『懐妊』「KK~元気してる~?」
「お前のせいで健康診断オールA判定になるほどには」
「やっぱ食べさせといて正解だったぁ♡」
「お前の辞書に倫理観って言葉はなさそうだな」
暁人が久しぶりに会った友人のように、馴れ馴れしく話しかけてくる。バレンタインの一件で完全に人間を卒業した俺は定期的にエドの診療所に通うようになった。エドが言うには暁人のミトコンドリアとは違う進化を辿っているという。
「ねえねえKK、なんか気付いた?」
「何にだよ」
「見てて分かんない?」
「わからん」
「じゃあお腹触ってみて」
「なんで・・・」
「いいから!」
言われるままに手を伸ばす。服越しに触れた腹部からは微かに鼓動を感じた。
「どう? 何か感じた?」
「いや・・・別に何も」
「えぇ~KKって鈍感だから前の奥さんに逃げられたんじゃないの~?」
「それは関係ないだろ!!」
「でもちゃんと感じてくれないと、寂しいなぁ・・・」
そう言いながら俺の手を取ってまた腹にさわらせると今度はピクリと反応した。
「ねっ? 分かるでしょ?」
「まさか・・・子供か!?」
「せいかーい! やっと出来たんだよぉ! これでKKもパパになれるねぇ♡」
「待ってくれ、お前妊娠できるのか?」
「できるよ、僕をなんだと思ってるのさ」
「確かにお前は人間やめてたな・・・」
「ぶっちゃけ生理痛の方が酷かった。女性ってあんな辛い痛みにずっと耐えてるんだな~って」
「女じゃないから分からん」
「今度体験させてあげるよ」
「遠慮しておく」
「もう、つれないなぁ」
頬を膨らませている暁人だが、正直可愛いとか思ってしまった自分がいる。
「とりあえず今何ヵ月だ?」
「5ヶ月目だよ、もう性別も分かってるし」
「どっちだ?」
「女の子。それでKKに名前をつけてほしいなって思って」
「なんで俺に?」
「この子が大きくなったときにパパがつけたんだよ~って言いたいからさ」
「なるほど・・・まあ考えとくよ」
「いーやっ!今すぐ考えて!」
「はぁ!?」
いきなり今すぐ考えろと言われてもパッも思い付くものじゃない。前に子供を持ったときは妻がつけていたのだが、あの時は男の子の名前だったが、今回は女の子、しかも自分が名付け親になるのだ。一体どんな名前がいいだろうか。そんなことを考えているうちにふとある名前が浮かんできた。
「愛(まな)・・・?」
無意識のうちにその名前を口にしていた。すると暁人は少し驚いたような顔をしたがすぐに微笑みを浮かべた。
「へぇ~良いじゃん。どうしてその名前にしたの?」
「いや、なんとなく・・・俺や暁人以外からも愛されて欲しいと思ったからだ」
「そっかぁ~うん、いいと思う。愛ちゃんきっと喜んでくれるよ」
暁人は腹をさすりながら微笑む、ゆったりとした服を着ててわからなかったが、よく見ると腹が膨れていた。
「だと嬉しいけどな」
「それにしても、愛ちゃんが産まれたら僕はママにになるわけかぁ・・・となると麻里は叔母さんかぁ」
「麻里にこの事は伝えたか?」
「伝えたよ、けど」
「けど?」
「麻里にこっちくんなGウイルスって言われた」
「あ、まあ、ドンマイ・・・」
その日の夜、俺は夢を見た。夢の中の妻はいつも通り優しく笑っていた。そしてお腹の子供に話しかけている。まだ家庭を持ち始めた頃は、妻や子供とも上手く話せなかった。しかし妻の方は慣れたもので俺の顔を見ると笑顔で出迎えてくれた。
しかし子供が産まれ、年が過ぎるごとに家庭を顧みず仕事に打ち込むようになった。その頃から少しずつ妻と子供に話す機会が減っていきいつしか会話すらなくなっていた。そんなある日のことだった。珍しく早く帰れた日、テーブルには一枚の紙が置かれていた。そこには今までの言葉が綴られており、最後に離婚届の文字があった。そこで目が覚めた。スマホの画面には午前3時と表示されていた。
「こんな時間に起きたの久しぶりだ・・・」
もう一度寝ようとしたが、不思議と目は冴えてしまい眠れなかった。これから暁人と俺の子供が産まれてくる。ちゃんと父親としてやっていけるのだろうか。不安ばかりが募っていく。