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    A_wa_K

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    A_wa_K

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    アオガミを救う為、別のアオガミを探す主の話。

    かけがえのない貴方へ 足裏に力を込める。
    「……っ!」
     だが、〝砂〟は素直に少年の体を受け止めることはない。
     崩れそうになった体勢を整える為、少年は咄嗟に両膝に両手をついた。がくんと体が揺れるも、彼は地に伏す結果は回避したのである。
     舗装された道はない。残っていたとしてもひび割れ、崩れている。少年が見慣れた景色は残っていない。ダアトはこんなにも移動がし難い場所であったのだと、少年は足下の砂に吸い込まれていく己の汗を眺めていた。
    「オレサマノセナカニノルカ?」
     水滴の痕跡が消えた後も砂塵を見下ろしていた少年に掛けられた声。少年がゆっくりと振り返れば、キマイラの獅子・牝山羊・蛇の顔が少年へと向けられていた。異なる三つの顔、全てが心配そうな表情をしている。
    「……大丈夫」
     呼吸はまだ荒いままであるが、両膝から手を離し曲がっていた背筋を伸ばした少年は蛇の頭へと手を伸ばした。
    「移動する時は頼むよ」
    「ソウカ……。ウム、マカセロ」
     心地よさそうに目を細める蛇とは異なり、どこか不満げな獅子と牝山羊の顔。しかしキマイラは少年の発言に異を唱えることはせず、素直に頷くと彼もまた"捜索"に再び加わるのであった。
    「全く、頑固者は困る」
     キマイラが離れた直後、すいっと宙を浮かびながら悪魔が一体、少年へと近寄ってきた。一つ目に星型の体を持つ悪魔――契約をしていないデカラビアではなく、少年の仲魔である悪魔であった。
    「デカラビア、見つかった?」
    「結果が分かっている回答を尋ねるではない。〝見つけた〟のならば、前置きなどせず、即座に報告をしておる。我は、貴様に釘を刺しに来たのだ」
     くるりと体を一回転させ、デカラビアは大きな目をすぼめる。
    「キマイラの見逃しを大事にすることだな。貴様が疲労で片膝をついた瞬間、他の仲魔がお前をキマイラの背中に放り投げるであろう」
     しっかりと体調を見極めることだと念押し、デカラビアもまた少年から離れて"捜索"へと向かうのであった。
     ここは、ダアト。
     ダアトと成り果てても色褪せずに残る赤色の塔を見上げる事が出来る、港区の一角。
     少年を中心に散開している仲魔達は皆、各々砂塵の中を注意深く探っている。中には建物の中に足を運ぶ仲魔もいる。そして、港区以外では少年が契約していない悪魔達がそれぞれの住み慣れた範囲を跳び回ってくれている状態であった。
    「皆、優しいな」
     己の頑固さを考慮した上で、異を唱えなかったキマイラ。
     無理をするなと改めて助言をしてくれたデカラビア。
     十分な報酬は渡せないと伝えておいても、各地で動いてくれている悪魔達。
    「絶対に見つける」
     汗が張り付いた前髪を書き上げ、少年は再び両膝と両手を砂塵で汚すのであった。
     この広い、広いダアトの中から――アオガミ型の機体を見つけ出すために。

    ***

    「修理が、出来ない?」
     アオガミが何処に居るか、と尋ねた少年へ与えられた回答。
     短く簡潔な内容だったというのに、少年は理解出来なかった。言葉を覚えたばかりの鸚鵡のように、繰り返すしか出来なかったのである。
     アブディエルに難なく勝てた。それが、少年に初めての傲りを与えたのだろう。
     執拗にナホビノのみを狙い続けたアブディエルとの戦いとは異なり、己の技が効く仲魔を狙って瓦解を目論んできたゼウスとの戦いにナホビノは敗れた。敗れたというのに、少年は目を覚ました。医科学研究所の一室にて。
     ベッドに寝かされてはいたが傷一つ負っていない少年は飛び起き、心拍数測定の目的で付けられていただろう機材を剥がして廊下へと飛び出した。室内にアオガミが居なかったのだから。直後、彼の覚醒を知り急いで駆けつけてきた研究員と廊下で鉢合わせとなる。研究員が口を開くより先に、少年は即座に己の半身の居所を尋ねた。
    「アオガミは何処」
     目が覚めて、己の半身の姿がない。
     少年がその状況を経験したのはダアトから帰還した最初の朝だけだ。未だ状況を飲み込み切れていない時でさえ、出会って間もない彼が傍に居ない事実に寂しさを覚えた朝。
    「……アオガミ……」
     自分達は間違いなく、負けた。
     その筈なのに、己は傷一つ無く――アオガミが傍に居ない。悪い予感をするなというのが無理な状態である。
     そして、運が良いのか。もしくは、運が悪いのか。
     少年の元に駆けつけた研究員は少年と顔見知りであり、ターミナルの整備が担当であり、少年達の姿を日々目にしていた研究員はとうに理解していたのだ。知恵と生命、少年とアオガミ。彼らに関する事で、彼らに嘘を吐くのは意味がないのだと。
     故に、研究員は答えた。偽りも、事実を伏せる事も無く。アオガミはメンテナンス中であること。リソース不足の為、現時点では終わる見通しは立っていないという事実を。
     続けて、精密検査を行う必要があるので部屋に戻っていて欲しい、と研究員は少年に手短に告げる。「修理が、出来ない?」と一言呟いた後、瞬きを繰り返すのみとなった少年の肩を支え、研究員は彼を病室へとゆっくりと連れ帰った。
     誘導されるがままに少年はベッドに腰掛け、ヘルスケアの担当者が到着するまで微動せず、精密検査も素直に受けた。
     少年に肉体的負傷は一切無い。一方、アオガミは修繕の見込みが立たないほどの傷を負っている。
     事実確認をせずとも、何が起きたのかを理解するのは少年にとって容易かった。
     そして、即座に状況を理解した少年にとって、精密検査に掛かった時間は思考を整理するのに〝十分〟過ぎたのである。
    「行こうか」
     ターミナルルームで輝く、少年が持つ携帯端末。画面に表示されているのは、"念の為に"と越水が自ら少年へと渡していた悪魔召喚プラグラム。
    (越水さん、アオガミの事で手一杯なんだろうな。兄弟だもんな。……そうだったら、嬉しいかも)
     場違いにも己に対する監視の甘さの理由を考えながら、少年はターミナルへと手を伸ばしたのであった。

    ***

     ――アオガミ型の機体を見つける。
     ダアトに到着して早々、少年は悪魔召喚プラグラムを起動して仲魔達を呼び出した。彼が一人きりで、しかもダアトで召喚をしたという事実に仲魔達が混乱を見せるより先に、彼は端的に目的を伝えたのである。
    「アオガミを修理するリソースが足りない。だから、アオガミ型を探す」
     少年に神造魔人に関する知識は何もない。足りないリソースが何であるかも理解していない。
     それでも、今の己に出来る事はこれだけだと、少年は掠れた声で続けた。
    「だから」
     ――助けて欲しい。
     頭を深く下げようとした少年であったが、彼の行為は下から伸びてきた2本の手によって遮られたのである。
    「ヒホー」
     少年の視界に写るのは白色の手。ひんやりとした感触と、耳に馴染んで来た仲魔の口癖。
    「オイラ達が斃れた後に何があったのか、大体分かったホ」
     そのまま下から力をかけられ続け、堪らずに少年が後ずされば、大きな手が少年の背中に触れて彼を支えた。
    「ヴォワシ! 私達に出来る事があるのならば、無論手伝いますとも」
     上から少年の顔をのぞき込む、狼の顔。大きな口から鋭い牙を覗かせ、ルー・ガルーは体勢を整えた少年の背中から手を離す。
    「……仲魔だし」
     立ち尽くす少年の服の裾を掴む、小さな手。引っ張られた感覚に少年が視線を動かせば、不承不承ながらも真っ直ぐに彼を見上げる金色の双眸と視線が合った。アリスは即座に視線を反らしてしまうも、制服を握る手は離されない。
     ゼウスに敗北したのは、仲魔達をも傷つけたのはナホビノの知恵である少年に原因がある。それは、誰が何と言おうとも変わらない事実である。
     だが、仲魔達は誰も触れない。少年が助けを求めれば、それに応じるのは当然であると、ジャックフロストやルー・ガルー、アリス以外の仲魔達も少年の周囲でじっと彼からの指示を待っていた。
    「ありがとう」
     きっと、まだ伝えるべきではないのだろう。適切なタイミングはきっと、目的が果たされた後。
     それでも、我慢する事など出来ずに少年は感謝の気持ちを伝え、鋭い眼差しで周囲を見渡す。
     ――応えてくれる仲魔達がいる。
     ならば己は、彼らの力を存分に借りるのだと。それが、契約を交わした人間と悪魔の形の一つであると、今更ながら実感しながら。

    ***

     当然の事実を述べるが、少年は人間である。
     ナホビノのようにダアトを駆け抜けられず、ナホビノのような戦闘力を有しない。更に、人間という枠組みの中でも少年の運動能力は高いと評価出来ないレベルであった。その為、仲魔達は少年が当初提案した散り散りに捜索することは認められず、各地の協力的な悪魔達に依頼をする事になったのである。
     そして、少年が最初に選んだ散策地が港区であった。
     少年がアオガミと出会った土地であり、彼が初めてアオガミ型の写せ身を手にした土地でもある。それも複数。故に、〝彼ら〟はこの地に眠っている可能性が高いのではと、少年は考えた。
     とはいえども、ダアトは広い。しかも、仲魔達が好き好きに散開出来る状態でもない。捜索には時間が掛かると少年のみならず仲魔達も覚悟をしていたのだが。
    「……あっ」
     少年の憶測は、短いとは云えないが、長い時間は掛からずに証明されたのである。
     ふと、気になって足を向けた瓦礫の向こう。人が一人、座れるだろうスペースに手を伸ばした少年は今までと同じく砂をかき分けた。変わらぬ薄黄色の砂の中、僅かに輝く白銀を見つけた瞬間、少年は言葉を失った。
     震える手で砂をよりかき分けると見覚えのある指先をはっきりと視認出来た。視認、出来てしまった。
     ダアトは滅びた東京だ。無論、生活音がする筈はない。砂塵の大地に響き渡るのは強い風の音と、時折聞こえてくる悪魔達の声。そして、天から降り注ぐ月齢の切り替わりを告げる不可思議な音のみ。人が存在しないとしても、世界に音は満ちていた。
     しかし、少年の耳は最早音を拾わない。意識が出来ない。今や、彼は無音の世界に居る。
     目前で輝く白銀。その輝きも、大きさも、少年はよく知っていた。決して柔らかいと呼ばれない指先で優しく触れてくれる感触を少年はよく知っていた。
     だが、思い出すのは少年の記憶に新しいアオガミの指先ではない。
     少年が、初めてアオガミと出会った時の光景だ。
    『死にたくなければ手を取れ』
     少年に伸ばされた白銀の手。
     塗装が剥がれ、黒色が露わになっていた指先。
     一体、どれだけの時間をダアトで過ごしたのか。もしくは、十八年前の大戦の名残であったのか。
     同じでは決してない。だが、顔が見えない――顔が残っているのかも分からない、少年に手を差し伸べたアオガミとは別のアオガミの指。
     少年の目的は、アオガミを修理する為のリソースの確保。自分の半身を助ける為の手立て。
     それが、目前に現れたというのに。
    「駄目だ」
     少年の指先が、顔を知らぬ彼の指先に触れることはなかった。

    ***

     墓石の代わりに相応しい物が見つけられず、出来上がったのは小さな山であった。
     ダアトは常に風が吹いており、ここは砂地だ。
     遠くない未来、少年の目前にある小さな山は崩れ去るだろう。ここが弔いの場所である事実は、少年と仲魔達の中にのみ残されるのだ。
     捜索は、既に終わっていた。
     一人にして欲しい、という少年の願いに応じてくれた仲魔達は少し離れた場所で待機している。決して良い判断ではない。事実、明確に反対するイズンの背後でロキですら眉間に皺を寄せたのだから。それでも、どうしても一人になりたいと少年が繰り返せば、全員の視線がシキオウジへと向けられた。
     シキオウジは表情の変化が分かりにくい悪魔の一体である。そんな彼は明らかに不服を醸し出しながらも、少年にエストマを掛けたのであった。
     結局の所、誰もが少年に甘いのである。
    「……ごめんなさい」
     小さな山、名無しの塚。
     しゃがみ込み、両手を合わせたままじっとしていた少年はようやく言葉を吐き出す事が出来た。
     自分の大切な存在の為に、他の誰かを身代わりにしようとしていた。
     そんな己が許せず、少年は最後まで型番が不明のアオガミに触れる事は出来なかった。仲魔達に負担を掛けてしまった後悔はあれども、少年はやはり自分が触れなくて良かったと思うのであった。
    「俺に、こんなことを言う資格はないだろうけど」
     思い出すのは白銀の光。誰かを――東京を守る為に振るわれていただろう、指先。
    「ありがとう」
     少年は、アオガミ以外のアオガミを知らない。
     型番も分からないアオガミが何を考えていたかなど、勿論分からない。
     それでも、少年はお礼を伝えたかったのだ。かつての大戦で戦い抜いてくれたことを。
     そして、もしかしたら写せ身として、自分達の力になっていてくれているかもしれないことを。
    「……」
     両手を下ろし、少年はゆっくりと立ち上がる。
     見上げる空の色は変わらない。東京でどれほどの時間が経ったのかも分からない。ただ一つ、分かることはアオガミのメンテナンスはまだ終了していないということだけ。彼が自分の元へ来ない理由は、それだけしかないのだから。
     直接、己の半身以外に会った事で少年の目論見は瓦解した。アオガミの為に、アオガミを利用することを己は許容出来ないと。
    「つまり、アオガミ型……いいえ、神造魔人として出来上がっていなければ問題無いと貴方は判断するのですね?」
    「」
     突然の聞き覚えのない声。
     少年が反射的に振り返ると、彼の真後ろに見知らぬ顔があった。にこりと微笑むその顔は人間に近しい。だが、彼が悪魔であることは直ぐに気づいた。
    「おっと、私は情報を伝えに来ただけ。貴方を害するつもりも、貴方の仲魔達と戦うつもりもありませんよ」
     赤いマントを靡かせながら、悪魔は目を細めて笑う。
    「良い物を差し上げましょう」
     そう言って、悪魔は腰のベルトから一本の巻物を取り出した。
     怪しみながらも、しかし胡散臭くはあれども不思議と嘘をついているようには見えない悪魔から少年は巻物を受け取る。赤い紐の封を解けば、それは地図であった。ダアトではなく、東京の地図。その一カ所に赤い丸印が付けられていた。
    「地図?」
    「新田博士の隠れ家がそこにあります。彼の望みは神造魔人の製造ではありませんでしたが、きっとそこに貴方が必要としている資材があるでしょう」
    「にった、博士?」
     耳にしたことがない名前であった。少年が反射的に復唱をすると、悪魔は再び楽しそうに微笑む。
    「貴方は〝まだ〟知らずとも良いですよ。越水ハヤオにその名を告げて、場所を伝えると良い。それだけで貴方の望みは叶うでしょう」
     それが、彼が伝えたい全てであったのだろう。
     悪魔は優雅に腰を折る挨拶を行った。彼は既に立ち去るつもりでいるのだ。
    「どうして」
     少年は何もかもが分からなかった。
     己の目的が知られている事に対しての驚きはない。仲魔以外の悪魔達を巻き込んでいたし、ギリシャ支部を起点に話が広まっていてもおかしくはないからだ。
     だが、初対面の悪魔が対価も求めずに手助けをする意図が読めなかった。悪魔にもお人好しがいることは分かっている。だが、目の前に居る悪魔は決して、その類いの悪魔ではない。少年の直感がそう告げているのだ。
    「貴方達に歩みを止められると私の望みが叶わない、とだけお伝えしておきましょうか」
    「貴方の、望み?」
    「今はそれだけを。刈り取りの時期は大切だと、どこぞの女神も仰ってるでしょう?」
    「……?」
    「まぁ、今回の件に関する報酬があるとするならば」
     長い指先で態とらしく顎を撫でた後、悪魔はふたたびにやりと笑みを浮かべる。
    「指先に触れるべきか、触れないべきか」
     態とらしい指の動き。少年は道化師を連想するであった。
    「如何なる題材であったとしても、苦悩する人間の姿は美しい」
     反響する笑い声を残して、悪魔は少年の前から姿を消す。
     少年が再びこの悪魔と出会い、真意を知るのは――もう少し、先の話となる。

    ***

     東京、医科学研究所。時間帯、深夜。
     アオガミはベッドの上で小さな寝息を立てている少年の顔を見下ろしていた。
     ゼウスに敗北し、留めの一撃を放たれる直前、アオガミは合一化を解除する選択を取った。たとえ、少年に怒られようとも――二度と、少年を認識出来なくなったとしても、己の判断に後悔はないと。
     ゼウスの一撃はアオガミの憶測を違うことなく、容赦なく彼の体を粉砕した。だが、攻撃を受けたのはアオガミのみだ。アオガミは気を失ったままの少年の体を抱え、回帰のピラーを使用した。転送された江東区の龍脈を残る僅かな力で操作し、東京へと移動。
     それが、アオガミの最後の記憶だ。
     その直後に接続された記憶は、液体化したマガツヒが満ちる見慣れた光景だ。ただし、今までと決定的に違う点があった。液体の向こう側、即ちガラスの外の景色は普段のメンテナンスルームではないということ。そして、何より。
     アオガミと目が合った瞬間、顔を綻ばせた後にその場に崩れ落ちる少年の姿。
    『……!』
     咄嗟にアオガミはコードに繋がれたままの腕を動かした。当然ながら少年まで届くことはなく、壁と成り果てたガラスに触れて力を込める。
    『ヒホー!』
     研究員が慌て出すのとほぼ同時であっただろうか。聞こえてきた聞き慣れた声を耳にして、アオガミは籠めた力を緩めるのであった。
    『安心して気絶しただけホ! お前はまだじっとしてるホ!』
     ぺたぺたと、白い手で外側からガラスを叩くジャックフロストの姿。雪の妖精の背後では、少年を抱き上げるルー・ガルーや駆け寄るイズン達など、仲魔達の姿があった。
    『今回は特例だ。彼の精神状態を考慮して私が召喚の許可を出した』
     はやおだホ、とジャックフロストが見上げる先に現れたのは越水の姿だ。彼には珍しく、明らかな疲労の色が見られた。
    『彼は無事だ。お前はこのまま、静かに、安心して最後まで調整を受けるように』
    『……承知』
     運ばれていく少年の姿を視線で追いつつアオガミは静かに応じ、少年が部屋の外へ出たのを見送って目を閉じるのであった。
     アオガミのメンテナンスが終了しても少年は眠り続けていた。
     半身が寝かされている部屋までの道中、顔見知りの研究員から告げられた内容はアオガミを絶句させた。だが、彼にそこまでの無理をさせたのは自分自身であるという事実に打ちのめされ、彼は唇を噛みしめたのである。
     宵闇の中、室内を照らすのは僅かな明かりだ。
     その明かりの中でもはっきりと分かる少年の目の下に出来た濃い隈。指先を伸ばす。
    「……」
     だが、触れる事は出来ず、アオガミはやはりじっと少年の寝顔を見下ろすのであった。
    「少年」
     寝ている少年が応じる事は無い。
    「……しょう、ねん」
     当然の事であるというのに、それが酷く寂しくて。
     己は、彼に今の自分のような気持ちを――否、それ以上の苦しみを与えていただろう事を自覚して、再び己の半身を呼んだ。
    「少年、ありがとう」
     君が目を覚ましたら改めて伝えたいと、願いながら。

    「アオガミ!」
     目を覚ました少年が勢いよくアオガミに抱きつき、難なく受け止めたアオガミが少年の抱きしめ返すのは――もう少し、未来の話である。
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