文責 そのこ

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    ⓒKonami Digital Entertainment

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    そのこ

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    解放戦争後、一緒に行く腐れ縁。ビクトールさんから誘ったとは思うんですよね。多分ね。

    #ビクフリ
    bicufri

    2025-06-25

     グレッグミンスターにほど近い小さな街の小さな宿屋。店主とは解放軍とは無関係に顔見知りで、それなりに貸しもある。だから季節が一つめぐるぐらいなら長滞在を許されたし、特に事情も聞かれない。国の形が変わったと解放軍の奴らが喧伝に来たときに、少しだけ聞きたげな仕草を見せたが、俺が一つ首を振ればそれでおしまい。
     ジョウストンからの人間と渡りをつけるような店主だ。人それぞれに事情があるなんて知り尽くしている。もしここがなければ、俺だってさっさとあのけが人を解放軍に返していただろう。自分が戻る事はなかったとしても、だ。
     流石に季節が一つ巡れば、床を上げることは出来る。解放軍がどうなったかも、他の滞在者から聞いているに違いない。じゃあその次は、と言うわけだ。春が来る。俺もそろそろどうするか決めないとな。
     
     いつものように宿の食堂で向かい合って飯を食う。人の流れが回復してきたのか、そろそろ春だからか、客の入りはそこそこだ。いろんな人間のいろんな会話が混ざり合って、それぞれが意味を成さなくなる程度。
     酒があるのは俺の側だけ。あとは似たようなものが卓には広がっている。冬の間は心配になるぐらい飯が食えてなかったけど、だいぶん回復してきたようでなんとも嬉しい。
    「ちょっと真面目な話をするんだが」
     取り箸で山菜の天ぷらをフリックの器に一個乗せながら言う。油もんも食えるようになったんだよな、嬉しいな。俺が勧めるものをうまいうまいと食ってくれるのも嬉しい。
    「真面目な話」
     天ぷらを食ったフリックは魚の煮つけに手を付ける。箸でほぐした白身の魚にこっちの方でよく使われるちょっとしょっぱい調味料を絡めてご飯の上にのっけた。
     俺の方も広がった夕飯に手を付ける。エビもあるし、イモもある。つい先日まで内乱をしていたとは思えないほど流通が回復している証拠だ。レパント達が頑張っているんだろうな。すげえよな。
     俺は今から、そっちに背を向けることを言い出すのだ。
    「俺、そろそろ帰ろうと思ってて」
     酒は用意してあるが、まだ手を付けていない。ざわめく店内で、ちゃんと相手にだけ届く声にさほどの大きさはいらなかった。
    「ジョウストンにか」
     ネクロードは殺した。その時に帰らせてもらってはいたが、結局ノースウィンドウまでは行けていない。ほとんど10年が経っている町を見るのが怖くて、10年が経っているという事実を突きつけられるのが怖かった。過去の自分との断絶は、あまりにも深く暗い。
     それでも帰りたいとは思う。怖いのも本当、帰りたいのも本当。いつまでもトランと名前を変えたこの国に、留まるつもりこそない。
    「そう。あっちにもでっけえ湖があってな。そこの畔に俺の故郷がある」
     箸でぐるりと円を描き、南西の一点をさす。あの辺か、と訳知り顔で頷くのが少しだけおかしかった。
    「帰れば良いんじゃないか」
    「お前も一緒に行かねえか」
     あんまり興味が無さそうな声に、かぶせるように言った。出来るだけ普通に言ったつもりではあったけど、フリックは俺の勢いに面食らったみたいに目を瞬かせ、ぎゅっと顔をしかめる。
    「ジョウストンは……遠い」
    「まあ近くはねえけどさ」
     長年の敵国だとか、俺の故郷に興味がないだとか、そもそもトランに残るつもりなのかもしれない。本当にこいつがトランに残りたいと思っているんなら、まあ俺だって考えなくはないけれど、そうじゃないだろ。そうだったら、もっと別のやり方があった。冬の間中、俺の世話を受けるようなこと、しないだろ。
    「間に砂漠? 礫砂漠? 荒地みたいなところはあるけど、大した事ねえしさ」
     戦争の末期、あの辺はジョウストンに取られちまっている。それを取り返そうなんて動きは確かにあるみたいだけれど、影響を受けない場所なんてどこにでもある。砂漠を渡る隊商への伝手だって、いくらでも考えつけた。
     あとは連れがどうなるか、ぐらいの話だ。
     フリックは箸をおいて首をかしげた。
    「なんで」
     なんでって。
    「……いやだって、一人はつまんねえし」
     飯を食うのも朝起きるのも一人なんだぜ。そりゃあ、店に行けば適当に人と仲良くなるなんてお手の物だし、金さえ払えばお姉ちゃんたちとあったかい寝床に入ることは出来る。でも俺が、ずっと。
     ずっと寂しかったのは、そういう事じゃない。
     食堂は騒がしい。でも、ひとりだとそれを聞くばかり。騒がしいな、次に何喰う? 何飲む? 前食ったあれがうまかったな、なんて積み上げるものがないんだ。
     誰でもいいよ、お前じゃなくても。でも、たまたま俺はお前を拾ったから。
    「トランに戻るのか?」
     蓋然性の高い未来を言ってみれば、フリックは静かに頭を振った。改めて箸をとり、煮しめの中の猪肉を俺の皿に移してくる。うまかったのかな。
    「じゃあ良いだろ、俺とジョウストンに行こうぜ」
     もらった猪肉の塊を口に放り込む。味が染みてうまい。
     フリックは困ったように俺を見て、天を仰ぎ、戻したとおもったら傾げて、最後にぎゅっと目を閉じた。
     そうしていう。
    「……まあ、いいか……」
     トランに戻らないという事だけが確定事項で、あとは全部ふわふわだ。そのふわふわの未来に、俺のふわふわの希望をねじ込んだ。だいたいそういう事でしかない。
    「やったぁ」
     けっこう棒読みの喜びの声に、フリックは眉を寄せた。
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