「はぁ、はぁ・・・」
青年が1人、路地裏で息絶え絶えの状態で壁に寄りかかっていた。
「・・・食べ、たい」
ローブのような服を纏い、所々から素肌が見える。そのまま壁を背にして、その場に座り込む。フードを外すと、右耳の上辺りから角が内巻きに伸びているのが見える。
「おなか、すいた・・・」
すると青年の身体が小さくなる。正確には若返ったのが正しい。小さくなった身体から、ローブが外れる。
「あ、あぁ・・・」
ローブを掴むが、下に着ていた服もサイズが合わなくなり、身体からずり落ちる。
「うぅぁ・・・」
青年の身体はどんどん若返り、最終的に赤子へと変わる。
「うぅ、あぅ・・・」
小さくなった青年は、赤子になっても空腹により小さく呻く。だがその声は誰にも届かない。赤子は力尽きる様にその場で静かに瞼を閉じた。
****
「あーさびぃ」
「もう11月だもんね」
「にしても寒すぎるだろ」
絵梨佳と二人で並んで歩く。
「腹減ったからって俺をパシりにするか?」
「でも私はKKと二人でいるのもいいけど」
「まあ任務は別だがな、凛子が心配する」
「それは分かるけど、私は皆の役に立ちたいの」
「そりゃー助かる」
「KKはもう少し人の事を考えてよ」
「はいはい」
会話をしながら歩いていると、耳に何かの声が届く。それを聞いて立ち止まると、絵梨佳も立ち止まる。
「KK、何か言った?」
絵梨佳も聞こえたようで、俺に訪ねてくる。
「何も言ってないが?」
「・・・気のせいかな」
周りを見渡すと、路地裏に入る道を見つけた。俺は立ち止まり、その道を見る。
「どうしたのKK」
「あそこからか?」
「え?何?」
俺は絵梨佳の疑問を無視して、そのまま歩いた。絵梨佳は心配しながらも俺について来る。その路地を通り過ぎる時、奥から小さな呻き声が聞こえた気がした。
「ふぇぇ・・・」
路地へと入ると、そこには裸で布にくるまれていた赤ん坊がいた。
「KK、どうしたの?」
遅れて来た絵梨佳が俺に追いつき、赤ん坊を見ると驚きの声を上げた。
「だ、誰!?この赤ちゃん!?」
「静かにしろ」
「・・・まさかKKの!?」
「俺じゃねぇよ!なんでこの状況で俺になるんだよ!!」
「ふぇぇ!」
俺の声に驚いたのか、赤ん坊が泣き出す。俺はすぐに抱き上げてあやした。
「KK、どうするの?」
「どうするって・・・これどう見ても捨て子だよな」
「そうだよね・・・可哀想に」
「・・・なんで俺の方見てんだよ」
****
急遽、粉ミルクや哺乳瓶を調達し、裸の赤ん坊に与えていた。
「KK、出来たよ」
「おう」
凛子から哺乳瓶を受け取り、赤ん坊に飲ませる。ゴクゴクと飲む姿が可愛らしい。
「あ、飲んだ」
哺乳瓶の中のミルクは減りが早く、相当腹を空かせていたことが分かる。そしてミルクがそこをついても吸い続けていた。
「もうなくなっただろ」
「・・・うぅぁぁ」
赤ん坊がうるうると見つめてくる。
「あーもうそんな目をするな!!」
「KK頑張って」
「おめぇらも手伝えよ!!」
粉ミルクを溶かしては飲ませを何度も繰り返し、最終的に10杯分の粉ミルクを平らげた。
「うぇ・・・うぇぇ」
「よしよし、よく食ったな。これでひとまず安心だな」
赤ん坊を抱きかかえながら、背中を軽くポンポンと叩く。赤ん坊は満腹になったからか、ウトウトし始めていた。
「むぅ・・・」
「ん?何だ?」
「うぅぅ・・・」
赤ん坊はウトウトしながら、俺の上着をキュッと掴む。それがどこか可愛く見えた。
「KKって子供に好かれやすいよね」
「俺がか?」
「うん、何だかんだ言っても面倒見がいいから」
絵梨佳は羨ましそうに言う。そんな様子を見ていると、いつの間にか赤ん坊が眠っていた。俺の腕の中ですやすやと眠る姿を見ていると、自然と笑みが溢れてくる。
「KK、赤ちゃんのお父さんみたい」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ」
赤ん坊を優しく揺りかごのように揺らすと、赤ん坊が眠ったまま笑う。俺はその姿に癒された。赤ん坊の耳の辺りを見てみると何かの跡がある。
「KK、この子の角が生えてる」
絵梨佳が赤ん坊の耳付近を指差す。そこには小さな角が生えていた。
「うぅ・・・」
少しつついてみると嫌そうな顔をしてまた眠りにつく。
「なんか、可愛いね」
「そうだな・・・」
俺と絵梨佳が赤ん坊を見つめていると、凛子が別のものに反応を示した。
「KK、これなんだけど」
「それか」
凛子が見せてきたのは赤ん坊と一緒にあった服だ。サイズはどうみても大人で、この赤ん坊からすれば大きすぎる。
「角といい服といい、どうも人間じゃねぇな」
「じゃあ妖怪?」
「こんな妖怪俺は知らん」
「ぶわぁ~あ~」
赤ん坊は急に欠伸をし始める。起きるのかと身構えていたが、赤ん坊はそのまま眠りについた。
「赤ちゃんすんごい可愛い」
絵梨佳は完全に赤ん坊の虜になっていた。
「A、K、I、T、O・・・」
「どうした?」
「服に書いてあったのよ」
赤ん坊と一緒にあった服の内側に文字が書いてあった。
「多分ローマ字で、アキト」
「アキト?」
この赤ん坊の名前なのか?
「アキト」
寝ているアキトに呼んでみると、微かに口元が吊り上がる。どうやら自分の名前が分かっているらしい。
「うえぇぇぇ・・・」
まだ眠たかったのか、アキトは突然不機嫌になり泣き出した。こりゃしばらく眠らねぇな。俺はアキトが泣き止むまで、抱っこし続けた。
「それで、この赤ちゃんどうするの?」
「どうするって・・・」
凛子の言葉に少し困惑する。本当の親を探すのが普通なのだが・・・その親の素性も分からないのだ。それに何の妖怪かも分かっていない現状では、見つけ出すのは非常に困難だろう。だからと言って放っておくわけにもいかないしな・・・。
「KK育てる?」
「何で俺なんだよ」
「だって学校あるし」
「子育ての経験ないし」
《僕も遠慮しておくよ》
「お前らな」
絵梨佳や凛子に続きエドまでもが言ってくる。俺はため息しか出なかった。
「んぅ・・・」
話していると、アキトが目を覚ましぐずり始める。
「ほら、赤ちゃん起きてるわよKK」
「・・・お前らも少しは手伝えよ?」
絵梨佳と凛子は苦笑しているが手伝う様子はなかった。俺は仕方なくアキトを抱きかかえてあやすことにしす。するとすぐに泣き止み、笑い始めた。