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    Jeff

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    お題:「修行」
    #LH1dr1wra
    ワンドロワンライ参加作品
    2023/08/19

    #ラーヒュン
    rahun

    Eureka ぱたぱたぱた、と軽やかな足音に続いて、ばん、とキッチンの扉が開いた。
    「ラーハルト! 帰ったぞ」
     弾んだ声。やたらと機嫌がよさそうだ。
     ラーハルトは薬草ハーブを選り分けながら振り返る。
    「なんだ、早かったな……むぎゅ」
     ただいまのハグが力強い。
    「ど、どうした。落ち着け。今日の習い事がうまく行ったのか」
    「習い事じゃないぞ。これも修行だ」
     と、ヒュンケルは嬉しそうに額を擦りつけてくる。
    「国王と二人で不吉な儀式を執り行うのが?」
     ぽんぽんとその背を叩いてやりながら、ラーハルトが冷たく聞き返す。
    「先生に教わっているのは化学実験だ。不吉な儀式じゃない。それに今日の修行は『お掃除』で、師匠は花屋の店番だ」
    「あのガキか」
    「彼はすごいんだ。なんでもできる」
     わざわざ学び直さなくても、身の回りのことくらい俺がやってやるのに。
     と、ラーハルトは思う。
     だがヒュンケルにとっては、生きるための技術の一つ一つが新鮮なのだ。誰か、「普通」の人びとと繋がることも。
     だから、調子をあわせてやるのだ。一抹の寂しさは押し殺して。
    「ほう、そいつはすごいな。人間の癖に。……おい、それはなんだ」
     ヒュンケルは恋人の身体を離すと、うきうきと荷物を取り出した。
    「噂には聞いていたのだが。実物を借りてきた」
     と、けったいな形状の器具を取り出した。
     魔槍の穂先ほどのまるっこい物体に、萎えた革袋が釣り下がっている。
    「……なんだそれは」
    「まあ、見ていてくれ」
     ヒュンケルはすとんと腰を落とし、ラーハルトも引っ張ってしゃがませる。
     そして、謎の物体の腹らへんをこつんと押した。
     ぶぉん。
    「何? 今、風が――」
     ヒュンケルが物体を床に滑らせると、小気味よい音を立てながらパンくずが吸い込まれていく。板張りの隙間に入り込んだ小さな埃も一網打尽だ。
    「これは」
    「な? すごいだろう」
     ヒュンケルが得意げに、窓枠を器具で撫でる。昨日ひっくり返した植木鉢の小石が、あっという間に消え去った。
     ラーハルトは顎を撫でながら唸る。
    「確かに」
    「だろ?」
    「箒で払うより迅速で、仕上がりもいい。一体なんだ?」
     ヒュンケルは重々しく、
    「ダイさん」
     と言った。
    「だいそん?」
     とラーハルト。
    「ダイサン。ごみを吸い込む魔法の機械だ。我々の小さな勇者にちなんで名づけられたらしい」
    「無礼な」
    「半年前から街で流行りだして、もうほとんどの家にある。掃除の手間が改善されて、世界中の人間を救っている」
    「知らなかった」
     さすがに認めざるを得ない。確かに、これは人間の発明だ。偉大と言っても良いかもしれない。
    「どういう仕組みなんだ、この……掃除する機械は」
    「内部にからくりがあって、風でごみを吸い込むんだ。後ろの袋にたまるから、まとめて捨てればいい。それに……あ」
     きゅるるるる、と情けない音を立てて、ダイサンが静止した。
    「……」
    「……止まったぞ」
    「うむ。動力を補給しないと」
    「動力は?」
     ヒュンケルは澄んだ目でラーハルトを見つめる。
    真空呪文バギ
     ラーハルトは、またこういう展開か、と眉間を押さえる。
    「この、器具の背中の紋様のところに魔法を詰め込む」
     と、マジックポイントゼロの男がなんとなく手を翳して見せる。
    「魔法は得意でないと何度言わせるんだ」
    「できないのか……?」
     たちまちしょんぼりするヒュンケルに、ラーハルトはいらいらと戸棚に向かった。
     古びた手帳を取り出し、ぱらりとめくる。
    「かえんじゅもん、契約済み。せんねつじゅもん、未契約、と……真空呪文は」
     ヒュンケルが興味津々で覗き込む。
     ラーハルトせいちょうきろくてちょう、と表紙に書かれている。
    「ラーハルトは本当に愛されていたのだな。子供の頃の契約なんて、覚えていられないから。バランが残してくれていて良かった」
    「うるさい。……ああ……真空呪文は記載がない」
    「未契約か。早めに契約しよう」
    「貴様。他人事だと思って。俺だって大変なんだぞ」
     ヒュンケルは、そうか、そうだな、と神妙に考え込む。
    「もしダメだったら、俺がどうにかする。動力が切れるたびに、先生に頼んで」
    「分かった」
     話がややこしくなる前に慌てて頷く。
    「明日試してみるから。だが期待するなよ。まったく……貴様のせいで、すっかり放棄したはずの魔法を学び直す羽目になっている」
    「お互い、良い修行になるな」
    「修行したいのはお前で、俺は関係ないだろうが」
    「一緒の方がいい」
     朗らかに微笑むヒュンケルの頬は、げっそりこけていた一時期を乗り越え、ようやく人らしい厚みに戻った。淡い薔薇色に染まって輝いている。
     思い切り抓ってやりたい衝動をこらえて、ラーハルトは古い手帳をぱんと閉じた。
    「仕方ない。挑むとしよう」
    「お掃除には代えられん。見ろ、この新品同様の窓辺を」
    「分かった分かった」
     泣く子も黙る不死騎団長が毎朝オムレツを焦がし、天下の陸戦騎が初歩的な魔法に四苦八苦する姿を、並べて思い浮かべてみる。
     なんとも不器用で平和で幸福な絵柄に、ラーハルトはちょっと笑った。
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