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    ムー(金魚の人)

    @kingyo_no_hito
    SS生産屋

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    モクチェズワンライ0403「急降下」で参加です。
    急降下する飛行機に対処するモクチェズ。

    #モクチェズ
    moctez

    【高度が下がっています 上昇してください】
    【高度が下がっています 上昇してください】
    「おわわっ!」
    けたたましいアラート音と同時、モクマの身体が見えざる手によって右に左に引っ張られる。たたらを踏んで後ろに下がるも指に触れた金属の感触に思わず手を上げた。
    ここは飛行機の操縦室だ。飛行機を操縦するためのハンドルやらボタンやらモニターやら精密機器が詰まっている。素人が触れて事態を悪化させるのはマズイ。
    脚に力を入れて、鍛え上げた体幹で荒ぶる機体の動きをいなす。
    操縦室のドアに背を預け、目だけで相棒を探した。
    チェズレイは操縦席に座り操縦桿を握りしめていた。
    本来の操縦士は既に事切れてモクマの足元に倒れている。折り重なるようにして気絶している「裏切り者」の手によって、この飛行機はパイロットを喪ってしまった。
    「くそっ、もっと早く気づいてたら……」
    モクマは口内で毒づく。
    ターゲットである政府要人が搭乗するプライベートジェットへ潜入したまでは良かった。CAに扮したチェズレイがサーブするワゴンにモクマが隠れ、チェズレイが会話で引き付けている間に相手へ盗聴器を仕掛ける。そこまでは。
    同行していたターゲットの部下の一人に「裏切り者」がいたのは想定外だった。男は躊躇いなく自分のボスのこめかみを銃で撃ち抜いた。そして、男は片手で爆弾のスイッチを掲げ、操縦室へ走り出した。
    モクマがチェズレイと共に操縦室へ飛び込んだ時には、男はすでにパイロットの命を奪った後だった。
    操縦士まで殺したのは故意だったのか錯乱している「裏切り者」をモクマが手刀で黙らせた直後、アラート音が響き渡った。そして冒頭に至る。
    飛行機は白い雲を胴体で引き裂きながら急降下している。急激な気圧差で耳が痛い。相棒の名を叫ぶ己の声すら水の中で反響しているみたいでちゃんと空気を震わせられているのか心許ない。
    だけど、相棒はきちんとモクマの声に応える。彼にしては大きくハッキリとした声量でモクマを呼んだ。
    「モクマさん、こちらへ」
    揺れによって覚束ない足を前に進め、モクマはチェズレイの隣に立った。彼の前に映し出されているレーダーチャートには未だエマージェンシーアラート表示が赤く明滅している。
    高度計と思われる計器に表示された数字が凄い勢いで下がっている。モクマは思わず唾を呑み込んだ。
    「ふっ……!」
    チェズレイが操縦桿を前へ倒す。左右の揺れに上下の揺れが加わった。事態を悪化させていないかと青ざめるモクマの目の前、高度計の数字が降下を止め始めた。緩やかに、だが、確実に上昇している。
    モクマは興奮と賞賛と誇りの目をチェズレイへ向けた。
    「お前さん、飛行機の操縦までできちまうのかい」
    「以前にも申し上げたでしょう。なんでもひとりでできないと詐欺師は務まらない、と」
    「……俺は何をすればいい?」
    お前は一人ではない、一人で何でもこなす必要はもうない。そんな衝動的な感情が口に出た。
    チェズレイはモクマの顔を一瞥し、結んだ唇を持ち上げる。
    「フ…………、あなたは今生の別れの話でも練習しておいてください」
    「怒るよ」
    非難じみた低い声が漏れた。
    どうしようもない別れの時が来たら話をすると約束はしたが、今じゃないだろう。冗談にしたって笑えない。大体、逃げ場のない空の上では二人揃って死ぬか生きるかだ。「別れ」は来ない。
    ――ガクン!
    「どわっ!」
    再び足が浮く程の揺れを身体に受けた。
    「乱気流が……」
    チェズレイが苦々しく呟いた。目の前は一面灰色。厚い雲に囲まれている。この雲海を抜けるしかない。
    チェズレイは奥歯を食いしめた。操縦桿の振動を受け止め続けた手のひらが痺れている。目に見えない空気の流れを読むのは不可能。経験値のない中、頼れるのは目の前の機器が表すデータのみ。レーダーモニターを見つめ、上下左右どこに舵を切るべきかを見極めようとする。
    「……チェズレイ、少し右に舵切れるかい」
    落ち着いた低音がチェズレイを指揮した。根拠は問わなかった。モクマの指示どおり操縦桿を操作する。
    モクマはじっと前を見据えていた。窓から見える雲の層を鋭い眼が捉える。
    「そのまま、ちょっと下。あそこの雲の切れ間に潜り込むイメージで」
    今度は操縦桿を手前に引く。
    「ぐ、……」
    慣れない操縦桿の操作と緊張からチェズレイの手に汗が滲む。その上から温かく大きな手が覆い被さった。
    大丈夫だと言われている気がした。
    モクマの見定めた雲の切れ間を両翼で裂く。
    「あァ……」
    自然、チェズレイの喉が震えた。
    白い光が操縦室を照らす。厚い雲海を抜けたのだ。今まで何度も目にした太陽光が希望の灯にも見えた。
    乱気流を抜けたことで機体の揺れも静かになった。
    「ふぅうう〜〜、なんとか抜けたねえ」
    モクマは額の汗を拭う仕草と共に床に尻をつけた。
    高度も安定したことで自動操縦モードを受け付けるようになった操縦桿をニュートラルに戻し、チェズレイはモクマの顔を見つめた。太陽よりも男の顔が眩しく見えた。
    「空気の流れを読めるとは、過去に飛行機の操縦経験もおありで?」
    チェズレイの問いにモクマはカラカラ笑って答えた。
    「うんにゃあ、空を飛ぶ鳥に憧れていただけのただのおじさんだよ」


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