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    chunyang_3

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    chunyang_3

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    CQL50話の後の懐桑と藍曦臣。あの後の二人の関係性ってどうなるんだろうと長らく考えていた話です。失ってしまった誰かのことをそれぞれ別の感情を持っている二人が分かち合う時間みたいなものが好きなので、そんな夜があれば良いなと思っていたのをやっと書きました。聶明玦と藍曦臣の特別な関係に名前は付けてないんですが、雰囲気nielanっぽいかもしれない。

    #CQL
    #聶懐桑
    nieWhiting
    #藍曦臣
    lanXichen

    響き分かつ夜 石畳の小道を行く懐桑は、鼻歌でも歌い出しそうなほど気分が良かった。酒で火照った顔を扇子で仰ぐと、座学に来ていた頃に隠れて三人で飲んでいるのを藍忘機に見つかって逃げ出したことを思い出してしまう。そういえば、あの時は懐桑と江澄がいなくなった後、魏無羨と藍忘機の二人は一晩一緒に過ごしていたのだった。今思えばなんて本人達に言うものでもないだろうが、それにしてもこんな風にまた雲深不知処で酒を飲むことになるとは思いもしなかった。
     清談会が雲深不知処で行われるのに合わせて姑蘇へやってきていた懐桑は、明日からの会合に合わせたもてなしの宴に参加していた。宴と言ってもそこは藍氏の宴なので他の世家の宴とは幾分趣きが違うものではあるのだが、何にせよその宴の後、思わぬ人物にそっと物陰へと引っ張られた。見れば、今は藍忘機の元にいる魏無羨がニヤニヤしながら懐桑を見ていた。
    「聶兄、藍氏の宴には物足りなさを感じてるだろ?」
    「それは、まあ否定できないけど」
     そうして懐桑の肩をポンと軽く叩いた魏無羨は、何だかずいぶん昔の、まだ十代だった頃の悪巧みをしている少年そのものみたいに見えた。
    「懐桑、ちょっと付き合えよ」
     どこから持ってきたのか酒壺を取り出した魏無羨が、懐桑の前で天子笑を振ってみせる。
    「ええっ、雲深不知処って飲酒禁止でしょ!?」
    「しーっ、だから大声出すなよ。たまには俺も酒を飲めるやつと飲みたいんだよ。まぁ、たぶん藍湛も後で来るけど」
     あっけらかんとして答えた魏無羨に、懐桑は及び腰になる。
    「それは俺が行って大丈夫なの?」
    「だいじょうぶ、だいじょーぶ」
     そう言うと、裏道らしき道へと誘うように向かってゆく。
     魏無羨はまるで何事も無かったかのように懐桑に振る舞うけれど、藍忘機はどうだろうか。彼の兄はあれからずっと、ほとんど表に出て来ていない。今日の宴にも姿はなく、恐らく明日も仙督となった含光君が取り仕切るのだろうとみな口々に言っていた。
     そんな形で半ば強引に誘われた密かな飲み会は、意外にも思い出話などに花が咲き、まるで十代の学ぶことも修練することにも身が入らないでいた頃に戻ったような錯覚を覚える瞬間さえあった。けれど、こんな「飲み会」に藍忘機が同席している時点で昔とは随分違っていて、懐桑自らと向かいに座る二人の身に起きたことを見てみぬふりをするのは難しかった。それでも知らぬ存ぜぬ顔をするのは慣れていたし、悪い時間では無いものだと、笑い合っている間に夜が更けていった。
     部屋まで送って行こうかと魏無羨が言ったが、懐桑は何度も来たことのある雲深不知処で迷子になることはないからと断った。そうして足元を照らす為の灯りを借りて歩いて、上機嫌に歩いていたところだった。
     梢がざわめく音に乗って、澄んだ琴の音が聞こえてきた。懐桑はその音に誘われるように道を外れ、部屋へと戻る道とは別の方向へと足を踏み出した。途切れ途切れに聞こえるが、その曲が何であるかはすぐに判別することができた。それは姑蘇藍氏秘伝の曲であったはずのもので、外部の者たちが大勢やって来ているこんな夜に何故外に聞こえるように弾いているのだろうかと不審に思うには充分なものだった。それにもう亥の刻はとうに過ぎている。
     心を落ち着ける穏やかな音色を頼りに辿り着いた建物の縁側に見えた姿に、懐桑は思わず息を飲んだ。
     藍曦臣の琴で奏でる「清心音」の音はどこまでも清く、美しい。閉関してからというもの、懐桑が藍曦臣の姿を見るのは初めてだった。部屋に仄かに灯る明かりが、懐桑の記憶よりも小柄になったような気がする藍曦臣の姿を闇夜に浮かび上がらせている。
     姑蘇藍氏の秘伝である「清心音」を聞いたことのある門派以外の者は限られている。それを演奏できるものとなれば言わずもがなだ。心を沈めるはずの清らかな響きに、懐桑は思わず拳を握りしめていた。その時だった、さりげなく曲調の雰囲気が変わる。穏やかな曲調は変わらないままだが、その響きは異国のものだ。この曲にも、もちろん懐桑は聞き覚えがある。
     今になって藍曦臣がどうしてこの曲を弾くのだろうか。懐桑が警戒している間にも曲は途切れることなく奏でられていたが、ふと藍曦臣が弦を爪弾く指先に霊力を込め殺気を感じさせたことに懐桑は身構えた。意外にも懐桑の身には何も起こることはなかったが、途端に藍曦臣が吐血して身体が前に傾ぐのが見え、思わず声を上げてしまった。
    「曦臣哥!」
     藍曦臣は、あの「邪曲」を奏者である自分への攻撃に使ったらしいと気付いて血の気が引いた。
     手に持っていた灯りを投げ捨てるようにして藍曦臣の元へと駆け込んだ懐桑は、琴の弦を上から押さえつけながら藍曦臣の身体を支えようとする。
    「曦臣哥、大丈夫ですか? ……ええと」
     懐桑は片手で藍曦臣の肩を支えていたが、琴の弦を止めた腕は藍曦臣によって強く掴まれていた。まるで、罠に掛かった雉の気分だ。
    「ありがとう。大丈夫だ、懐桑」
     藍曦臣の懐桑を呼ぶ声に、彼を非難する響きは無い。けれど、掴まれた腕は痛いほどで、このまま立ち去らせるつもりは無いことは明白だった。あまりの力強さに、思わず掴まれた腕ばかりを見てしまう。
    「曦臣哥……その、こんな夜更けに突然訪問してしまったのは謝ります。私は偶然ちょっと近くを通りがかっただけで」
    「……懐桑」
     もう一度名前を呼ばれた懐桑が恐る恐る顔を上げると、藍曦臣は口元の血を拭ってから柔らかに微笑んだ。
    「懐桑、お前たちの笑い声がここまで聞こえていたよ。明日、藍啓仁先生に怒られるかもしれないな」
     腕は相変わらず掴まれたままだったけれど、藍曦臣からは先程琴を弾いていた時に感じた殺気は感じられず、内傷もそう酷いものでは無さそうに見える。懐桑は張り詰めた雰囲気を和らげようとしているような気がする藍曦臣の言葉に乗ることにした。
    「曦臣哥……その、お願いです。藍先生には黙っていてくれませんか? 途中から含光君だって同席していたし。それに、私は魏公子に誘われただけなんですよ。本当です! 信じてください。お願いします〜」
     しどろもどろに説明を続けていると、藍曦臣が今度は吹きだすように笑った。
    「ふはっ、嘘だよ懐桑。流石にここまで君たちの声は聞こえていない。忘機から懐桑が魏無羨と一緒に飲んでいるところにこれから向かうと聞いていたものだからきっと楽しい会が開かれているのだろうと思って。その分だと随分盛り上がったようだね。楽しむのは悪いことではないが、羽目を外してはいけないよ」
    「……はい」
     しおらしく頷きながら懐桑は確信していた。つまりこの人は懐桑が通りかかることを知っていてわざと「清心音」と「乱魄抄」を弾いていたのだ。懐桑がそう考えたことを理解したのかは分からないが、藍曦臣は懐桑の腕をやっと離してくれた。
    「すまない、懐桑。こうでもしないと、今の私はお前と話すことは難しい」
     藍曦臣が随分と申し訳なさそうに言うものの、それなら話さなければ良いのではと口を突いて出そうになるが、寸でのところで飲み込んだ。
    「あの、お話なら明日、日が昇ってからにでもすれば良いことではないですか?」
    「そうだな、藍宗主と聶宗主という立場ならこれからも話す機会はあるのかもしれないが」
     藍曦臣の言わんとするところが分からず懐桑は首を傾げた。こんな夜更けにこんな乱暴な手で呼び出すなんてことを余程のことだろうと思うのだが。
     どちらも無言のままでいると、藍曦臣が一度姿勢を正すようにスッと背筋を伸ばす。軽く呼吸を整えると、懐桑を真っ直ぐに見つめた。
    「これから全てを失う前に、お前と一度話をしておきたかった」
     藍曦臣の力強い目に見据えられて、懐桑は少々たじろいでいた。いつだって誠実な藍曦臣に見つめられてたじろがない方が難しい。
     そもそも、この人が誠実で無かったことはこれまで一度としてないのだろう。一度もなかったからこそ、あの一本気な兄も交流を深めていたのを懐桑は幼い頃から見て知っていた。いつでも誠実で嘘を吐くこともなく、清らかで優しい。だからこそ金光瑶も全面的な信頼を置き、それ故に利用され、懐桑も藍曦臣も兄を失ったのだ。そして、だからこそ懐桑はその信頼を最後に利用した。
     懐桑も藍曦臣も失うものはもう全て失われてしまっている。今更この人は何を失うというのか。
    「……もう何も失われません」
    「いいや」
     懐桑が絞り出したような言葉に、藍曦臣は首を横に振った。
    「懐桑、私はあなたは変わらず私の義弟だと思っている。いや、そう思いたいのだ」
     頷くことも首を横に振って否定することもしない懐桑に向かって、自嘲するように笑った藍曦臣の表情を見て、少しばかり胸が痛んだ。きっと兄は藍曦臣のこんな表情を見たことが無いに違いない。
    「そう思う一方で、お前はもうずっと前から私を義兄とは思っていなかったのかもしれないと、そう考えるに至った。やっとのことで」
     琴に再び手を添えた藍曦臣は、おもむろに「清心音」を爪弾き始めた。穏やかで美しい音色を挟んで向き合うと、美しい音色にどこか悲しみが滲んでいるような気がしてくる。
    「懐桑、お前は私が大哥に清心音を聞かせようとしなければ、と思っただろう」
     かつてこの曲を兄の為に弾いたその日が無かったとしても、他の手段で兄は死に追いやられていたのかもしれない。けれど、それでも。もしも「清心音」を金光瑶に手解きしていなければと思わない瞬間が無かったと言えば嘘になる。
    「……私は」
     懐桑の様子に藍曦臣は演奏の手を止め、懐桑の前で袖を振るようにして言葉を遮った。
    「いや、答えなくて良いんだ。お前はきっとこう言うだろう。「分からない」と。それとも、今なら他の答えをくれるかな」
    「……」
    「私は、いつだって気付くのが遅いのだ」
     この人が言ういつだってとは、一体何に対してなのか。兄の死について? 金光瑶の悪行について? 懐桑のこれまでの計画について? それとも……
    「懐桑、お前がどう考えているかは分からないし、どんな風に思っているかなど私が口を出すことでは無いのは分かっている。けれど、大哥がいなくなってしまってからもずっと、君は彼の残したとても大切な存在で、自分にとっても正真正銘の弟であることだけは変わることがないと信じていたんだ。その当人に恨まれるようなことをしていたと露とも思わずに。だから私は、いつだって遅いのだ」
    「曦臣哥……」
     確かにあなたはいつだって知らぬ存ぜぬと言い続けてきた私より何も知らなかった。見て見ぬふりではなく目に入っていなかった。それを望んだのは藍曦臣本人ではあったのだろう。けれど、そのことをもっと望んでいたのは周りにいた者たちであり、金光瑶であり、懐桑自身でもあった。そしてきっと、兄もそのうちの一人なのだ。そうでなければ、聶明玦があれだけ反目しあっていた金光瑶と三尊と呼び習わせられるようなことに首を縦に振ることなど無かったはずだ。だから、一人でずっと違う結末を求めている最中にあっても、あなたのことを恨んだことは無かった。
    「曦臣哥……、私は恨んでなどいません」
     こんな風に言っても、信じてもらえないかもしれないとは思う。観音廟で叫んでいた金光瑶のように、ただこの目の前の人を動揺させるだけなのかもしれない。
     失ってしまったものがあまりにも大きかったから、懐桑自身は兄と共にこの義兄もずっととうの昔に失っているのだとばかり思っていた。それなのに、この人は相変わらず懐桑を弟だと思いたいなんて、そんなことを言ってくるとは考えたことは無かった。
    「……遅くは無いです」
     あの観音廟の夜に懐桑はもう全てを成し遂げたつもりでいたのに、藍曦臣は変わらず懐桑を弟だと思っていた。それは滑稽にも見える気がするけれど、そんな藍曦臣だからこそ大切な兄が長く共にいた人なのだ。全て失ったと思っていた懐桑を掴まえた手に、失われた兄を見るのはズルいだろうか。
    「曦臣哥……遅くなんてありません。私は変わらずあなたの弟で、あなたは私の兄ですよ」
     私達はこれからもそう簡単に変われない。あなたも、私もまだ生きているのも変わらない。生きてゆく限り消えない大きな傷跡を残したままあり続けるしかない。
     もう二度と「兄」を失いたくは無いと望んで許されるのかどうかも、それが良いことがどうかも分からないけれど。
    「ですから、もうあの曲は弾かないでください。お願いします」
     懐桑は嘆願するように膝をついて頭を下げた。
     途端に藍曦臣が縁側から飛び降りるように、懐桑の元へと駆け降りてくる。
    「……分かった、分かったから。頼むからそんなことをしないでくれ」
     両肩を掴まれて立ち上がると、何だか急に恥ずかしい気持ちが芽生えてしまってまともに藍曦臣の顔が見れなかった。
    「懐桑、ありがとう」
     両手を掴まれてしまって逃げ場がなくなってしまい、諦めて藍曦臣の顔を伺うようにそっと見てみると義兄は柔らかく微笑んでいた。
     何をしたところで何もかもは元通りになどなることは無い。失ったものは返ってこない。それでも、まだ失わずにいられるものがあるのなら、それを握りしめることも時には必要なのかもしれない。
    「曦臣哥、良かったらまた清河にも来てください」
    「あぁ、行こう。長らく行っていないな」
     答えた藍曦臣の笑い顔は憂いを帯びていて、きっと懐桑と同じように失ってしまった兄たちのことを思っているのだろう。
    「曦臣哥? あの、夜も遅いですからそろそろお暇しようかと思うのですが」
     懐桑の手を中々離してくれない藍曦臣に手を解いてくれとやんわりと伝えてみたが、握った手へと視線を落とした藍曦臣は驚愕したように握る手に力を込めた。
    「懐桑……すまない、腕の手当てをさせてくれないか」
    「腕、ですか?」
     懐桑が聞き返しながら己の腕を見てみると、薄暗がりでも判別できるほどに藍曦臣に掴まれた手の形に赤く腫れているのが見えた。その状態に気付いてみると、鈍痛がじわりと脳に伝わってきて顔を顰めてしまった。
    「言われてみれば、とても痛いですね」
     藍湛が馬鹿力なんだ、なんて話を魏無羨から聞いたばかりの夜に、その兄の怪力ぶりを体験することになるとは思わなかった。力強く手に入れたいものへと手を伸ばせるその力を羨ましいとは思ったけれど、こんな形で体験したいとは思っていなかったはずなのだが。
    「すまない……」
    「いえ、このくらいそのままで大丈夫ですよ」
    「いや、ダメだ。薬を塗った方が良い。さぁ、上がって」
     手を取ったまま部屋へと上がるよう促す藍曦臣に、懐桑が断れるはずがなかった。
     明日誰かに何か言われないと良いのだけれど。そう思いながらこっそり溜息を吐きながら、懐桑は藍曦臣の部屋へと初めて上がったのだった。
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    chunyang_3

    MEMO観音廟の後、藍忘機と別れ一人で旅をしている魏無羨が蓮花塢に立ち寄って金凌と出会う話。CQLを見終わった時に全て終わった後の金凌と魏無羨が再会するのを見たいなと思っていたのですが、魏無羨から両親の話を聞く話になりました。※原作の番外編の再会とは異なります。
    話を聞かせて 目の前に広がる蓮の花の咲く景色を瞳に映し、魏無羨は大きく深呼吸をした。早朝の水辺の空気そのものを吸い込んだような清々しさに、自然と顔が綻んでしまう。朝食を売る屋台の呼び声が聞こえ、波止場の街には既に活気がある。
     この世から消えてしまってからの十六年。決して短くない時の流れの間に変わってしまったことも変わっていないこともある。蓮花塢には少しばかり前にも来たけれど、その時はこんな風に優しく吹く風を感じる余裕は無かった。慌ただしく走り抜けるばかりだった景色が、今は目の前に悠然と広がっている。
     今になって思えば、魏無羨が帰る場所というのは元々この世には無かったのかもしれない。ここ蓮花塢は幼い頃から育った場所でとても大事でかけがえのない存在であることは今も昔も変わらないけれど、魏無羨が帰る場所では無くなってしまった。それは、江澄に江家を破門される前から頭では理解していたことだったが、こうして訪れてみると改めて実感する。
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    chunyang_3

    MEMO景儀と思追の出会いの妄想です。思追が温寧と温家の弔いを済ませ雲深不知処に戻った頃に、魏無羨も雲深不知処に留まる様になったという時間軸の設定です。うさぎと一緒に人参を食べていた頃の思追くんと景儀の出会いの話を書いてみたくなって書きました。
    君と兎と しんと静まり返った蘭室を前にして、藍景儀は柄にもなくとても緊張していた。今日は景儀にとって初めての座学だ。随分前に蘭室には遊びで入って良い場所ではないと叱られてからは一度も近寄っていないので、この建物に来ること自体、ちょっと尻込みしてしまう。
     同じ年頃の藍家の子弟が中に入って行くのに続けて景儀もその静かな空間に足を踏み入れた。周囲を見回してみると、どうやら空いている席に座って良さそうだ。
     こっそり息を吐いて、周囲を見回す。近くに誰か景儀が知っている友達がいると安心できるのだけれど来ているだろうか。そう思って既に座っていた隣の席の少年へと視線を向けた景儀は、視界に入ってきた横顔に思わず息を呑んだ。まるでお手本のように姿勢良く座っていた景儀と同じ白い藍氏の校服を身に纏った少年も、隣に誰かが座ったことに気付いたらしい。軽く横へ顔を向けたことで、景儀と顔を互いに合わせることになった。その顔を見て、景儀は思わず叫ばずにはいられなかった。
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    chunyang_3

    MEMOCQL話数ワンドロワンライアンコール開催分。2周目に見る1話の魏無羨が過ごす夜の話です。2周目ということにすれば、これまでのことを思い出しているんだろうなぁということがネタバレ有りで書けるのでは!?と思い立って書いた話です。草笛で奏でる旋律は全てを失った魏無羨に残された魂に刻まれたものなのだろうなと思えてとても好きです。
    ※画像で上げたものと基本的に同じですが、表現を手直ししています
    残されたもの 魏無羨はこれでも一応途方に暮れていた。
     今の状況で途方に暮れない人はほとんどいないだろう。一度死ぬ前の魏無羨なら、もう少しは不遜な態度でもしてみせたかもしれない。とはいえ、一度魏無羨はこの世から消え、死んでいる間に十六年も時が経っていたらしい。そんな事態なのだから、魏無羨だって多少は途方に暮れても許されるのではないだろうか。
     せめて魏無羨をこの世に蘇らせた莫玄羽が詳細を書き残してくれていれば良かったのだが、どうやらそこまでは考えなしだったのか、それとも詳細を書くことを躊躇っていたのか。
     魏無羨の魂を呼び寄せ、己の魂魄を犠牲にした莫玄羽は魏無羨に負けず劣らず周囲に敵しかいない状況ということは否応なく理解した。一体何をして金家から追い出されたのか詳しくは分からないが、金家にも莫家にも居場所がなかったことだけは確かだ。そんな莫玄羽と一度話をしてみたかったなと思う。もし話が聞けたなら、怨んでいる相手くらい分かるようにしておいてくれとか、陣の描き方のちょっとした間違いなんかを説教してしまうかもしれないけれど。
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    chunyang_3

    MEMOCQL話数ワンドロワンライ5回目(41〜50話)。50話の思追と温寧です。番外編も含めて叔父さんって呼んでるの良いなぁと思っています。思い出さない方が良いと思っていた温寧が、二人で一緒に走って追いかけるんだなぁというところが改めて嬉しいなと思いました。
    焔つなぐ 少し前からもしかしたらと思うことは幾度もあった。己が一体どこの家に生まれ、父母亡き後に一体誰と一緒にいたのか。
     思追は幼き日のことを覚えていなかった。けれどそれは忘れていただけだったのだ。もう会うことは叶わないはずだった人に出会ってから、忘れ去られていた記憶は少しずつ断片的に焔が灯るように蘇っていた。真っ暗な夜空に散らばっていた小さな灯りは、輝く星が互いに繋がり星座を描くように、段々とその全容を理解することができるようになっていた。
     観音廟の外に出ると、思追は駆けつけた他の子弟達に囲まれ、無事を喜ばれながらも観音廟での事の顛末を聞かせてくれとせがまれた。温寧を追いかけて辿り着いてからのことだけでも、思追が説明することは難しい。ましてや金光瑶がどのような人物であったのかを語ることもできそうにない。十六年前に起きたことについても同様だ。それでも、この目で見たことや感じたことはしっかりと覚えておきたいと思った。だからこそ、今はまず不確かな己の過去と向き合いたかった。
    1910

    chunyang_3

    MEMOCQL話数ワンドロワンライ4回目(31〜40話)。39話の刀霊に対面する藍曦臣はどんな気持ちだったのだろうかというのが気になって書いた話です。原作読んでから見るとあの再会シーンだよなぁとも思うところ。この時になって初めて兄上は金光瑶に対する疑念の欠片を抱くのかなと思いはするんですけど、水面が初めて揺らいだ時だったのかもなぁと感じます。
    揺らぐ心 藍曦臣が弟からの知らせを受けて宿に辿り着いた時、藍忘機と莫玄羽はまだ宿に着いていなかった。今ここにいるのは知らせにあった義城で遭遇したという各家の子弟達だろう。若者達は徐々に宿の門の前に集合しつつあった。
    「沢蕪君!」
     藍曦臣に気付いた藍氏の子弟達が近付いてくる。揃って礼をした彼らを見回して、皆無事そうなことに胸を撫で下ろした。
    「忘機はどこに?」
     藍曦臣が問うと、手前に居た藍思追と藍景儀がそれぞれに口を開く。
    「含光君と莫先輩は街を見てくると言っていました」
    「集合の時間を過ぎたのに、まだ戻ってないんですよ」
     景儀が少々不満そうなので、どうやら二人は随分とゆっくり街を見ているらしい。仲良くしているのなら良いことだ。弟がそんなに仲良く連れ立って歩きたいと思う相手などいるのか……と、そこまで考えて頭を振る。これはあくまで仮定の話でしかないし、確証はない。
    1646

    chunyang_3

    MEMOCQL話数ワンドロワンライ3回目(21~30話)。28話の夷陵で再会した忘羨と阿苑の話です。剣と刀で2本買ってもらったんだなぁなんてことを思いながら書きました。
    ※画像で上げたものと基本的に同じですが、表現を手直ししています
    夷陵での再会 子どもがずっと乱葬崗にいるのは良くないかもしれないし、阿苑なら温氏だと誰かに気付かれることもないだろうと、魏無羨は街の様子を見せるためにも阿苑を夷陵の街に連れてきていた。目を離したほんの一瞬でいなくなった阿苑に肝が冷えたのは一瞬で、阿苑はなんとあの雨の中で別れたきりの藍忘機の足元でわんわんと声を上げて泣いていた。
     久しぶりに遭遇した見知った顔が、阿苑を泣かせているなんて思いもしなかった。あんな別れ方をしたのに、再会がこんな笑える場面だなんてことも思いもしなかったけれど。お陰で声を掛けることに悩まずに済んだし、冗談を言って揶揄って、まるで何もなかったかのように話をすることができた。
     屋台の玩具屋の前で足を止め、阿苑に玩具を見せてひやかした。乱葬崗には玩具などないし見せてやるくらいしてもいいだろう。しかし、阿苑に玩具を見せて喜ぶ姿を見た藍忘機は、なぜ買ってやらないと不満気に疑問をぶつけてくる。そりゃあ、お金があったらいくらでも買ってやりたいが、今の魏無羨にはなかなかそうもいかない。
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    ※画像で上げたものと基本的に同じですが、表現を手直ししています
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     こっそり息を吐いて、周囲を見回す。近くに誰か景儀が知っている友達がいると安心できるのだけれど来ているだろうか。そう思って既に座っていた隣の席の少年へと視線を向けた景儀は、視界に入ってきた横顔に思わず息を呑んだ。まるでお手本のように姿勢良く座っていた景儀と同じ白い藍氏の校服を身に纏った少年も、隣に誰かが座ったことに気付いたらしい。軽く横へ顔を向けたことで、景儀と顔を互いに合わせることになった。その顔を見て、景儀は思わず叫ばずにはいられなかった。
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