2025-06-28
ホウアン先生から頼まれた物資を調達しに、城中を駆けずり回っている。そこここにけが人が転がって、周りには治療を施す人間たちが行き交う。その顔は暗く、険しく、まさしく追い詰められていた。
ルカのやつはやっぱり異常に強くて、全軍で包囲しようが何をしようが突き破って逃げて行った。ありゃあ獣かなにかと同じで、人間の理屈では生きていない。
つい先日まではルカを倒して見せると息まいていた城は、そんなことなんて全部忘れたみたいに暗い。あんなのどう勝てっていうんだ。今から降伏なんて許されるはずがない。俺たちは全員殺されるんだ。
それを宥めるのも俺たちの仕事だ。市民と近しく接してきたからか、傭兵だといって怖がる人間はあんまりいない。元ミューズ市民や元サウスウィンドウ市民なんかが住民の中心だから、身内意識はむしろ俺たちに対してのほうが強いんだろうな。
「あんたや隊長さんがいるんだ。なあ、大丈夫なんだろう?」
リューベの村に住んでいた老人が、バーバラの元で物資の配布を手伝っている。顔なじみの俺を捕まえて、不安げに眉を寄せた。
「大丈夫だよ。ただ、逃げられるようにはしといてくれよ」
ルカ・ブライトは俺たちを絶対に許さない。捕まったら最後、どういう形にしろ命は奪われるんだろう。それが嫌なら、前みたいにまた寄る辺の無い逃亡生活だ。老人は力なく笑った。
「どこに逃げるってんだよ」
シュウのやつがいくつか候補地を選んでいるはずだけれど、この場合は実際にどんな土地かなんて話じゃない事ぐらいは分かる。
この人は住んでいた街を追われた。それが二度、三度と続く。逃亡生活はもう終わって、やっと落ち着ける場所ができたと思ったのに、それが幻だったなんて信じたくないのだ。
気持ちは分かる。でも俺に言える事なんて本当にわずかだ。
大丈夫。
策はまだある。
逃げる準備はしておいてくれ。
まだ終わっていないから。
その四つを組み合わせているだけ。
不安げな顔が晴れることはないけれど、俺には本当に言えることがない。下を向いた顔を上げさせて、向くべき場所を示して見せる。オデッサやセキアが持っていた力だ。
もう一度、大丈夫だ、と繰り返し、俺は踵を返した。行くべき場所、やるべきことはたくさんあって、その先々で俺は何度でも大丈夫と繰り返す。