「暁人、大丈夫か?」
「・・・ん」
二人で手を繋いで街中を歩く。あれから数日が経ち暁人は退院したが、夜鷹の件が相まってか一人にさせるのは危ないということで、しばらくは一緒に行動することにしたのだ。最初は断っていた暁人も渋々ながら受け入れた。まあ、俺も心配だしな。相変わらず喜怒哀楽の無い表情で歩いている暁人の手を引き、暁人は俺の少し後ろを付いてくる。無口なところがあるが、最近は会話らしい会話ができるようになってきた。まあ何を考えているのかはよくわからないのだが。
「暁人、今日は何かしたいことあるか?」
「別に何もしなくていい」
そう言って首を横に振る暁人に苦笑する。
「KKがいれば別にどこに行ってもいいし・・・僕は、それで十分だから」
暁人の手がぎゅっと握り返してくる。オーバーサイズなパーカーを着ているせいもあってか、その仕草はどこか幼く見えた。
「なんか食いたいものあるか?」
「・・・女郎」
(あ、こいつ大食いだったのすっかり忘れてた)
俺は思わず天を仰ぐ。暁人が行きたいと行った店はまさかのラーメン屋、こってり系のとんこつ醤油味だ。ちなみに暁人の目の前にはどんぶりが三つ並んでいる。
「美味いか?」
「うん、美味しいよ」
ずるずると麺をすすりながらもごもごと喋る暁人を横目に、俺はスープを口に含む。確かにうまいけど、なんというかこう・・・胃にくるものがある。それを気にせずに食べる暁人を見てると、案外こういう食事の方が好きなのかもしれないと思う。会計のときに暁人が万札を出そうとしたので慌てて止めたら睨まれた。自分で払いたいらしい。結局半分出して店を後にした俺たちは、腹ごなしも兼ねて近くの公園まで散歩することにして歩き出す。木漏れ日の中、ゆっくりと歩く。ふと立ち止まって空を見上げる。鳥が鳴きながら飛んでいく。遠くの方では子供が笑い声をあげていた。そんな光景を暁人はじっと見ていた。
「・・・」
「おーい」
「・・・」
「暁人」
「・・・」
俺の呼びかけにも反応せず、ただぼーっとしてる暁人に小さくため息をつく。そしてそのまま手を引いてベンチに座らせると、俺はその隣に座って暁人の頭を撫でた。されるがままになっている暁人の顔を見ると目を細めている。猫みたいだと思った。しばらくすると満足したのか顔を離すと、またぼんやりとした目に戻る。
「KK、あの時僕に言ったよね、大切な仲間だって」
「ああ」
「でもね、僕にとってKKは特別な存在だよ」
「・・・そうか」
「うん」
「・・・」
「・・・」
沈黙が流れる。
「・・・もうちょっと何かないの?」
「え? あぁ、そうだな・・・ありがとう」
「う~ん、そういうんじゃなくてさ・・・」
不満げな暁人の視線を受けて考える。暁人が言うには俺は『特別』らしい。
(じゃあどうしろっていうんだ?)
困惑している俺を見て、暁人はクスクスと笑っていた。
「そろそろ帰ろうか」
「うん」
立ち上がって帰ろうかとしたとき、暁人が動かなかった。
「おい、行くぞ」
「・・・嫌だ」
「暁人?」
「・・・帰りたくない」
「どういうことだ」
「・・・なにかいる」
暁人は俯いたまま黙ってしまった。すると辺りの景色が変わってマレビトが大量に出現した。これに気づいて暁人は動かなかったのだろうか。
「KK」
「待て、今のお前は」
俺の静止を耳にも入れずにパーカーのフードを被りながら飛び出した暁人から黒い泥が発生する。それは形を為し、暁人の体に纏うように現れた。頭は鳥の頭部に覆われ、背中からは巨大な翼が生え、腰の辺りからは尾羽が生えているが、どれもドロドロとしていて地面にポタポタと落ちていく。
「守られるより守りたい」
暁人がそう呟くと同時に地面を蹴った。
「暁人!」
その瞬間、暁人は翼を使って高く飛び上がり、落下の衝撃でマレビトを一掃した。そしてそのまま上空に留まると今度は急降下して別の個体を蹴り上げる。
「邪魔しないでよ」
次々と現れるマレビトは暁人に攻撃するが、それを意にも介さず翼を払うだけで消し去っていく。
「・・・僕は僕だ」
そう言いながら、次々にマレビトを倒していった。
「暁人、やめろ! 」
俺の声も届かずに戦い続けた。そしてマレビトはいなくなり辺り一面が黒い泥で覆われる。纏っていた泥が溶けて辺りの景色が戻ると暁人は倒れていた。慌てて駆け寄ると呼吸をしていて安堵した。
「んっ・・・」
「起きたか」
「僕・・・」
「無理はするな」
「うん・・・KK、ありがとう」
「もう大丈夫なのか?」
「・・・わからない」
少し考えてから暁人は答える。
「そっか」
「ごめんなさい」
「謝らなくていい」
俺はしゃがみこんで暁人の頭を撫でると、嬉しそうに目を細める。その姿は猫みたいだった。夕暮れ時、二人で手を繋いで家路を歩く。ふと暁人が足を止めた。それに気付いて振り向くと、暁人が俺を見ていた。無表情だった顔に感情が浮かぶ。それは、寂しさだった。暁人が俺の手を強く握る。俺は何も言わず、ただ優しく握り返した。
「KK」
「どうした?」
暁人は俺の胸に額を当てて擦り付ける。まるで甘える子供のように。しばらくすると落ち着いたのかゆっくりと離れる。そして俺の目を見つめた。
「星空の下でランデブーしよう」
「・・・なんだそれ」
「ロマンチックでしょ?」
「まぁ、そうだな。てかお前がランデブーなんて言葉を知ってることの方が驚きだわ」
「失礼な。僕だってこれくらい知ってるんだよ」
「へぇ~」
「あ、信じてないな」
「別に」
「もう、そんなこと言うなら・・・」
暁人はニヤリと笑うと俺に抱きついて、お互いに黒い泥に覆われた。黒い泥は夜鷹になり、俺はその背中に乗って空を飛ぶ。
「あんまり人気の多いところで飛ぶなよ」
「わかってる」
「あと、目立つようなことは絶対禁止だからな。凛子から何言われるかわからん」
「はーい」
俺の言葉を聞いているのかいないのか、夜鷹はどんどん高度を上げていく。雲の上まで来ると、眼下には街の明かりが広がっていた。
「綺麗だね」
「ああ、お前もだよ」
夜鷹の口が開き、暁人が顔を出してくる。
「KK」
「なんだよ」
「大好き」
「・・・俺も好きだよ」
二人で笑い合うと、街を眺めながらゆっくりと飛行を続けた。後日、二人は女性陣に説教を食らった。