甘いティータイム サンドウィッチにケーキに紅茶。当然用意されたスコーンにはクロテッドクリームとイチゴジャムがちゃんと付いている。れっきとした王道のアフタヌーンティー。アメリカに来てからはやることの無かった母国、イギリスでの風習。
紅茶を手馴れた手付きで用意するウィリアムの後ろ姿を眺めて、シャーロックはその懐かしさを噛み締める。良く兄のマイクロフトがアフタヌーンティーを提供する店にシャーロックを無理矢理連れて行っていたものだ。
「できたよ。シャーリー」
そう言ってティーカップとポットをテーブルに乗せた。貴族とは思えない手際の良さで、紅茶をティーカップに注いでシャーロックの目の前に置く。穏やかな笑みを浮かべてウィリアムは自分の分も注いで席に着いた。
「なんか、懐かしいな……」
「ふふっ……シャーリーがこっちに来て、スコーンと紅茶を嗜んでいる様子がないって聞いてね。やっと食事制限が解除になったからお茶会でもしようかと思って」
「やっとか……よかったな。それにしても、探すの大変だったろ? こっちだと、クロテッドクリーム中々見ねぇし……スコーンだってちょっと違うしよ。英国と同じものを探すのも面倒くさくて俺はやらなかった」
「そうだと思った。確かに探すのは大変だったけど、楽しかったよ。君とお茶会したかったし……」
そう言ってティーカップに口付けるウィリアムは優雅で美しい。こんな風に穏やかに話し合える日が来て本当によかったと心の底から思った。シャーロックも紅茶に口をつけて目を見開く。
「美味いな」
「でしょう。英国の物を取り扱ってる店に行ったんだ。ねぇ、スコーンも食べてみて……」
言われるがままにクロテッドクリームとジャムをたっぷりとつけて頬張る。イチゴジャムの甘さともったりとしていて爽やかなクリーム、ザクザクとしたスコーン。懐かしいやら美味しいやら……色々な感情が湧いてきて、シャーロックは無言で一つ食べ切ってしまった。
「どう?」
「なんか、懐かしい味がした。スコーン一個でこんなに恋しくなるもんなんだな」
「帰りたい? 英国に……」
そうカップの中を見つめて呟くウィリアムが寂しそうに見えて、シャーロックははっきりと宣言した。
「バーカ……お前を置いて帰れるかよ! あいつらに会いたいとは思うけどな! それはリアムだって一緒だろ?」
「うん……でもね。君は僕に付き合わなくてもいいんだ」
「生きてりゃ、また会えるさ……だから、気にすんな」
紅茶を飲み干して、空になったカップを突き出し、シャーロックは笑う。
「おかわり!」
目を見開いて驚くウィリアムは、何度か瞬きを繰り返してからそっとポットを手にしてシャーロックのカップに紅茶を注いだ。そして肩を震わせて笑う。
「シャーリー、僕と一緒にいてくれるかい?」
「はっ……愚問だな」
「ふふっ……ねぇ、一ついい知らせがあるんだ」
「なんだ? いい知らせって……」
「シャーリーの仕事、手伝ってもいいって先生が……」
その言葉を聞いた瞬間、シャーロックは立ち上がり身を乗り出す。嬉しさを隠しきれないといった様子で早口で捲し立てた。
「マジかよ!! よっしゃぁ! やっとリアムと仕事できる!! なぁなぁなぁ今やってる案件で、証拠がねぇから罠に嵌めたい奴がいるんだ。俺は二つプランを立てたんだが、予想しているより大きな組織だった場合、ちょっと手こずるかもしれなくてよ……んでさ、むぐっ!?」
シャーロックの話を遮る様にウィリアムはケーキを彼の口に突っ込んだ。フォークを片手にウィリアムは有無を言わなさない笑顔を浮かべる。
「ちょっと落ち着いてシャーリー。その話は後でちゃんと聞くから先に僕の話を聞いてくれるかい? 手伝ってもいいって言われたけれど、条件があるんだ」
口に突っ込まれたケーキをもぐもぐと咀嚼するシャーロックは大人しく縦に頷くと、座り直してウィリアムの話に耳を傾けた。
「激しい運動はまだ禁止だから現場には行けない。知識を貸すだけ、それでもいいかい?」
「あぁ! 一緒に考えてくれるだけでも全然いいぜ」
「良かった……」
その言葉に安心したのかウィリアムは胸を撫で下ろす。すると何か気になることでもあるのか、ウィリアムがじっとシャーロックの顔を見つめる。よくわからないのでとりあえず、笑顔を向けると、ウィリアムの手がこちらに伸びてくるではないか。思わず固まってしまう。そんな甘い雰囲気ではなかったはずなのに、ウィリアムの表情は真剣で今にもキスをしてくるのではないかと思うほどだ。伸ばされた手が頬に触れ、指が何かを掬う様にして動くとシャーロックから離れた。そして、何食わぬ顔でウィリアムは指に付いたクリームをシャーロックの目の前で舐める。赤い舌がちろりと見え指先に触れた。その仕草が妙に色っぽく、シャーロックの心臓を跳ねさせた。
「ごめんね。さっきのでクリームついちゃったみたいだ。じゃあ次、君のプランの話聞かせてくれるかな。僕で力になれるかわからないけれど……」
何事もなかったかの様なしれっとした態度でウィリアムはシャーロックに先程の話の続きを促す。シャーロックはというとワナワナと肩を震わせてウィリアムに向かって吠えた。
「リアム。お前……このっタラシ!!」
「なんのことかな? シャーリーがドキドキしちゃっただけでしょ?」
「心臓に悪りぃ……」
「ふふっ……君って可愛いよね」
「お前はタチが悪い。まぁ、そんだけ元気になって良かったけどよ」
耳まで赤くして項垂れるシャーロックに幸せそうな笑顔を向けて、ウィリアムはケーキを口にした。