「あいたいぃ!!あいたいよぉ!!あいたいあいたいあいたいあいたいぃ!!」
部屋の中で癇癪を起こし、泣き叫ぶ。どれだけ泣き叫んでも、暴れても、誰も助けてくはくれず、最後は疲れて眠りにつくまでずっとずっと泣いていた。癇癪とは感情が我慢の限界に達して、制御出来ずに外に溢れ出た結果だ。娘が昔に使っていた玩具を与えて落ち着かせようとするも失敗した。
「あいたいよ・・・けぇけぇ・・・」
KK。泣き疲れて眠る彼の口から出る名前。一晩だけの出会いでここまで執着されるのは、あっちにとっても予想外だろう。助けてやりたいが、助ける方法が分からない。自分に出来る事と言えば・・・彼を安心させてやるだけだ。私は眠っている彼に布団を掛けてやると、繋がるかも分からない娘に連絡をした。
****
「お兄ちゃん」
「や・・・」
「ねぇ」
「いや・・・」
「ねぇってば」
「いや、あっちいって」
「・・・」
暁人は基本的に誰にでも懐くのだが、一人だけ例外がいた。それは麻里だ。妹の麻里にだけは拒絶するような態度をしている。だが、麻里は諦めずに暁人と仲良くなろうとしていた。
「ねぇ」
「あっちいってよ・・・」
「お兄ちゃん、一緒に遊ぼう?」
「いやだ」
暁人は頑なに麻里を拒絶した。どうして拒絶するのか、それは暁人自身も分からなかった。
「いやだ!あっちいってよ!!」
暁人が癇癪を起こしてぬいぐるみを麻里に投げつけようとしたところで駆け寄り、暁人を押さえる。
「やぁだ!いやぁだ!」
「何が嫌なんだよ、暁人」
「いやなのぉ!!」
「どうしてだ?」
「わかんない!!わかんないよ!!」
暴れ回る暁人を押さえつけるが、一向に大人しくなる気配がない。こういう時はアレを使うか。俺は暴れる暁人をしっかりと抱き留めると、頭を優しく撫でた。頭を撫でている時は、暴れていた暁人の動きが止まり、静かになる。
「よしよし。もう大丈夫だ」
「ひっぐ・・・ぐす・・・」
泣きじゃくる暁人に胸を貸しながら頭を撫でる。何か要因があるのかは分からないが、とにかく暁人は麻里を拒絶しているのだ。
「どうして、麻里を嫌がるんだ?」
「わかんない・・・けど、いや・・・」
「そっか。何が嫌なのか教えてくれるか?」
俺が尋ねると暁人は泣き止み、ポツポツと話し始めた。
「だって・・・こわい」
「何が怖いんだ?」
「こわいんだもん!!こわいこわいこわいこわい!!」
「怖い?何が怖いんだ?」
「わかんない!!でも・・・こわいの・・・」
暁人が何に恐怖を抱いているのか。それは俺に分かるはずがなかった。それでも、俺は暁人の頭を撫でながら、ゆっくりと尋ねた。
「怖いって・・・何か分かるか?」
「わかんないよぉ・・・」
「暁人、何が怖いのか分かったら教えてくれないか?」
「・・・うん」
****
「どうすればいいかな・・・」
「暁人くんが嫌がる理由が分かればいいんだけどね」
兄のことで凛子さんと絵梨佳ちゃんに相談した。二人なら何か兄のことを理解してくれるかもしれない。
「どうして麻里ちゃんを怖がるのか、麻里ちゃんは心当たりないんだよね?」
「うん」
首を横に振って否定する。分からないのだ。いくら考えても思い当たる節はない。
「じゃあ、麻里ちゃんは暁人くんのこと、どう思ってるの?」
「どうって・・・」
絵梨佳ちゃんの質問に私は言い淀んだ。久しぶりにあった兄が子供のように泣き喚いて、恐怖で怯えている姿を思い出して、私は少し苛々した。
「なんであんなに子供っぽいの・・・?お兄ちゃんはもう大人でしょ!」
「え、麻里ちゃん?」
「あ・・・。ごめんなさい・・・つい・・・」
思わず言い過ぎてしまった。絵梨佳ちゃんは気まずそうに視線を逸らす。
「ごめん。絵梨佳ちゃんが悪いわけじゃないの」
「ううん、私の方こそごめんね?」
気まずくなった私達はお互いに謝った。そこに凛子さんが間に入ってくる。
「麻里ちゃんは暁人くんが嫌なの?」
「・・・嫌じゃないです。けど、どうしたらいいか分からなくて・・・」
「うーん・・・私達には難しいなぁ・・・」
凛子さんが困り果てている。無理もなさそうだ。私もどうすればいいか分からないのだから。絵梨佳ちゃんは何か思い付いたのか、手を叩いた。
「あ!麻里ちゃん、プレゼントとかどう?」
「プレゼント?」
「暁人さんに何かあげれば警戒心が解けるかもしれないよ」
「プレゼントかぁ・・・」
確かに絵梨佳ちゃんの案は悪くないかもしれない。けど、何をあげたらいいかが分からない。
「プレゼント・・・何がいいかな?」
「とりあえず3人で出掛けて考えるのはどうかな?」
絵梨佳ちゃんの言葉に凛子さんと私は頷き、私達は街に繰り出した。
****
「あいつらは?」
《出掛けると言っていた》
「むー?」
凛子達がいないことをエドに訪ねたら案の定、ボイスレコーダーを再生して返してきた。暁人はデイルから貰ったコロッケを食べる手を止めて首をかしげている。
「・・・デイル、これ以上暁人にコロッケあげるな」
「ただいま~」
「やっとか」
凛子の声が聞こえ帰ってきたことが分かる。暁人は凛子の声に反応して玄関まで迎えに行った。
「おかえり~」
「あらお出迎え?偉いわね」
「えへへ~」
凛子に頭を撫でられている暁人を見て羨ましいと感じてしまう。
「お兄ちゃん」
「なに?」
麻里が話しかけたとたん、冷めた態度を見せる暁人。態度が変わったことに絵梨佳が苦笑いを浮かべる。
「またか・・・」
「もう、いつまで拗ねてんの~ほら」
絵梨佳は袋からプレゼントを取り出すと暁人に差し出した。それを見た暁人が首を傾げる。
「なにこれ?」
「プレゼントだよ!麻里ちゃんが暁人さんに!」
そう言われて麻里の方を向く。麻里が促すように頷くと、暁人は恐る恐るプレゼントを受け取った。
「あけていい?」
「うん。開けてみてよ」
凛子に促され、プレゼントの包装紙を開けると中に入っていたのは蝶々のヘアピンだった。
「えへへ・・・お兄ちゃん、髪伸びてきたでしょ?だから、プレゼントにどうかなって」
麻里からヘアピンを受け取ると、暁人はしばらく黙って眺めていたがやがて嬉しそうに顔を上げた。
「まり・・・ありがと」
「どういたしまして!」
ようやく兄と仲良くなれた妹は心の底から嬉しそうな顔を見せた。ヘアピンを兄の髪に付けてあげると凛子がスマホを取り出して写真を撮った。
「よし、バッチリ」
撮影を終えて満足した表情の凛子。絵梨佳は苦笑いをしているものの止めようとはしなかった。暁人はというと、麻里に抱きついて感謝の気持ちを伝えらていた。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なに?」
「どうして私を怖がったの?何が怖かったの?」
「・・・わかんない」
やっぱりダメか・・・
「きゃぁぁぁあああああ!!!」
「どうした!?」
「お兄ちゃんが!!!」
「ん?」
不思議そうにこちらを見つめる暁人の口の回りには血がべっとりと付き、手には息絶えたカラスが握られていた。