日本茶パフェ日本茶パフェ
千鶴の家から少し歩いた所には一軒の日本茶の茶葉を売る店がある。そう広くはないが、雰囲気のある古めかしい和風の建物で、それなりに昔から続く評判のいい店らしい。
休日に食材の買い出しに行く母について行った千鶴は、スーパーで買い物を終えた後にこの店に連れてこられると、棚に並んだ茶葉を見て「お父さんもお母さんも緑茶飲まないじゃん」と疑問を口に出す。
「藤花様がここのお茶を気に入っているそうだから、今度お供えするのよ」
普段あなたがお世話になっているから、と千鶴の疑問に答えた母はどの品種がいいかと悩んでいる様子で、茶葉の説明が書かれた小さなプレートの文字を読んでいる。それを見た店員が試飲はいかがですか、と小さな紙コップに今の季節におすすめの品種だと言って緑茶を注いで母と千鶴に差し出す。千鶴はまだ暑さの残る中熱い緑茶をもらっても、と思いながらも断ることもないと流れで受け取った。
母は恐らく藤花様に中途半端な物を捧げるわけにいかないと考えているのだろう、普段はそんなに店員と話すようなタイプではないのに、珍しく店員と話し込んでいる。
緑茶が特別好きなわけでもないので、手持ち無沙汰な千鶴は試飲の熱い緑茶を冷ましながら母から少し離れて店内を見渡す。
「そのお茶おいしいでしょ」
丁度良い温度になった緑茶を飲み干し、やり場の無い紙コップをペコペコとへこませながらうろうろしていると、店の関係者の部屋から出てきたらしい、現代には似つかわしくない赤い着物を着たおかっぱの少女が気安く話しかけてきた。
このお店の子だろうか、と思いつつ「ペットボトルのお茶よりもずっと美味しくてびっくりした」と答えると、「ここ、甘味も食べられるんだよ」と少女は店の奥を指差す。
そこに居たのは老人ばかりで、あんみつやら団子やらを美味しそうに頬張ってはいたものの、ああいうのは嫌いじゃないが、いとこの家に行けば出してもらえるのでわざわざここで食べるものでもないと思った時、若い女性が座るテーブルに歩いて行く店員が手に持ったおぼんの上に乗ったパフェに目を奪われた。
「あれ、最近できたの。若い人にも来てほしいからって店主が一生懸命考えたの。とってもおいしいよ」
千鶴の視線を追った少女はにこにこと自慢げにパフェの詳細を語る。お店で一番人気の茶葉を砕いて混ぜたお茶のアイス、近所の和菓子屋さんから仕入れている、絶妙な甘さの粒あんに抹茶のわらび餅、その他にも美味しそうな材料が盛り沢山で、見た目も華やかで、少女の語る味を想像しただけで口の中に唾液が溢れた。
店員と話し終えて茶葉を購入した母が「お待たせ、帰るよ」と声を掛けてきた所でハッとし、「お母さん、ここのパフェ食べたい!」と喫茶スペースを指してねだるが、「お父さんだけ仲間外れにして二人で食べたら可哀想でしょ、また今度」と却下されてしまった。こういう時は大体うやむやにされて要求が飲まれることはないというのを経験で知っている千鶴は、売り込みの上手い少女に説得してもらおうと今の今まで少女が立っていた所へ目を向けたが、足音も無く少女は居なくなっていた。
食い下がっても結局あのパフェを食べる事は出来ず、後ろ髪を引かれながら千鶴は母の後について店を後にすることになった。
「ねぇ、藤花さま、パフェ食べに行きませんか」
あの後、家に帰ってから父を連れて出直してパフェを食べようと主張したが、今帰ってきたばっかりなんだから、と言われてしまった。かと言って1人で行く勇気も小遣いも無かった千鶴は、両親が仕事で帰ってくるのが遅くなるから自分で夕飯を調達するようにとお金を置いて行った日、それを大切に財布に仕舞い込み、学校の授業が全て終わるとまっすぐ藤の社に向かった。
「少し前に菓子は食べた。今日はもういらぬ」
従者の子供が用意したお茶を飲んで休んでいた藤花さまは、千鶴の提案を無慈悲に拒否した。
「この前うちのお母さんが藤花さまにあげたお茶のお店です!絶対においしいです!歩いたらお腹すきますよ!お願いします、一緒に行ってください!」
しかし、今日は絶対にあのパフェを食べるのだと思っていた千鶴はこのまま帰るわけにはいかない、と手を合わせて懇願する。藤花さまが飲んでいたのは丁度千鶴の言った茶葉で淹れたお茶だったらしく、店の情報を聞くと手に持っていた湯呑み茶碗の中身を見下ろして「ほう」と声を漏らした。
「良かろう」
残っていたお茶を飲み干すと、藤花さまは立ち上がって別室へ移動し、数分で巫女装束から洋服に着替えて戻ってきた。それを見て千鶴は歓喜の声を上げる。
うきうきと喜びを隠しもせず千鶴は藤花さまと並んで歩いて例の茶の店に向かった。だが、いざ店の前に着くと子供だけで入るのは場違いな気がしてきて怖気付いてしまい立ち止まる。
「どうした。この店ではないのか」
立ち止まった千鶴を見て藤花さまはちらりと店の中を一瞥して問いかけてくる。それに対して「この店ですけど……」ともじもじしていると店の中から深い緑の着物を着た男性が姿を現した。
「どうした、お嬢ちゃん達。お使いか?迷子か?」
「いえ、パフェを食べに来たんです」
突然声を掛けられてびく、と肩を震わせてあ、えっと、とどもる千鶴に代わり、藤花さまが慣れた風にさらりと答える。
「二人か?親御さんは?」
「二人です。家はすぐそこですし、お金もちゃんと持っています」
一族に対して尊大な態度を取る藤花さましか見たことがなかった千鶴が、敬語を使う藤花さまに驚いている間に藤花さまは話を進めて、男性もそれ以上の質問を投げかけることなく「空いてるから好きな席に座りな」と二人を店の奥に案内する。藤花さまは遠慮なく一番明るく窓から外が見える席を選んで堂々と歩いていくので、千鶴も慌ててその後に続いて着席する。
「うちのパフェ、メニューに入れたばっかなのによく知ってたな」
着物の男性は二人の前に丁寧にお茶を出しながら少し嬉しそうに話しかけてくる。
「この前お母さんと来た時、お店の子がおすすめしてくれたんです」
気さくな男性に少し緊張の解けた千鶴があの子は今日はいないのかときょろきょろしながら答えると男性は不思議そうな顔をする。その様に動揺しながら「あの、赤い着物着たおかっぱの……」と付け足すと男性は思い当たる人物が居たらしく「あー」と声を出した。
「成程、通りで勝手に材料が減ると思った」
二人の注文を確認して店の奥へ引っ込んでいった男性の言葉に、あの子はあれだけ堂々と語っていたのに、正当な手順を踏まず勝手につまみ食いをしていたのかと千鶴は笑みを零した。
しばらくして先程の男性がパフェを持ってくると、千鶴は大声こそ控えるものの数日間焦がれ続けた物を前にして興奮を抑えきれない様子で口を大きく開けて目を輝かせる。
「気に入ったらお友達にも教えてくれ」
早く食べたくてコクコクと頷く千鶴を微笑ましそうに見た後、ごゆっくり、と藤花さまの方に軽く礼をして男性は戻って行った。
パフェは期待を裏切らず、香り高い茶葉を使ったアイスが美味しいのはもちろん、サクサクとした最中やもちもちとした白玉など様々な食感の物が入っていて最後まで飽きないようにできていた。
千鶴がおいしいおいしいとあっという間に平らげる傍で、今日はもうお菓子はいらないと言っていた藤花さまも気に入ったようでゆっくりと味わいながら食べ進め、最後にグラスの底に残ったムースをカリカリとスプーンでこそげ取って完食していた。
温かいお茶を啜りながらパフェの余韻を噛み締め、会計を終えると男性が「他のお客さんには内緒な」と言いながら、抹茶の飴を二人に1つずつ渡し、店を出るまで見送ってくれた。
「あ」
男性が店に入って行った後、店の出入り口から赤い着物の少女がちらりと顔を出したのを見て千鶴が声を上げる。それに反応して藤花さまが振り向き千鶴と同じ物を見る。
「座敷童子がおるのか。いい店だ」
藤花さまの呟きが聞こえたのか、少女はにこ、と無邪気な笑顔を浮かべ、ひらひらと手を振ってすぐに姿を消してしまった。