「いじめないで、いじめないで・・・おねがいです、僕をどうかいじめないでください・・・」
泣きながらボソボソと呟く姿はさっきまでの凶暴なイメージとはかけ離れている。俺と麻里は呆然としながらその様子を眺めていた。子供扱いされたくないという嫌悪感よりまたいじめられるという恐怖感が上回ったのだろう。
「大丈夫だ、俺達はお前のことをいじめたりしない」
「あんな扱いしたくせにまだそう言うの!」
「違うってば・・・あぁもういいや。とにかく、俺はお前達のことを大事にするから。だから安心してくれ」
「いやだ!お前らは何にもわかってない!!わかってくれるのは先生だけなんだ!!うわぁぁぁぁあああああ!!」
完全に暁人のトラウマスイッチを押してしまったらしい。
「いっそ、お前ら、まとめて・・・」
暁人の髪がほどけて逆立ち始める。髪が伸びていき、何か形を作っていくように思えた瞬間、何処からともなく白い布が暁人に被さった。
「全く、君というのは・・・」
聞き覚えのある声が聞こえたと思ったら、目の前で暁人を抱き抱えている人物がいた。黒ずくめの服装で般若の面を着けている男だ。
「お前は・・・」
「久しぶりだな、彼を探していたあの時以来か?」
「あぁそうだな。だがどうしてここにいる?なぜ暁人を匿う?」
「彼はずっと我慢していた、自分の感情を抑えて、周りを傷つけず、傷つかれずに必死だったんだ。それを私は見過ごせなかった。それだけだよ」
「どういうことだ?」
「私がこの子の力になってあげようと思っている。お前たちと違って、私なら彼を救えるかもしれない」
「何言ってるんだよ、意味がわかんねぇよ」
「ふむ、まぁ無理もない。彼が抱えていた苦しみを理解できない以上、お前たちに話しても無駄だろう」
暁人を抱えた状態で男は去っていった。その後ろ姿をただ眺めることしかできなかった。
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「怖かった、またいじめられると思った」
私に抱えられた暁人は泣きじゃくりながら弱音を吐いた。
「やったと思ったら突然殴ってきて胸ぐら掴まれた・・・怖い、怖い」
胸に顔を埋めて震えている暁人の頭を撫でながら落ち着くまで待とうとした。被せた布を外してやる。暁人と目が合う。その目は怯えていた。
「先生は僕のことをいじめないよね?」
「当たり前じゃないか、君は私の大事な家族だぞ」
「本当?僕を捨てたりしない?」
「そんなことするわけないだろう。大丈夫だ、私は君の味方だ」
「よかった・・・」
安堵したのか再び泣き出してしまった。仕方がないとはいえ、ここまで怯えさせてしまうとはアイツらは本当に許せないな。
「痛いのも怖いのも嫌。だけど肉体が無くなるのはもっと嫌だ、先生の温もりがなくなるなんて耐えられない」
「あぁわかったよ、もうあんなことはしないから安心しろ」
「うん・・・」
しばらくすると落ち着いたようで眠ってしまったようだ。寝息を立て始めたのを確認してからベッドに運ぶ。
「すまない、少し席を外す」
「・・・わかった」
頭を撫でて部屋を出ようとするが不意に唸り声が聞こえたので振り返ると暁人が苦しそうな表情をしていた。
「どうした!?」
「・・・せ、ん、せい」
胸を押えてうわ言のように呟いている。額には汗が滲んでいた。
「っ・・・あっ、ぐぅぅぅ!」
「しっかりするんだ!」
「どう・・・し、て、うわぁぁぁぁあああああ!!」
暁人が叫んだ途端、目の前が真っ暗になった。
****
「やっぱり私のせいなのかも」
麻里は独り、呟いた。昨日のことを思い返していた。兄はいじめないでと何度も呟いて泣いていた。もし自分のせいであんなふうになってしまったのだとしたら、自分が兄にしてきたことが全て間違いだったんじゃないかと思うようになったのだ。私は自分の気持ちを優先して兄の言葉を無視し続けた。それが結果として今の状況を作り出してしまったのではないか。私のせいでお兄ちゃんはずっと辛い思いをしている。そう考えると居ても立ってもいられなくなった。
「凛子さん、絵梨佳ちゃん、お兄ちゃんの所に行こう!」
「「え?!」」
「私、お兄ちゃんに謝ってくる。今まで酷いことしてごめんなさいって言いたい。このままじゃいけない気がするの」
「でも、それこそ逆効果になるんじゃない?」
「それはわからないけど、何も言わずにいるよりマシだと思うから。お願いします!私を行かせてください!!」
頭を下げて頼み込むと2人とも考え込んでしまった。しばらくしてから凛子が口を開いた。
「・・・私は賛成。麻里がそうしたいならそれでいいと思うよ」
「凛子さん・・・ありがとうございます!」
「ただし、条件がある」
「はい?」
「私たちが一緒に行くっていうのはダメかな?」
「へ?」
「1人で行ってまた襲われたら危ないし、何が起こるかわかんないじゃん。だからね、私たちはアンタを守る為に同行するの。別にいいよね?」
「はい、もちろんです」
「よし決まり、準備できたらすぐに出発ね」
「おい待て女三人で出かけるつもりか?」
「あ、おじさんも来る?」
「誰がオジサンだコラ!!ったく、俺も行くに決まってるだろうが」
揃ってアジトを出て歩き出す。目的地はもちろんお兄ちゃんがいる場所。
「ねえ・・・」
目的地に着くなり麻里が指差した。
「なにあれ?」
「家、だよね」
目の前にあったのは一つの家屋だったが扉や窓だったところが布やリボンで縛られたり覆われたりしていた。まるで侵入者を拒むかのようであった。